memorys,07
新居に引っ越してから一週間。やっと豪華な家にも見慣れ、落ち着いた生活を取り戻しつつあった。
兄弟の問題を除いては……
陽太さんは本当に仕事が忙しいようで、朝早く出かけ、帰りは深夜になることもある。暉くんは挨拶程度なら交わしてくれるが、直ぐ自分の部屋に閉じ籠ってしまう。
どうにかして親睦を深めたいところだが、なかなか良いきっかけがつかめなかった。このままの状態では、ますます距離が縮まらない。
「はぁ、なんかいい方法はないかな」
自分の部屋を暫し見渡した。
「あっ! そうだっ」
机の引き出しを開け、様々な種類のカラフルなビーズが収納されたケースを取り出す。
「わたしの取り柄って言えばこれぐらいだし……久しぶりに作ろうかな」
小さい頃からビーズでアクセサリーを作るのが好きだったせいか、今ではかなりの腕前だと自負していた。前の学校のクラスメイトからも好評価で、よく友達にも作ってほしいと催促されたほど。
何か兄弟ふたりにプレゼントをして、少しでも歩み寄れればと思い、わたしは真剣にビーズに向き合う。
「よし、やるぞ!」
黙々と作業をしていると、いきなりノックの音が響く。
「はいっ」
「失礼致します」
入ってきたのは神木さんだった。机に向かっていたわたしを見るなり、少し不思議そうな表情を浮かべる。
「何をなさっておられるのですか?」
近付き、わたしの手元を興味津々な顔をして覗く。
「暉くんと陽太さんにプレゼントしようと思って……何か買うっていっても好みとか分からないし。それに、買うよりも手作りの方が心が篭ってていいかなぁーって」
神木さんの反応を気にしながら話すと、何だかすごく感心したように頷いた。
「すごく良いアイデアではないでしょうか。お嬢様らしくて素晴らしいと思います」
「本当ですか? 良かった」
「凄く細かいビーズですね……何を作られるんですか?」
「男の人にアクセサリーを作るわけにはいかないので迷ったんですけど……キーホルダーを作ろうかなって思ってます」
改めて手元を見つめ、近付く神木さんの距離感になんだか恥ずかしさが込み上げる。
「お嬢様は手先が器用でいらっしゃいますね」
「そんなこと無いですよ。小さい時から好きでやってるから、慣れちゃっただけです……お母さんが入院した時にお守り代わりに作り出したのがきっかけで」
「そうでしたか」
「病院に行くと必ず作って知らない人にまで配ったりして……よくお母さんに笑われてました」
話をしていて、急に昔の場面が頭を過った。それは母との記憶ではない。知らない男の子にビーズを手渡す自分の姿が浮かび上がった。相手の顔は分からない。どうして今、そんな事を思い出してしまったのか分からず、逆に気になってしまった。
(……誰だったけ? 名前も聞いた気がするんだけど)
「いい想い出ですね」
耳元に届いた神木さんの声で、はっと我に返る。その瞬間、さっきまで頭の中にあった記憶は霧が晴れていくかのように薄れていってしまった。
「きっとお母様も、お嬢様のように笑顔が素敵な方だったんですね」
「はいっ」
神木さんの言葉で、目を瞑らずとも思い浮かぶ母の姿が浮かんでくる。口癖のように言っていたあの言葉通り、母はいつも笑顔を絶やさなかった。辛い時も悲しい時もあった筈なのに、わたしの記憶に残るのは笑顔の母の姿。
(ちょっと拒絶されたくらいで、へこんでなんていられない!)
「あの……お嬢様?」
「はい?」
呼び掛けに振り向くと、少しだけ不安そうな神木さんの顔があった。
「ご兄弟とはどうですか? もし何かわたくしに出来ることがございましたら、なんでも申し付けて下さい」
「神木さん……ありがとうございます」
こうやって気に掛けてくれる人が側に居てくれるだけで、落ち込まずに頑張れるのだろう。わたしは満面の笑みを神木さんに向けた。
「けど、大丈夫です! まだ自分で何もしてないから、今はひとりでやってみますっ」
「畏まりました……」
「あれ? そういえば、何か用事だったんですか?」
わたしの問い掛けに、何かを思い出した神木さんは少し恥ずかしそうな笑みを零す。
「わたくしとした事が……お伝えするのを忘れてしまうところでした」
「何かあったんですか?」
「いえ、実は……お嬢様が来週から通われる学校の制服が届きましたので報告に参りました。一度袖を通して頂いてもよろしいですか? サイズは合ってるとは思うのですが念のために」
「はい、是非着てみたいです!」
「では、衣装部屋へご案内致します」
“衣装部屋”という言葉に少し引っ掛かりを覚えるも、わたしは神木さんの後に付くように部屋を出た。二階の一番奥にあるドアの前まで案内され、エスコートされて入った先に見たものに、またも驚かされてしまう。
そこには数え切れないほど、色とりどりのドレスが壁を埋め尽くすように並べられていた。上の棚には、きらびやかな靴や鞄、それにアクセサリーまでもある。どれも高級品だと一目で分かるぐらいに輝いて見えた。慣れないものを見てしまったせいか、一瞬だけ目がチカチカしてしまう。
「凄い……これって涼華さんのですか?」
さすが朝比奈財閥のご令嬢だけあると感心して眺めていると、何故か小さく神木さんが笑い出す。
「え? わたし変なこと言いました?」
「いえ、申し訳ありません……実はこれは奥様からのサプライズにございます」
「サプライズ?」
意味が理解できず、小首を傾げた。
「これは全てお嬢様のためにと、奥様がご用意されたものです」
「これ……全部?」
「はい、全てにございます」
一瞬だけ気が遠退く。卒倒はどうやら避けられた。
もし、この屋敷へやってきた初日に見せられていたら、確実に気絶していたに違いない。この現実離れした状況に慣れ始めた時に案内されてよかったと心底思う。
「やっと自分に娘が出来ると張り切ってご用意されておられました。食事の時にでも着てみてはいかがでしょうか? きっと奥様も喜ばれると思います」
「えっと……それはまた今度にします。それよりも、制服を先に見ましょう! どんなのか早く見てみたいです!」
「はい、畏まりました」
なんとかドレスから話題を逸らせ、思わず安堵のため息を零した。
(ドレス着て食事なんて……服を汚しそうで、わたしには無理だよっ)
やはり、とんでもない場所へ来てしまったのだと改めて痛感してしまった。