15. 牧場の仕事と釧路の街
(牧場の仕事と釧路の街)
次の日……
僕たちは、朝早くから起こされて、釧路支店の買い出しを手伝わされた。
この山のような荷物も、明日の釧路行きのトラックの荷物に便乗して搬入すると言う。
夕方、牧場に帰っても、ジャージー工房から、バターやチーズ、ハム、ソーセージをトラックに積み込むという忙しさだ。このまま、牧場で働こうかと思ったくらいだ。
一仕事終えて、リビングでジャージー牛乳を飲んでいると、車いすの彼女が出てきた。
「お疲れ様……、忙しかったわね」
「ホンと、せっかくの娑婆に出てきたのに、これじゃー休暇どころではないよ!」
「休暇で、ここに来ているの?」
「少しは、その気があったけどね……」
「でも、もう明日、釧路に行っちゃうんでしょう?」
「そうだねー、行きたくない気もするけど……、ここで、ずーと、美味しい牛乳を飲んで、美味しい食事を食べて暮らしたいよ」
「そんなのは、簡単よ……、私と結婚すれば、叶えられるわよ」
「本当に……、結婚してくれるかい……? 僕みたいな逃亡者でも……?」
「もちろんよ……、私、貴方のこと好きよ。1万円で寝てもいいと思える人だから……」
「じゃー、他の人だったら……?」
「5万円かな……、……」
「高いね……」
「あら、これでも、おまけして……、安いわよ」
「でも、結婚すれば……、お金は要らないよね」
「駄目よ……、払ってもらうわ。私と寝る前には、必ず1万円ね……、もし別れても、私、このお金で暮らしていくもの……」
「しっかりしているね……」
「そうよ……、女の体は高いのよ」
「じゃー、教えてくれない……? 僕のお嫁さんの名前……」
「知らなかった。瑞江よ……、瑞みずしい大河かな……、よっぽど水に困っていたのね。私、面倒臭いから、平がなで書くのよ……、ひらがなの方が、可愛いでしょう」
「そうだね……、でも、親の希望は、薄れちゃいそうだけど……」
「でも、親も小さい頃から、平がなで書いていたわよ。きっと面倒臭かったのよ」
「困った親だ……」
「これで、私の名前を覚えたんだから、婚約成立よ。だから、必ず帰って来てね……」
「名前を覚えると、婚約したことになるのかい……?」
「そうよ……、もう私は貴方の中で生きているから……、忘れないでね!」
「忘れられないよ……、1万円の夢を見そうだよ」
「だから、必ず帰って来てね。1万円を持って……」
翌日……、朝早く、牧場を出た……
釧路に向かうトラックの中……
「これ、名刺だ……」
リュウは、五〇枚くらいの名刺を渡してくれた。
そこには、株式会社黒岩乳業営業部の名前が入っていた。
「名刺か……、懐かしいな。天文台の頃を思い出すよ。耕作さんの所は株式なんだね」
「名ばかりだけどね。息子のこともあるし……」
「息子さんとは逢わなかったけど……、独立したんですね」
「もう、結婚して、子供がいますよ。結婚相手が牧場の一人娘で、あっちに行っちゃいました……」
「実家の牧場も手伝っているんでしょう……?」
「そうなんです。よくやってくれますよ。それで、親父は運送会社にいて、今も頭が上がりません……」
「でも、凄いじゃーないですか。牧場に、ジャージー工房、ペンションもやっているんでしょう。それに通販も……」
「全部……、細々ですがね。食べるに困らない程度ですよ」
「釧路支店もあるじゃないですか……?」
「釧路支店は、リュウさんが作ったんですよ」
「俺が、作ったんだけど……、ちゃんと活動はしているし、利益も出ているだろう」
「それも、ありがたいことです」
「やるなー、ジャーナリストよりも、営業の方が向いているんじゃないのか……?」
「ジャーナリストの情報があるから、販路が見つかるんだよ」
「そう言う仕掛けか……」
「でも、この仕事が終われば、故郷に帰るよ」
「……、故郷は何処だ……?」
「出身は横須賀だ。今の家は鎌倉だぞ……」
「いい所に住んでいるじゃないか」
「憧れの鎌倉だ。俺も、ペンションでもやって静かに暮らしたいよ」
「いいじゃないか……、やれよ……、鎌倉なら、お客さんはたくさんだ」
「ばかいっちゃ―いけないよ。ローン払えずに、風前の灯だ……」
「ジャーナリストって言っていたが、元は新聞記者か……?」
「そうだ、横須賀の地方紙だがな。米国の逆鱗に触って、追い出された。それから、露国の動きも探り、国防軍に捕まった。今や、すべて統制されているから、特種はつぶされる」
「でも、可笑しいじゃないか……、露国を調べて、国防軍に捕まったのか……?」
「そうさ、売られたのさ。邪魔だから、強制送還みたいなものだ。国防軍に引き渡された」
「うるさい蠅ってことか……、その蠅が、また釧路で飛び回る……、殺されそうだな」
「お前もな……」
そんな話の時、国防軍の検問所に着いた。
リュウは、検問所の検査員に……
「これから、釧路に潜入するからと、大佐に報告してくれよ」
「了解しました……、ご武運を祈ります」
「戦いに行くわけでもないけどな」
リュウはトラックから下りた。
「俺たちは、荷台だ……、さすがに俺たちは敵の検問所は通れんぞ」
「分かった……」
敵の検問所は、荷物の検査もなく、すんなりと通れた。
「……、何だ、これは……、検品もしないのか……?」
「毎日のことだからな……、それにこのトラックの量だ。いちいち調べていては、間に合わないかもしれないな」
「それなら、検問なんかいらないじゃん」
「俺も、そう思うよ。メンツじゃないのか」
「ちょっと緊張して損したよ」
「緊張するのは、これからだぞ」
釧路に入って、ドライブインで休憩……
俺たちは、そこでジャージーホームの荷物と一緒に下ろされた。
「今度はちゃんと帰って来てくださいよ」
耕作さんは笑顔で送ってくれた。
「帰って来て欲しいのは、封筒の中身だろ……」
それには、答えずトラックは行ってしまった。
入れ替わりに、保冷車が入ってきた。
「話は聞いているわ」
下りてきたのは女の人だった。
「よくまた帰って来たわね」
「因果なことで……」
俺たちは荷台を開けて、荷物を入れた。
「そちらのハンサム青年は……?」
「彼は、ヒロ……、一緒に厄介になるから……」
「お世話になります」
「彼女、大地ヒカル……、本名かどうかは知らないけれど……」
「そっちの話も、聞いているわ。とりあえず、支社に戻って、荷物を冷蔵庫に締まってから、目立たないように私の車で回りましょう」
「そんな、いいですよ。僕たちでやりますから……、迷惑が掛かるといけませんから……」
「大丈夫よ……、それに私がいる方が、顔が利くのよ」
「そうだな……、元キャバクラ嬢だからな」
「何を言っているのよ。今もキャバクラ嬢よ!」
「まだ、やっていたのか……? 俺が支社長にしてやったのに……」
「仕事はしっかりやっているわよ。それにキャバクラの方が、情報が入りやすいのよ。そこで見つけた兵隊さんを支社の配達員にしているわ」
「おいおい、大丈夫なのか……? そんなお客を捕まえて……」
「キャバクラに来るようなお客だからいいのよ……、キャバクラにも来ないような真面目な堅物では、いつ密告されるか分からないじゃない」
「でも、顔の広いことだけは、本物だ……」
「そうですか……、それじゃーお願いします」
街は、とても占領されているとは思えないほど平穏だった。




