所長発見
キラキラと星が反射するように波打つ漆黒のローブ。その背には金の刺繍で王国の紋章が描かれている。裾も襟ぐりも同じく金の縁取りが施され、その威光を見せつける。
その日、研究所は朝から少し浮き足立っていた。何処ともなく聞こえる騒めきは、隠しきれない人々の興奮のあかし。
彼の人は、その騒めきの中を悠々と歩く。
それが当然であるように。
時折翻るローブからは、恐ろしいまでの魔力の粒子が、まるで銀色の蝶の群れのように舞い広がる。
「…正面玄関から来るとは思わなかったぞ」
「僕だって来たくなかったよ。でもしょうがないじゃないか!署名用のインクペンは正式な手順を踏まないと取り出せないんだから!」
「お前みたいな人間のためのセキュリティだ。先人の知恵だ」
目の前の男は明らかに不服そうに頬を膨らます。
「……絶対嫌われる」
「お前が悪い。というか好かれている前提なのは何故だ」
「………変身魔法で顔変えようか?」
「研究所内では身体変化系魔法は使えない」
「…そうか!経費は僕のポケットから出せばいい!」
「アリシア女史から逃げ切る自信があるならやれ。例えお前が木になっても、毎日書類持って来るぞ」
「………。お前も何か知恵を絞れよ!同世代一の優等生だろ!」
「俺はお前に一度も試験で勝ったことはない。…多いに不服だが」
中でこんなやり取りが延々と繰り返されているとは露知らず、私は今王立魔法研究所北棟最上階、所長室の扉の前に佇んでいる。
「…よしっ!」
小さく気合を入れて拳を握り、分厚い赤銅色の扉を叩く。
コンコンコン
しばらくの沈黙のあと、静かに扉が開いた。
「セレス・コールデン参りました。イェーガー所長におかれましては、ご多忙の折、お時間賜りましてありがとうございます」
口上とともに腰を折る。
「…やぁ」
聴き慣れた声が応えを返す。
「お目にかかれて光栄です。セレス・コールデンです」
目の前の男の顔は明らかに狼狽えている。チラチラと隣に立つ副所長をしきりに盗み見ている。
「さっそくですが、こちらの書類に署名を頂きたく。内容の事前チェックは経理部にて済んでおりますが、念のため検めて下さい」
動かない。
「こちら、この部分です」
もう一度書類を指し示す。
ようやくペンを取ったその手が、書類の上に差し掛かろうかとした時……小刻みに震え出した。
「…ごめん、何か本当にごめんね?ちゃんと説明するから、全部ちゃんと説明するから…怒らないで!!」
皆が畏怖する漆黒のローブを纏う彼の人は、何だかいつもの彼だった。




