memorys,72
わたしは思い違いをしていたのかもしれない。
神木との別れで傷ついていたわたしを支えて、好きだと伝えてくれた白藤なら、無条件に自ら離れることなどない。そんな、妙な自信を抱いてしまっていた。それは自分が勝手に思っていただけで、白藤が必ずそうしてくれる保証は、どこにもなかった。
そんなことにも気づかなかったなんて、わたしはどうしようもない馬鹿だ。
「怖かったって?」
静かに白藤が尋ねる。
「もしも白藤さんを好きになったら、また神木さんのように離れなきゃいけない日が必ず来るんじゃないかって……そう思ったら返事とか考えられなくなって、向き合うことからも逃げてた」
正直、今もまだ、白藤を好きになったのかは、はっきりとは言えない。
でも、そんな曖昧な気持ちのままだったとしても、これだけはわかる。
――わたしは白藤さんを失いたくない。
「わたし、間違ってた。白藤さんが好きなのかわからないから、このまま自然に離れることがお互い幸せなんだって……でも違ったの。白藤さんがいなくなるって聞いて、初めて気がついた。また気持ちを伝えないまま離れたら、きっと後悔するって。本当に今さらなんだけど、ちゃんと伝えたいと思う!」
戸惑う白藤のことなど気にもとめず、わたしは思ったままの言葉を口にした。
「傍にいてほしい」
白藤の目が大きく見開くのを見ながら、ぎこちない口調で続けた。
「返事って言っておいて変なんだけど、まだはっきりと白藤さんが好きだって言えない。けどね、わたしには白藤さんが必要なの……どのくらい時間がかかるかわからないけど、いつか白藤さんに答えられるようになるまで、一緒にいさせてほしいの」
「お前……」
「お願いだから、どこにも行かないで」
再び沈黙が漂う。気まずさと恥ずかしさから、少しだけ目線を下げて返事を待った。しかし、返事の代わりに聞こえてきたのは、意外なことに笑い声だった。思いっきり吹き出し、お腹を抱えて笑い始める白藤をうろたえて見つめる。
「なんで、ひどいよ! 笑うことないでしょ!」
確かに今さら返事なんてしたものの、こんなの、返事でもなんでもなかった。結局のところ、白藤が好きなのか、そうでないのかを伝えるべきなのに、それもしていない。笑われるどころか、最悪もっと呆れられてしまう行動だ。
「悪い……お前ほんと可愛いよな」
やっと笑いが収まった白藤が、涙目のまま告げる。
「かわっ……え?」
「誰に何を吹き込まれたのか知らないけど、そもそも俺はいなくなったりなんてしないぞ? お前に黙って執事辞めるとでも思ってたのか?」
「え?」
「考えてもみろ。俺がお前をどんだけ長い年月想ってきたと思ってんだよ……それを、たかが三ヶ月、告白の返事をスルーされただけのことで、お前に黙って屋敷から去るはずがないだろ」
「でも……だってメイドさんたちが……いなくなるって」
一気に混乱してしまう。聞き間違えたはずはない。確かにあのメイドは、白藤がいなくなると言っていた。なのにいなくならないとは、どういうことなのだろうか。
そう思っていると、やっと状況を理解した白藤が困った顔をしながら話し始めた。
「たぶんそのメイドが言ってた……いなくなるっていうのは、クリスマス旅行の準備で、俺だけ先に現地へ向かうことを言ってたんじゃないか? 明後日の朝に立つから、今日の夜にでもお前に言っておこうとは考えてたけど……まさかそんな勘違いをされるとは思ってもみなかったよ」
「え、わたし……勘違いしてた?」
なんだか残念そうに言っていたメイドは、きっと頼りになる白藤がいない間の仕事分担を、心配していたせいだったのだろう。ただ“いなくなる”という言葉だけで誤解してしまい、こんな早とちりをしてしまったのだとわかった途端、この場から消えてなくなりたい衝動に駆られた。
「わたし、ほんとアホだ」
赤面しているのがわかるほど、頬が熱く、背中や手の平には変な汗が滲んできた。
「ああ、本当にアホだよ」
白藤の冷静な返しに、余計に顔すら見れなくなってしまった。もうこの際、さっきのわたしの発言をすべて撤回して、そのまま背後の扉を開けて逃げ出したい気持ちだった。しかし、そんなわたしの考えを読んだかのように、白藤はそっとわたしを抱き寄せる。
「あっ……白藤さんっ」
また強引な行動を取るのかと思っていたが、頭を優しく撫でながら、子供をあやすような声で告げた。
「心配するな。俺はたとえ返事を聞くのに何年かかろうとも……お前の傍に居続けてやる。俺の執念深さを甘くみるなよ」
なぜか泣きそうになった。体が少し離れ、ようやくまともに目が合う。
「覚悟はいいか? 傍にいていいってことは、俺とちゃんと向き合うってことだからな。嫌だって言っても、離れてやらないから」
真剣な瞳が眼鏡越しに映る。
「ほら、返事は?」
「えっと」
戸惑っていると、また抱き寄せられて耳元で囁く。
「早く言えって」
この言葉は、まるで呪文でも唱えられたかように、逆らうことを許さなかった。
「はい。覚悟します」
そう返すと、体を離し、ご満悦の様子で笑顔を浮かべた。そんな白藤の表情を見て、照れるよりも先に嬉しいという感情が溢れてしまい、自然と笑顔になっていた。
「あ、そうだ」
ずっと緊張していたせいもあって、白藤に渡すものがあることをすっかり忘れてしまっていた。わたしは慌てて、服のポケットの中にしまっていたものを白藤に差し出す。
ブレスレットを見た途端、白藤ははっと目を開いた。
「いつの間にか落としてたのか……」
落としたことにまったく気づいていなかった白藤は、少し安心した表情でブレスレットを受け取った。
「廊下に落ちてたの」
「鍵を取り出す時にでも落ちたんだな。お前に拾われるのは二度目だな……ありがとう」
そう微笑んで言われ、わたしは小さく頷く。
もしかしたら、このまま白藤を好きになっていけるのではないだろうか。そんな考えが一瞬よぎる。
しかし、いくらでも待つと言ってくれた直後に、そんなことを言えるわけもなく、そっと胸の奥にしまい込んだ。
いつか決断できる日がきたら、必ず白藤が喜んでくれるような言葉で伝えてあげたい。白藤の笑顔が一番輝く瞬間には、わたしも隣にいたい。
そう強く思ってしまったんだ。
このまま白藤さんと亜矢は
付き合うことになってしまうのか!?
みなさん的には今
白藤さん派なのか、神木さん派なのか
実に興味があります( *´艸`)笑




