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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第4章『執事に惑わされています!』
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memorys,69

「立てるか?」


 そっと差し伸べられた手を取り、わたしは慌てて立ち上がる。


「わたしは大丈夫だよ! それより白藤さんは? 怪我とかしてない?」

「かすり傷程度だから心配ない……さぁ、帰るぞ」

「う、うん」


 白藤が歩き出したのを見て、わたしは急いでその後ろを追った。




 屋敷へと戻ると、白藤はなぜかわたしの手を取る。


「白藤さん?」

「ちょっと話があるから、このまま執務室に行くぞ」


 さっきまで普通だった白藤が、今はどこか不機嫌そう。なぜだろうと考える間もなく、今朝のことを思い出した。


(忘れてた! 今朝、白藤さんのこと避けたんだった!)


 記者がいきなり現れ、あんなことになってしまったために、すっかり悩んでいたことを忘れてしまっていた。考えずとも、今の白藤の心情は手に取るようにわかる。わけもわからず避けられたのだから、相当怒っているはずだ。


(どうしよう……まだ心の準備もできてないのにっ)


 しかし、頭の整理などつく間もなく、すぐに執務室へ到着してしまった。扉が後ろで閉まる音が聞こえたと同時に、腕を掴まれて壁際へと追い詰められてしまう。


「あの……白藤さん」


 両側に伸びた白藤の腕が、逃げ道を完全に塞いでいた。わたしは恐る恐る白藤の方へと視線を向ける。


「さて、説明していただきましょうか?」


 執事スマイルを浮かべてはいるが、メガネ越しに見える瞳はまったく笑っていない。


「今朝、俺を避けたわけを……吐け」


 執事口調が抜け、一気に緊迫感がわたしを襲った。


(やっぱり、めちゃくちゃ怒ってる!!)


 なんとか場を和まそうと、わたしは笑顔をつくる。


「そんな大した理由じゃなくて……それに、ほらね? 大変なことがあったばかりなんだから、今話さなくてもっ」

「今だ」

「そんなことよりも白藤さん、あちこち怪我してるみたいだし、手当てを先にしなきゃ」

「そんなもん、後回しでいい……いいから、なんで俺を避けたのかきっちり話せ」


 どれだけ誤魔化そうとしても、白藤には通用しなかった。これは言わないと逃がしてくれないパターンだ。

 わたしの予定では、あのことを思い出した動揺を消し去ってから、白藤にはきっぱり「気持ちには答えられない」と、伝えるつもりだった。しかし、避けた意味を問われてしまった今、あのことも含めて話さなくてはいけなくなる。

 できれば話さずに回避したかったが、その時間を与えてくれるほど白藤は甘くなかった。


「おい、このままの状態でずっといるつもりか?」


 さらに圧が増す。もう、わたしは観念する他なかった。


「わ、わかったよ! 話すよ……」


 話した後の白藤の反応を想像すると、羞恥心でいっぱいになる。けれど、わたしには正直に話す以外の道しか残されていなかった。


 もうどうにでもなれと、わたしはついに口にした。


「は……初恋……だったの」

「……は?」


 気合いとは裏腹に、今にも途切れてしまいそうな小さな声が漏れる。聞き取れなかったのか、それとも意味が伝わらなかったのか、白藤は呆気にとられたような顔をした。


「おい、一体なんの話だ?」

「だって、ほら……初恋の相手に会ったら、いくら忘れてたからって照れ臭くもなるでしょ? いや、忘れてたのを思い出したから、余計に気まずいっていうか」


 最終的に、わたし自身が何を言いたいのかわからなくなる始末だ。それは白藤も同じだった。


「えっと、悪いんだけど……さっきから、まったく話の意味がわからないんだが……お前の初恋がどうして俺を避ける理由に繋がるんだよ」

「だから、わたしの初恋の相手は白藤さんだったんだよ!!」


 なかなか察しの悪い相手に痺れを切らし、わたしは恥じらいを捨てて叫んだ。今度こそ白藤も状況を把握したのだろう。一秒経つごとに、白藤の表情からいつもの余裕がなくなっていった。


「それって……どういう意味だよ」

「初めて会った日……白藤さんを最初に見た瞬間、わたし思ったの」


 わたしはあの日のことを思い出しながら、静かに告げた。


 自分と同じ孤独を抱えたように見えた少年の横顔。悲しみを隠しながら寂しく笑う彼はきっと、わたしと同じなんだと思えた。あの時の感情が、まさか初恋だなんて思いもしなかった。でも、あのブレスレットを贈ったことは、わたしにとっての誓いでもあった。


「また白藤さんと会った時は、笑って会いたいというより、わたしが笑顔にしてあげたいって……そう思えたの」


 白藤を想いながら、いつかまた会えることを願って、ブレスレットを何度も作っていた。しかし、子供の記憶は大人になるにつれて薄れていき、いつしか白藤を忘れてしまっていた。

 しかし、今はあの頃どんなことを感じながらブレスレットを作ったのか、はっきりと思い出せる。


「初めて白藤さんが心から笑ってくれた時、安心したし、嬉しかった。でも同時に困ったの」


 初恋だった。

 けど、今のわたしが好きなのは白藤ではない。

 気持ちは揺らいでいても、わたしの中にはまだ神木がいる。

 それなのに、白藤の過去とわたしの過去が重なった瞬間、眠っていた感情が次々にわたしの中に流れ込んだ。


「どんな顔で白藤さんに接したらいいか……わからなかったから」


 曖昧な気持ちのままで、初恋だとか言いたくなかった。

 わたしは気持ちを整理しながら、白藤の顔をまっすぐ見つめる。


「逃げたのは、本当にごめんなさい。今は急に思い出して、ちょっと動揺してるだけなの。明日からはいつもどおりお嬢様として白藤さんと――」

「却下」


 わたしが示そうとする決意を、白藤はたった一言で遮った。


「え?」


 少し苛ついたように舌打ちした白藤が、そっと距離を詰める。


「なに勝手に終わらそうとしてんだよ」


 低い声が耳元に降ってきた。この後、白藤が何をしようとしているのか予測できる。なのに、身体が思うように動いてくれなかった。

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