memorys,33
神木さんの息遣いが聞こえる。
さっきまで普通だったのに、一体どうしたんだろうかと考えるが、答えなど出る筈もなかった。何かを話そうとしたが、あまりの急展開に声すら発せられない。
すると、神木さんが静かな声で言う。
「すごく迷ったのですが……やはり、気になるので窺ってもよろしいでしょうか?」
「えっ……なにをですか?」
なんとなく聞きたい事は予想が付いた。けど、はぐらかすようにしてわたしが聞き返すと、一気に確信を口にする。
「白藤さんと何があったんですか?」
「……あの、なにも」
“何もない”と言いたかったのに、肩を捕まれ、目線が強制的に移された。真っ直ぐにわたしを見据える神木さんが映る。
「彼のせいで泣いていたんですよね?」
やはり、泣いていたのに気が付かれていた。
それでも素直に肯定なんて出来ずに、目を逸らす。
「何も言わないって事は“あった”と解釈してよろしいですね?」
「それはっ」
「お嬢様、ひとりで悩むのはもう止めてください。あなたが笑顔でないと、わたくしは心配で仕方ないんです」
顔を背けたままにしていると、両頬に神木さんの手が触れた。そして強引に顔を上げられる。至近距離で目が合い、いつかのように呼吸が止まってしまった。
「言うまでこのままに致しますが……よろしいですか?」
逃れられない状況に、わたしは本心を隠しながら叫ぶようにして言う。
「わ、分かりました! 言いますっ……少しだけ喧嘩しただけです!」
「喧嘩……ですか?」
心の中を覗き込むような眼差しに動揺し、瞳が大きく揺らぐ。その変化を見逃さなかった神木さんが、引き下がることなく続けた。
「お嬢様は直ぐ顔に出ますね……わたくしには言えませんか?」
本当は何もかも言ってしまいたい。
だけど、白藤さんの話をしたら止まらなくなりそうだった。
神木さんへの想いも全て吐き出してしまいそうで、恐くて堪らない。ようやく“本当の笑顔”で接してくれるようになったのに、また見れなくなってしまう。
どうしようもない気持ちが胸を締め付け、ギュッと瞼を閉じた。
「ごめん」
悲しげな声が耳に届く。
「悲しい顔をさせるために言った訳じゃないんだ」
敬語が取り払われた台詞に驚き目を開けた瞬間、神木さんが視界から消えていた。
(―――えっ?)
頬に触れていた筈の手はわたしの背中へと回され、抱き締められているのだと気付く。
(神木さん?)
肩に伝わる神木さんの温もりと吐息に、身動きする事を忘れてしまった。鳴り止まぬ鼓動の音とともに、予想もしない台詞が告げられる。
「俺、執事失格だ」
なんで、神木さんが執事失格なの?
わたしには、その意味が理解できなかった。
敬語が取れた状態のまま、彼は話を続ける。
「最初に様子がおかしいと陽太から言われた時も、別館で会った日も、無理矢理聞かずに様子を見た方がいいって思うようにしてた。けど、今日泣いている姿を見たら“ひとりにさせたくない”、“白藤さんに近付けたくない”って感じたんだ」
背中に回された手が肩に添えられると、更に強く抱き締められた。神木さんの温もりが全身に伝わってきて、我慢しようと抑え込んだ感情が次々と溢れてくるのを感じる。
駄目だと思いながらも、その先の言葉を期待してしまう。
「本当はこんな風に困らせたくなかったのに……白藤さんと一体何があったのかって考え出したら、もう自分自身を止められなかった」
腕が緩められ、自分の瞳に神木さんの笑顔が映し出された。それはまた見たことのない、胸を揺さぶるような、愛おしいものを見つめる笑顔。
「あなたが好きです」
彼を困らせる筈だった言葉が、優しく身体に染み渡る。
「いつからと言われると自分でもよく分からないけど……きっと初めてここへ来た時にはもう、既に俺は執事じゃなかった」
「わたしもっ……」
たくさん言いたいことが頭に浮かんでくるのに、うまくまとまらない。だから、精一杯この一言に想いを込める。
「神木さんが好きですっ!」
言い終えると、力なくその場に崩れるように座り込んでしまった。
「亜矢っ!?」
焦ったように神木さんもしゃがみ込み、半分放心状態のわたしの顔を心配そうに見遣る。
「……夢、みたいで」
叶わない恋になると思っていた。
年だって違うし、彼から見ればわたしは子供のようなものだから、この気持ちが重なり交わることなどないんだと思い込んでいた。
「夢じゃない」
そっと頭を撫でられる。
「嬉しすぎて信じられないです……夢オチとかだったら嫌だな」
「なら、確かめようか?」
そっと、触れるだけの優しいキスが落とされ、一気に顔が赤くなるのを感じた。
「ほら……これは落ちない“夢”だよ」
いつもの神木さんじゃないみたいで、頷くのが精一杯。すると、急に相手の表情から笑顔がなくなる。
「ごめん。白藤さんのこと何も出来なくて……陽太から言われた時にもっと気を付けるべきだった。そしたら、亜矢が泣くような事もなかったかもしれないのに」
話の内容よりも“亜矢”と呼ばれることに意識がいってしまう。
「だ、大丈夫……ちょっと変なこと言われただけで」
「変なこと?」
神木さんが眉を顰める。まずいっと口を塞ぐも、もう誤魔化しはきかなかった。
「お互いに誤解が……とか仰っていたのに、やはり違っていたんですね。もう全て話していただいてもよろしいでしょうか?」
いきなり執事口調と執事スマイルで迫る神木さんに、わたしは打ち明ける以外の選択肢はないのだと悟る。
「話しますっ……」
今の状況よりも後の方が怖いと知りながらも、わたしは白藤さんとあった出来事を包み隠さず話した。
ついに神木さんとヾ(o≧∀≦o)ノ゛キァー




