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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第4章『執事に惑わされています!』
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memorys,64

「あおいっ」


 庭の掃除をしていた白藤の耳に、いつものように自分を呼ぶ声がする。その声は、いつもどこか苛立ったように聞こえた。きっと、また旦那様と衝突したのだろうと密かに思いながら、普段通りの笑顔で振り返る。


「もう、ここに居たのね。探しちゃったじゃない!」


「何かご用でしたか?」


「出掛けたいの。早く着替えてくれる?」


 一瞬、勤務中だからと断ろうとしてしまった口を慌てて塞ぐ。白藤の心を読んだかのように彼女は自信に満ちた笑顔を浮かべた。


「分かったの? 言うこと聞けるでしょ?」


「畏まりました。ただいま準備してまいります」


 彼女と交わした“契約”から数週間。初めはどんなことを言われるのかと、内心ハラハラしていた。しかし、彼女が口にする条件はごく簡単なことばかり。


 今回はただ一緒に公園へ行きたい。


 それが彼女の希望。こんな些細な頼み事を聞いてるだけで自由の身になれるのであれば、自分にとっては好都合だ。しかし、腑に落ちない部分もある。


 こんな事をして彼女に何の得があるのだろうか?

 何か別の企みでもあるのだろうか?


 周りが住宅街に囲まれた一般的な広さの公園で、ベンチに座りながらぼんやりとそんなことを考えてはみるものの、流石に相手の頭の中までは分からない。


「あおいさ……」


 さっきまで静かに公園で走り回る子供たちを眺めていた彼女が口を開く。


「好きな人居ないの?」


 唐突な質問に、思わず顔を歪ませてしまった。


「それは……答えなきゃダメですか?」


「ダメ。これは命令」


「……いないですよ」


 住み込みの執事をしていると出会いなんて限られてくる。そもそも恋愛なんてものにはまるで興味がなかった。


「あんた……ゲイ?」


「げっ……冗談言わないで下さい」


 すると、彼女が興味津々な表情をしてこちらを窺い見つめる。


「あおいは綺麗な顔してるのに、全く女を寄せ付けようとしないのね。メイドたちからの熱い視線も完全に無視……気付いてやってるのか。それとも鈍いだけなのか……ゲイではないのは分かったけど、その歳にもなって女嫌いなんて言わないわよね?」


「別にどうでもいいことじゃないですか?」


「わたしには興味深いことだけど? 周りに居る女たちに興味が湧かないんだとしたら、過去に忘れられない娘でも居るんじゃない?」


「そんなの居るわけっ……」


 否定しようとした白藤の言葉を遮断するように、女の子の声が飛び込んできた。


「わぁ! それ可愛いね!!」


「ビーズで作ったの!? すごーいっ!!」


 “ビーズ”という言葉で、瞬間的に浮かんできた少女の顔。


「居るわけ……ないです」


 そう答えながらも、頭に焼きついたようにして残る少女の顔がなかなか頭から消えてくれない。


 人というものは、いずれ変わってしまうものだ。子供の頃の純粋さや無垢な笑顔は、成長すればなくなってしまう。


 なのに、どういう訳かあの少女だけは変わってほしくないと願ってしまう自分が居る。


 不意に、顎に触れられた手の感触。驚き隣を見ると、彼女がうっすら微笑みながら告げた。


「あおい、キス……しようか?」


 白藤の反応を見ると、おかしそうに笑う。


「冗談よ。本当にあおいは顔に出るわね」


 今自分が嫌な顔をしていたのだと、言われて初めて気が付いた。


「さぁ、帰るよ……あおい」


 一体何を考えているのかさっぱり分からない。こんな自分を使って、何がしたいのかも予想できない。そんな彼女の行動を理解しようなどとも思ってもいなかった。













 それからも彼女の“契約”と称した命令は続き、気が付けば約束の一年まで残り一週間となっていた。


「いいか、しっかりやるんだぞ!! 分かったのか!?」


 閉ざされたドアからもはっきりと聞こえる怒鳴り声に足を止めると、案の定、部屋から彼女が飛び出してくる。出てきた瞬間に目が合い、怒った表情のまま白藤に向かって言い放った。


「何してるの、あおい! 早く来なさい!」


「……畏まりました」


 いつもより気が立った様子の彼女に戸惑いながら、言われたとおりに部屋まで着いていく。


「旦那様と何かあったのですか?」


 部屋に入るなり、大きなベッドに腰掛けた彼女は珍しく溜息を零した。その表情は切なげなものへと変化する。こんな彼女の姿、はじめて見た。


「わたしね……結婚するんだって」


 いきなりの告白に言葉が詰まる。


「うちの会社、経営難でね……前々から話には出てたのよ。けど、今日ついにその結婚相手が決まっちゃったらしくて……父が会社のために文句は言うなですって」


 大きな企業にはたまにあることだった。自分の会社が危ない状況に陥った時、親は苦肉の策として子供を利用する。謂わば、親の都合で決められた“政略結婚”というやつだ。


「顔も知らない男とよ? 文句のひとつだって言いたくもなるわよ」


 彼女のことは好きではない。しかし、こういう場面を見てしまうとどうしても同情という感情が湧いてくる。


「あおい、こっちへ来て……お願い」


 手招きしてくる彼女に一歩近づく。


「もっと近く」


 ゆっくりと彼女の手が届く位置まで歩いていくと、突然ネクタイを握られ、一気に引き寄せられた。強制的に彼女の上に覆いかぶさる。急激に目の前へと迫ってきた彼女の顔を凝視した。


「あと一週間で自由の身ね、あおい……だから、これが最後の命令よ」


 息が出来ない。顔から血の気が引いていく。


「何をすべきか分かるわよね?」


 言いたいことを理解したからこそ、喉から出掛かっている言葉を押し殺す。彼女の腕が首に回される気配に、僅かに感じた嫌悪感。言い表しようのない感情から手が小刻みに震えた。


「自由のために出来るでしょ? それとも、ここでリタイヤする?」


 あと一歩の自由か、全てを失う覚悟か。


「かしこ……まりましたっ」


 それが白藤の“選んだ”答え。

 失う怖さに向き合えず、自由を選んでしまった。

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