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~執事と恋したら、どうなりますか?~  作者: 石田あやね
第2章『執事は演じてます!』
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memorys,22

 あの約束の日から、学校が終わってすぐわたしは自室で待機する。ノックされると、準備していた教科書を広げて返事をした。


「はい!」


「今日もよろしくお願いいたします」


 笑顔で部屋に入ってきたのは、もちろん神木さん。約束どおり、あの日から毎日わたしが学校から帰ると三時間も付きっきりで勉強を教えてくれている。


「今日は英語と数学にしましょう」


 執事としても完璧なのに、勉強もできて教え方も先生より分かりやすい。今まで分からなかった事が簡単に理解できるようになった。


 大学レベルまでは程遠いが、確実に勉強効率がスムーズになったのが分かる。


「これであってますか?」


 練習問題をやり、神木さんに尋ねる。


「素晴らしいです。全部正解ですよ……お嬢様は吸収力がいいですね」


「神木さんの教え方がいいんですよ」


「けど、この最後の問題は応用問題で難しくなってるんです。そこを理解できたのはお嬢様の実力が上がった証拠ですよ」


「ありがとうございます」


「では、次にいきましょうか」


 神木さんはかなり褒め上手。こうやって出来ると、照れてしまうぐらいに褒める。休日にも午前と午後、二時間ずつ時間を作ってくれた。






 そんな日々が暫く続き、テストまであと2週間をきる。


「すごいです。テスト範囲まで追い付きましたね」


 日曜日の午後、神木さんの感心した声がわたしに向けられた。


「神木さんのおかげですっ」


「ここまで頑張ったのですから、テストが終わったら、わたくしから何かプレゼントさせて下さい。お嬢様からこれを頂いたお礼も兼ねて」


 胸ポケットから出てきたのは、いつも使っている手帳。そこに挟まれていたのは、いつかわたしがあげたピーズの栞だ。


「何でもいいんですか?」


「わたしが叶えられる事でしたら物でも願いでも、なんでも聞き入れます」


 わたしは少しだけ悩むが、意を決し、思い付いた事を口にする。


「なら、お願いがあります」


「はい」


「学校の登下校はなるべく歩きにしたいです!」


「え?」


 予想外の“お願い”に、神木さんは目を丸くした。


「あとは自分の部屋の掃除はわたしがやりたいです。それから、休日だけでもいいので料理がしたいのでキッチンを貸してもらえると嬉しいです」


「……えっと、それがお嬢様のお願いですか?」


「はい」


 今まで“お嬢様”だからと縛られてるようで嫌だったが、それでも出来ることをしたい。それがわたしにとって切実な願いなのだ。


「この3つを許してくれませんか?」


「えっと、はい……構いませんが」


「本当にっ!? ありがとうございます、神木さん!」


 きっと、どれかひとつは駄目だと言われるのを覚悟していたが、あっさり頷いてくれた事に思わず席を立ち喜ぶ。


「本当にお嬢様は面白いお方ですね」


「えっ? それって変って事ですか?」


「いえ、違います。感心しているのです」


 また、神木さんから“執事の顔”が少しだけ抜けていく。


「普通でしたら面倒な事や嫌がるような事を避けたがるのに、お嬢様はそれをやりたがる。あなたのようなご令嬢には会ったことがありません」


 また見たいと思っていた笑顔がわたしの目にはっきりと映り込んだ。


「だから、あなたから目が離せない」


「神木……さん?」


 一瞬、空気が変わる。


「お嬢様」


「はい」


「また勉強してたのか?」


 その一声に、わたしと神木さんは我に返ったように振り向く。そこには、いつものスーツ姿ではなく、ブイネックのシャツとジーンズというラフなスタイルをした陽太さんが立っていた。


「ふたりでどれだけ集中してたんだ? 何回かノックしたんだぞ」


「申し訳ございません」


「いや、いいよ」


 頭を下げようとした神木さんに制止を示し、こちらへと歩み寄る。


「全く、頑張らなくていいと言ったのに……」


 机の上に広げられたノートを覗き込みながら呟く。


「かなり進みました。あと少しでテスト範囲は大丈夫だと思われます」


「へぇ、さすが神木だな」


「いえ、とんでもございません。それより、何かご用でしたか?」


「そうそう、母さんが神木を呼んでるんだ。行ってもらえるか?」


「畏まりました。それではお嬢様、今日はこれで失礼致します」


 軽く頭を下げると、神木さんは部屋から出ていってしまった。


「どうだ? 今分からないところは?」


「え?」


 ドアを見つめていたわたしが目線を戻すと、先程まで神木さんが座っていた椅子に腰掛け、教科書を眺めている陽太さんに気付く。


「えっと、これが少しよく分からなくて」


 さっきやり出した英文問題を指差す。


「この部分の訳がおかしいみたいで」


「これか」


 そう言うと丁寧に説明し出す陽太さん。それを慌てて聞きながら、ノートにペンを走らせた。


「分かったか?」


「うんっ、すごく分かりやすかった。すごいね……お兄ちゃんまで教え方が上手なんだ」


「もし、神木が忙しそうな時は俺に聞けよ。遠慮はいらないから」


「ありがとう」


 あのパーティー以来、陽太さんとの距離感がぐんっと縮まった気がする。


「もう少しやるなら付き合うけど、どうする?」


「なら、あと少しだけお願いしてもいい?」


「いいよ」


 初めて会った頃の陽太さんの面影が嘘のように消えていた。今は妹を甘やかす、ただの“お兄ちゃん”の顔をする。まだ慣れず、照れ臭くもなるのだが、この空間は最高に居心地良く感じれた。


 こんな風に学校でもうまくいくように願いつつ、わたしは再び陽太の指導のもとペンを握る。







 そして2週間が経ち、テストの日となった。



 はじめは問題の意味すら理解できなかったのに、神木さんと陽太さんのおかげでテスト用紙を見た瞬間、自信に満ちた顔に変わる。


(これなら大丈夫っ)


 焦りで冷静さを失う事はもうない。


 わたしはふたりに感謝しながら、テスト用紙にペンを走らせていった。

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