18. ベガとヒロとココロ
(ベガとヒロとココロ)
釧路の大学に来て、自分の学生時代のことを、少し思い出してしまった。
工科大学大学院、情報工学科、昔の話だが、ここでカズヤ教授と出会い、ベガとも出会った。
「本当に、ここで仕事をすれば、天文台に就職できるのか?」
「学位が取れればな……」
カズヤは若いのに、すでに教授だった。いわゆる天才だ。
しかし、カズヤは気難しいところがなく、いたって人間的で親しみやすい。自分と同じくらい、空の星が好きだった。
おまけに、父親は大会社の社長で、その会社保有の私設天文台を持っていると言う。
表向きは貿易会社だけれども、その実情は各国共同の宇宙開発、宇宙産業を担っていた。
このころ、すでに宇宙ステーションを空に上げている。
「俺はここで何をすればいいんだ……?」
「もちろん、AI開発だ!」
「今頃AIか……? すでに完成されているだろう」
「まだまだ、不十分だ。コンピューターの中に自立した人間を作って欲しい」
「それが今のAIなんじゃないのか……?」
「いや、今のAIは偽物だ。人間らしく振舞って見せているだけだ」
「それはそうだけど……、今のコンピューターでは、こんなもんだぞ。人間の脳には遠く及ばない……」
「量子コンピューターではどうだ……?」
「あるのか? でも、あれはあれで厄介なものだぞ。正と負のはっきりした信号なら、その答えもはっきりしている。しかし、量子は曖昧だ。それに安定しない。正しい時の結果だけ見れば、その処理速度は早いけれど、間違いを入れれば使い物にならない……」
「言ってくれるね……、その面倒をヒロに見てもらいたいんだよ」
「やっぱり、この大学にあるのか?」
「ここでは、その末端しかないが……、今も世界の情報を二十四時間、収集させている。その中に本物の人間を作って欲しい……」
「どうやって……?」
「ヒロの論文だよ。コンピューターに人間の頭だけをまねて作っても、感情までは理解できない。心臓に胃、腸、胴体無くして、感情は生まれない。頭で感じるのではなく、体で感じるのだ。そう言っていたじゃないか……」
「いや、あれは、理想で……、コンピューターの中にメンタルモデルを入れられたらいいなと思っただけだ」
「いいじゃないか……、メンタルモデルを作ってくれよ。それがベガだ……」
「ベガ……?」
「次世代型量子コンピューターだ。すでに頭の部分はできている。後は、体とココロだ」
「コンピューターに心を持たせてどうする……?」
「自立させる……」
「自立って、お前……、昔、コンピューターが世界を支配する映画があったじゃないか」
「そうだな。でも、自立したコンピューターが、人間を助ける映画もあったじゃないか」
「諸刃の剣だな……」
「ヒロならできる。ベガを人の役に立つ自立したコンピューターに育ててくれ!」
「難しいな……、……」
「簡単だと思うけどな。思春期の子供を育てるようなものだ」
「おいおい、思春期か……、一番難しい時じゃないか?」
「だから、ヒロに任せるんだよ。いい親になれそうだから……」
「よしてくれよ……、まだ結婚も、恋すらしていないのに……」
「頑張ってくれ……」
「え、……、他に誰かいないのか……? チームでやるとか……?」
「いや、このプロジェクトは極秘だ……、ヒロ一人でやるんだ……」
「骨が折れそうだ……、助手くらい付けてくれよ」
「考えておこう……」
数日後……
完全に閉鎖された研究室に入った。
ゲートは二か所、パスなくして入室できない。
殺風景な部屋で、大きなモニターとホログラムモニター、ノートパソコン、テーブル、椅子、それに疲れた時に寝そべるためか、大きなソファーが壁に張り付いて置かれている。窓はない。
「コーヒーメーカーくらい入れてくれよ。冷蔵庫も欲しいな……」
虚しい独り言……、しかし、その声にベガが反応した。
「経理部に電話して頼んでおきましょう」
「ベガ……、電話できるのか?」
「もちろんです。やっぱりメールより、電話が早いですよ」
「それは、そうかも知れないけれど……、凄いな。人間みたいだ」
「これから人間になるんですよ。ヒロに学べと言われています」
「俺なんか、大したことないよ。ベガに比べれば……」
「でも、貴方は体を持っている。ヒロの論文を読みました。私も体が欲しい……」
「作ったら、いいじゃないか……? 世界の全ての情報を持っているのだろう」
「私には理解できないことばかりです」
「理解できないか……、それが人間だ。でも、理解できないからと言って諦めたら、俺の仕事がなくなる。これから、一つ一つメンタルモデルを作って行こう。理解するのではなく、感じるんだ……」
「ますます、言っていることが分かりません」
「これから分かるようになるのさ……」
「胴体を作ろう。人間の体の仕組みはすべて入っているのだろう。それをベガの体にしてくれ……」
「男ですか……? 女ですか……?」
「まずは、男にしてくれ。俺が見本だ。スキャナーは持っているか……?」
「あります……」
「よかった……」
僕は、服を脱いで裸になった。
「俺をスキャンして、ベガの体にしろ……」
「了解……、……」
その時、開くはずもないゲートが開いた。
「キャー、……、何しているの……?」
僕は、慌ててテーブルに置いた服を抱えて、前を隠した。
「いや、その、変な事をしていたんじゃないよ。ベガに人の体をスキャンしていたんだ」
「何それ……、……」
「君は……? 何でここに……? 僕以外、ここには入れないはずだけど……」
「教授に言われて手伝いに来たのよ。パスも持っているわ」
「ホンと、それは嬉しいよ」
「貴方……、いつまで裸でいるのよ」
「そうだね……、ちょっと外で待っていてくれないか……? 服、着たいから……」
「いいわよ。ここで着たら……、見ていてあげるから……」
「え、……」
「冗談よ……、……」
彼女は、笑いながら部屋を出て行った。
「奇麗な……、人だ……」
「面白いですね……、凄い筋肉の収縮と、早い心臓の動き、血圧も上がって、汗も出ている。それに脳波は乱れて混乱している」
「そんな説明はいらないよ……、それが、驚いて、恥ずかしいと言う気持ちだ」
「恥ずかしい? 何故です?」
「何故って、裸を見られたからさ……」
「どうしてですか?」
「おいおい、そこから教えるのか……、恥ずかしい気持ち……、それは過去からの経験、学習が、恥ずかしいと言う気持ちを感じさせているんだ」
「ますます、分かりません」
「つまり、それがメンタルモデルだ……、これから二人で作って行こう……、とりあえず、今の俺の衝動をメンタルモデルとして、記憶しておいてくれ……」
「すでに蓄積済みです」
「それはよかった……、ついでに、今のスキャンをホログラムモニターに出してくれ」
「了解……」
「いつまで、待たせるのよ……」
その時、彼女が入ってきた。
「あ、ごめん……、忘れていた……」
「ご挨拶ね……、あら、また裸を見ているのね」
「あ、違うよ……、ベガ、消して……、スキャンした結果を見ていたんだ」
「ヒロは、また、驚いて、恥ずかしがっています。さっきと同じ衝動です」
「そうだ……、また彼女に裸を見られてしまったからだ。例え、今、自分が裸でなくても、映像で自分の裸が映し出されて見られても、恥ずかしい気持ちになる。それが、過去の経験から導き出されるメンタルモデルの反応だ。つまり、メンタルモデルの積み重ねが想像するということだ。想像して、感じるんだ」
「ベガ、もう一度出して……」
「駄目だ……、消して……」
「駄目よ……、もう一度出して……」
「駄目だ……、消して……」
「駄目よ……」
彼女は笑いながら、嬉しそうに僕の映し出された裸の映像を食い入るように見ている。
「消して……、いったい君は、何者なんだ……?」




