からっぽの魔石
「キース・アーヴィング参りました」
僕は、研究所北棟最上階、所長室の赤銅色の扉の前で、中の主人に声をかける。
「どうぞー」
という、何とも締まりのない応えの声と同時に扉が開く。
開いた扉の中からは、思わず仰け反りたくなるような濃い銀色の魔力が溢れてくる。
「やぁ、いらっしゃい」
相変わらず飄々として掴みどころのない声の主が、応接用のソファを手で指し示す。
「失礼します」
そう挨拶をして腰を落とす。
「先日のデトパルト家の一件では、本当にお世話になりました。改めて御礼申し上げます」
「あー、いいよいいよ。僕そういう堅っ苦しいの苦手だから、楽に喋って」
「そうですか?ではいつものように振る舞わせて貰います」
「いいねいいね、何だか青春って感じだね」
にこにこと何を言ってるんだこの人は。
「青春…ですか?」
「そう、青春。君からは僕に対する敵意がビシバシ飛んでくるからさ。何か懐かしくって」
「……………。」
「んじゃ早速例の道具なんだけど、これ見て」
自分のペースを決して崩さない男が、透明な石を差し出してくる。
透明な……
「もしかして魔石ですか?」
「ご名答!さすがエースだね」
「はぁ……。しかし、こんな無色の魔石なんて存在しましたっけ?」
目の前の男はイタズラっぽく口の端を上げると、僕の目の前に指を立てる。
「そう、普通は、無い。でも僕って大抵何でも出来ちゃうじゃない?使い終わった魔石の再利用方法を色々考えてた時期があって、元々は石の中に魔力が込められてたんだから、逆も出来ないかと考えたわけ」
「それってつまり……この魔石には魔力を込められるということですか?」
所長はニヤっと笑うと、こう答えた。
「そういうこと!色々と実験して、色んな魔法かけて、魔法陣で熟成して…けっこう頑張ったよね、うん」
何ということを軽々と口にするのだろう。これだけでも魔法界がひっくり返るぐらいの大発明なのに。
「それをあの子のために使ってもいいと?何処かの大商人、いや国家だって、こぞって欲しがるんじゃないですか?」
「あぁ、僕そういうの興味無いから。必要に迫られて作ってみたら出来たってだけ」
必要に迫られて…?
「ま、とにかく、この空っぽの魔石は、平均的な成人魔法使いの魔力1週間分が込められる。この魔石がどのくらいの早さで一杯になるか判れば、抑制剤を前もって準備できるだろう?」
「それはそうですが……」
「あ、石は一杯になったら黒く変色するから。これはどんな魔力を込めても一緒だったんだよねー。そこだけは何か面倒になっちゃって検証しなかったんだけど。はい、ここにある分全部持ってっていいから。使い方はこの紙ね」
そう言って机の上に置かれたのは、50センチ四方の箱一杯に詰め込まれた透明な魔石。
あまりのスケールの大きさに、暫く口がきけなかった。




