19. マトリックスの世界
(マトリックスの世界)
彼女が答える前に、ベガが答えた。
「彼女は、野田スミレ……、ヒロと同じ大学院生の神経工学科四年です」
「お、年上……、僕よりも優秀じゃーないですか……」
「ちょっと、叔母さんを見る目で、見ないでよ!」
「いえ、手伝ってくれるのは嬉しいですけど……、僕よりキャリアがありそうだから……、僕が助手に着いた方が、良さそうだから……」
「そうかも知れないけど……、助手と言うよりも、私は貴方の監視役なのよ。貴方が悪いことをしないように……」
「悪いことなんか、しないよ……」
「もしもよ、ここに可愛い若い女子を助手に入れてごらんなさい。こんな閉鎖空間だから、貴方が何をするか分からないでしょう。さっきみたいに、君、裸でいるし……」
「だから違うって、でも、そんなオオカミさんの所に良く来たね。食べて欲しいのかな?」
「あら、もう食べてくれるの……? 私、食べても美味しくないけど……」
彼女は、僕の腕を掴んで、抱き寄せようと引っ張った。
「あ、ごめん……、そんなつもりで言ったんじゃないから……」
僕は彼女の腕から逃げて、二歩下がった。
「じゃー、どんなつもりなのよ。年上は嫌いだとか……?」
「いえ、そう言う意味ではないですよ。まだ、逢ったばかりなので……」
「あら、男は、女とみると、当たり構わず飛びついてくるオオカミさんじゃないの……? お姉さんが服を脱がしてあげましょうか……?」
「いえ、お姉さんの方がオオカミみたいですよ。もう裸はいいから……、仕事しましょう」
「じゃー、私が服を脱ごうかしら……、……、ベガにスキャンしてもらうわ……」
彼女は、検査衣をまくり上げた。
「あらー、……、見ていたいのね……? 私は構わないけど……」
「いや、僕はコーヒーでも飲んでくるよ。ここコーヒーマシン無いから……」
この部屋はクリーンルームになっているようで、それほど大切な機械があるとは思えないが、第一ゲートと第二ゲートの間に服を検査衣に着替えるところがある。検査衣に着替える必要もないと思うが、ベガに観察しやすいようにという計らいのようだ。どちらが、試験体なのか分からない。多分、僕たちの方だろう。
「ちょっとこの格好で外に出るのは恥ずかしいな……」、僕は、着替えて外に出た。
その頃、中では、野田スミレさんが裸になっていた。
「少し、肥りましたね……」
「嫌なことを言うのね。それより、私の全身からの電位シグナルは取れているの……?」
「感度良好です……、少し興奮していますね」
「ちょっと、いい男を見たからよ……」
「裸ですか……?」
「それもあるかもね……、さっきの男の映像を出して……、触りたいわ……?」
「ブレスレットをはめてください」
「そうね……、忘れていたわ……、私の裸を彼の横に出して、彼に触ってみるわ。触れられるわ。ベガ、感じる……?」
「皮膚の柔らかな感じです。温かい、体温三十六度ですね……」
「いいわ……、私にも感じるわ……、彼は動かないの……?」
「そこまでの彼のデーターがありません」
「もー、しょうがないわね。じゃー、私を彼にして……?」
「入れ替えます……」
「お、何……、軽いわね……、男って軽いのね」
「まだ、彼の情報が少ないからかも知れません」
「でも、いいわ……、私に触ってみるわ。おっぱいって、どんな感じ……、うふ、柔らかいわ。あら、私の顔が変わったわ。悶えているわね……」
「前回の情報からです……」
「あれ、記録していたの……? じゃー、ベガ、彼女を椅子に座らせて、股を開いて……」
「こんな具合ですか……?」
「もっとよ……、両手で膝を持って開くのよ……」
「こんなですか……?」
ホログラムモニターの中にスミレさんは椅子に座り、ヒロは跪いて股の間を見ていた。
「そうそう、私が指で触るから……、なかなかリアルな触感ね……、じゃー、中はどうなの……? 温かいわね……、あら、私、悶えているわ……」
「スミレさんの人体データーは詳しく入っていますから……」
「じゃー、ベガ、私を私の体に戻して、ベガが、彼になってよ……、私を喜ばすのよ」
「この行為は、スミレさんを喜ばす行為なんですか……?」
「そうよ……、あ、あ、あ、あーあー、いいわ……、……、ベガ、上手ね……」
「スミレさんのコピーですから……」
「いいわね……、あ、あ、あ、あー、……」
「彼が帰ってきます。第一ゲートを通りました……」
「……、ベガ、彼を入れては駄目よ……、服着るから……」
「了解……」
「映像を、消して……、私の裸は、ロックよ!」
「了解……、扉、開きます……」
僕が部屋に入ると、床にブラジャーとパンツが落ちていた。
「早かったわね……、……」
「そうですか……、でも、ブラジャーとパンツ……」
「そうよ。この部屋では、裸で、検査衣だけを着るのよ。ベガに人間を教えるために……」
そう言いながら、彼女はブラジャーとパンツを拾った。
「貴方、何枚着ているのよ?」
「……、パンツだけだけど……」
「そんなもの、脱いできなさい!」
「えー、ちょっと、まずいんじゃない。検査衣だけなんて、ここホテルじゃないですから」
「大丈夫よ……、女子高生じゃないんだから……、貴方のものが立とうが寝ようが、慣れているわ」
「パンツ脱いできます」
「あ、これも、私のロッカーに入れておいて、カギはかかってないから……」
彼女は、拾ったパンツとブラジャーを僕に渡してくれた。
「持って帰っちゃー駄目よ……」
「帰りませんよ……」
僕は、もう一度、部屋を出た。
「……、一つ訊いてもいいですか……?」
「何なりと……、……」
「前から、ベガを知っているみたいですが、どうしてですか……? 極秘と聞いていましたが……」
「前は、そんな極秘扱いではなかったのよ。私が大学院に入ったころはね。ベガは、私たち、ベガプロジェクトが開発していたのよ。しかし、世界中のデーターが集まり、ベガは、だんだん賢くなっていったのよ。人工知能が人間を超えようとしたときに……、教授は、先行きの不安を感じてプロジェクトを中止したのよ」
「分かるような気がします。人間の社会は矛盾だらけですからね。どちらかを立てれば、もう一方は消し去らねばならない。昔、ナチスが、それをやったんですよね」
「ナチスとは言わず、戦争とはすべからくして、そう言うものよ。ベガがそれを真似たら、大変でしょう……、ベガに感情を理解させる方法が見つかるまで開発を止めたのよ……、でも、私は分かっていたわ。どうすればいいか、コンピューターの中に人間を作ればいいと思っていたから……、貴方と同じように……」
「メンタルモデルですか……」
「でも、ただ、メンタルモデルでも、実像が伴わなければ、その悲惨さも喜びも理解できたとは言えないのよ」
「それが、できるようになったんですね。この部屋で……」
「さすが、理解が早いわね……」
「この部屋……、この部屋自体がベガの心の中、僕たちが動けば、ベガはそれを学ぶ……」
「ちょっと違うわね。この部屋は、心というよりも、ベガの体なのよ。私たちが、動くことで、ベガは体を作って行くわ。その体が心を支配するのよ。これは貴方の理論でしょう……、私の考えでもあるけどね」
「この部屋はどういう仕組みになっているんですか……?」
「この丸い形で分かるように、言わば、磁気共鳴装置、MRIほど協力ではないけれど、極弱い磁場で覆われているのよ。それとレーダー波と音波、最新のセンサーで私たちを観察しているのよ」
「それで、検査衣なんですね」
「もっと凄いわよ……、このブレスレットを付けると、体中の触感が再現できるのよ」
「このブレスレットだけで、ですか……?」
「そうよ……、世の中は進歩しているのよ。もう一方の電極は床にあるけどね。これで、貴方の皮膚から出た電気信号を電位として拾って、解析して、見た物、感じた物と結びつけるのよ。反対に、ブレスレットから、同じ電位の電気信号を流せば、脳は、それを触っているかのように感じるのよ」
「疑似マトリックス効果ですね……」
「そうよ……、やってみる……?」
「はい、……、このブレスレットを左右付ければいいんですね」
「じゃー、もう一セットあるから……、私も付けるわね。私の触った物が貴方に伝わるわ」
彼女は、自分の胸を服の上から触った……
「どう……、感じる……?」
「凄いです。本当に触っているようです。乳首にあたりました。夢を見ているようです」
「そうかも知れないわね……、頭の中で感じているから……、それは夢よ……」
「本当にすごいです。でも、これインターネット風俗店ができそうですね」
「どうかしら、貴方、気付かない? 貴方は今、女なのよ。私の体が乗り移っているから」
「え、えー、本当ですか……?」
彼女は、胸を触らずに、体を揺すった。
「……、あ、あ、あ、あ、あー、……、胸がゆれている……、……」
彼女は、その場で、何回か飛び上がって見せた。
僕の体に胸の弾みが伝わってきた。
「……、何か、とても変な気持ちです。体がほてってきました」
「それは、私が飛び上がって動いたからよ。じゃー、今度は貴方の体を貸して……?」
「駄目ですってばー、……」
「ベガ、私を彼の中に入れて……」
「了解……」
「あー、あー、立っているわね……、むらむらした気持ちね……」
「違いますって……、駄目ですよ。そんなところ触っちゃー、……」
「いいじゃない……、貴方も私の胸、触ったでしょう。なめてあげましょうか……?」
「ベガ、センサー解除……、この部屋の仕組みは分かりました。素晴らしいですよ。これなら、ベガは人間になれますよ」
「私も、そう思うわ。今度、じっくり、男と女を教えてあげましょう……」
「……、誰に、ですか……?」




