memorys,67
胸の中のわだかまりが少しだけなくなり、気持ちが晴れやかになったと同時に昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
「あっ……もう戻らなくちゃ」
そう言って立ち上がろうとしたわたしを引き止めるように、奏が握っていた手に力を籠めた。
「奏?」
さっきまでとは違い、なんだか険しい顔つきに変わった奏を見て、わたしは大人しく座り直す。
「恋愛の話ばかりしちゃったけど……今までの話の中でわたしが一番気掛かりなのは、亜矢を狙った記者のことよ」
寒気を感じたわけでもないのに、無意識に肩を擦った。
「これはあくまで、わたしの勝手な憶測なんだけどさ……その記者が亜矢のところへ真っ先に会いに来たって事は、絶対的な情報を掴んだか……あるいは誰かが故意で亜矢を狙うように仕向けたんだとわたしは思う」
「……故意にって? わざとってこと?」
想像すらしていなかった事を告げられ、今度は本当に寒気を覚える。
「狙われるような心当たりはある? 両親に恨みを持っている同業者とか、もしくは家族の誰かが最近、身近な人と揉めたとか?」
奏に言われて、少し悩んだように考え込む。
「あっ……」
考え出した瞬間、すぐ思い浮かぶ人物がひとりだけ存在した。
朝比奈 晶の顔だ。
神木さんを引き抜こうとしたけど断られ、パーティーの一件で相当わたしを嫌っていた様子だった。あの日、去り際にわたしへ言った言葉を実行したのだとしたら、記者を送り込んできた意図も納得ができる。
「あるの?」
「……今の朝比奈財閥の副社長と少しあって」
「ああ、顔は見たことあるわ。あの親子、あんまり評判よくないのよ」
「晶さんのこと怒らせちゃったことがあったけど、彼がそこまでするかな? だって、親戚だよ?」
いくら憎くて仕返しがしたかったとしても、そこまでする必要性はあったのだろうか。わたしひとりを攻撃するなら話は分かるけど、お父さんまで巻き込むようなやり方をしてしまったら、晶さんだってバレた時に困るのは誰なのか分かりきっていた。
「そこまで酷いことをする人じゃないって信じたい」
「本当に彼が犯人なのかは分からないけど、気を付けた方がいい。もしも、朝比奈 晶が関わっているなら……亜矢の事を細かく調べあげて、また現れると思うから」
真剣な顔で言われて、顔から血の気が引いていくのを感じる。肩を擦っていた手はいつの間にか爪が食い込むほど、かたく握り締められていた。
「用心して。記者の中には質の悪いヤツも多いわ……どんな情報でも手に入れようと強引に聞き出してこようとする厄介な連中よ」
「わ、わかった……気を付ける」
記者がわたしに会いに来た日の光景は、時間が経った今でも頭にこびり付いて離れることはなかった。それだけ、記者が怖いと感じたからだろう。
「まあ、お父さんのことも解決してるんだし、他に何もなければ大丈夫だとは思うけど……」
「うん」
「あれから、記者は来てないの?」
わたしは小さく頷くと、奏が安心させるように背中を叩く。
「わたしも亜矢がひとりにならないように気を付けるから安心して! もし、記者が現れたらわたしが退治してあげるわ。こう見えてあらゆる護身術を叩き込まれたから強いんだよ!」
「ありがとう、奏……すごく、頼もしいよ」
笑顔で答え、わたし達はようやくベンチから立ち上がった。
「何かあれば直ぐ言うんだよ」
「わかった」
そして、授業が既に始まってしまったであろう教室へ向かい、わたし達はゆっくり歩き出す。
もう二度と、記者とは会いたくもないし、もう現れることはないと思いたかった。だけど、もしもまた現れるとしたら、目的はきっとひとつしかない。
神木さんが居なくなった今、白藤さんといることはやはり危ないと感じた。わたし自身のことよりも、彼までもが傷付き、全てをなくすような事はさせたくない。
彼の過去を知ってしまったから、更に強く思うんだ。
やっと穏やかになった“あお兄”の人生を壊したくない。
彼の笑顔を守る。
神木さんがわたしを守ろうとしたように……