memorys,71
「えっ、クリスマス旅行!?」
その知らせを耳にしたのは、冬休みまで残り1週間となった頃だった。
夕方、帰宅した陽太さんと鉢合わせしたところで、その話を聞いた。毎年クリスマスになると家族で海外旅行をするのが恒例らしい。さすがセレブと言いたいところだが、こんなことにも慣れだしてしまったわたしの脳内は一瞬で切り替わってしまった。
「お父さんたちはどうするの?」
「どうかな? 仕事が落ち着いているようなら合流も可能だろうが、今年は兄弟だけで過ごすような形になるかもしれない」
「そうなんだ」
家族全員でクリスマスを過ごせないことを残念に思いつつも、どこかで安堵している自分がいる。だって、家族全員が揃うということは、つまり神木さんと会うことになるということだ。いつまでも避けられないとは理解してはいるのだけど、まだ心構えができていないのが正直なところ。また、あの日のことを思い出して悲しみに沈んでいってしまうんじゃないかと考えると怖くてたまらない。
「クリスマスにどこへ旅行するかは内緒な」
沈み気味だったわたしはその言葉に直ぐ様顔を上げた。
「え? なんで?」
「どこへ行くか分からないのもワクワクするだろ?」
少し無邪気に笑う陽太さんに、先ほどまでのモヤモヤした感情が和らぐ。
「確かにワクワクする」
そう返すと、陽太さんは満足そうに微笑んだ。もしかすると、陽太さんがクスマスを企画したのだろうか。
「じゃあ、体調に気を付けてクリスマスまで待っててくれ」
「分かった」
そこで陽太さんとは別れ、じきに夕食の時間であることを確認していた私はそのまま食堂を目指した。その途中、何かを踏みつけてしまったようで、足元から音がしたのに気付く。
「これって……」
床へと目を向けたわたしは、その落し物が誰のものなのかを瞬時に悟った。それは紛れもなく、私が白藤さんにあげたブレスレット。それを拾い上げようと手を伸ばした時だった。メイドふたりが珍しくひそひそと声を潜めながら、背後の部屋から出てきた。私がいるとは思わなかったようで、ひとりのメイドが少し声ボリュームを上げる。
「えっ! 白藤さん居なくなっちゃうんですか!?」
ひどく焦りを感じ、私はメイドに見られないようにブレスレットを拾い上げると同時に、勢いよく走り出した。
(……いなくなる? 白藤さんが?)
泣きたくなるような、叫びたくなるような、よく分からない感情が一気に押し寄せてくる。
(なんで? どこへ行くの?)
ずっと側にいるとか言っておきながら、何度も人にキスをして迫ってきたくせして、今更わたしの前から消えてしまうのかと、じわじわ怒りまで込み上げ始めた。だが、冷静さを取り戻し始めたわたしは、足を止め、その場で深く溜息を零す。
(当たり前か……今更どうこう文句を言える資格なんてわたしにない)
本当のところ執事を続けるのを後悔しながらここへやってきたのだから、やめるという選択肢はいつだって白藤さんの中にはあった筈だ。わたしを好きだと告白してくれたけど、3か月も返事をうやむやにしてしまったら誰だって嫌になるに違いない。呆れられて当然なのだ。それをわたしが怒るのはお門違いで、今更後悔を感じるなんて馬鹿と言われてもしょうがない。
このまま何も言えずに、また去っていくのを見送るだけでいいのだろうか?
肝心な時に嘘の笑顔でごまかして、言いたいことも飲み込んだまま去っていくのを見届ける。それで、どれだけ後悔しても自業自得。そんなことをまた繰り返してもいいのかと、頭の中で誰かが呟く。
「もう後悔はしたくない」
自分の気持ちが決まったわけではないが、白藤さんに何も伝えられずに終わってしまうのは嫌だ。神木さんの時みたいに言えなかった後悔をうじうじ悩んで泣く毎日を送るのはもう懲り懲り。
笑顔で見送るより、自分の気持ちを伝えて泣いた方がよっぽどいい。
決意したように、私はまた走り出した。
向かった先は執務室。
自分が作ったブレスレットをまるでお守り代わりのように握りしめて、目の前の扉をノックもせずに開け放った。
「白藤さん!」
案の定、そこには驚いた顔でこちらに目を向けた白藤さんの姿があった。いきなりノックもなしに乗り込んできたわたしに驚き過ぎたのか、言葉を発する様子もなければ、いつものような余裕的表情はどこにも見当たらない。
「いきなり来てごめんなさい」
いざ、本人を目の前にすると動揺してしまう。
「珍しいな……お前がここに来るなんて」
あの告白された以来、執務室には来ていなかった。
「どうした? 何かあったのか?」
わたしがどうしてここへ来たのか知りもしない白藤さんは、平静を取り戻し、普段通りの口調で話し始める。開いていたノートパソコンを閉じると、今だ扉の前から動こうとしないわたしの方へと近づく。緊張から目が合わせられなくなり、思いっきり強く瞼を閉じた。
「亜矢?」
「返事を……しに来ました」
やっとのことで絞り出した声。しばし沈黙が続き、わたしはゆっくり相手の反応を窺うように目を開く。
「……今更?」
呆れ笑いを浮かべた白藤さんが予想通の返事を返してきたことに、わたしは苦笑いを浮かべた。
「今更になってすみません……」
「バカ、冗談だ」
こつんと、白藤さんの指がわたしの額を優しく叩く。
「本当、今更だから言われても仕方ないと思ってる。ずっと返事はしなくちゃとは思ってたんだけど、迷いもあったし、怖かったの」
からかって終わる話だと思っていたのか、白藤さんはどこか把握できていないような顔でこちらを見つめていた。
新たな恋がついに動き出してしまうのか!?
ご意見、ご感想があればお気楽にどうぞ\(^_^)/




