第二十五話
キキは息を飲んだ。
首が跳ね飛ばされた。アイの手に持つ刀で。
体には力が入らなくなりその場に倒れ伏した。
意識が朦朧としながら宙を舞う頭でアイの姿を視界に収める。目に光は見えない。
「ああ、これじゃあ殺し合いになりませんね。どうしましょうか、キツネさん?」
「それじゃあ一方的な殺害だが、まあいいだろう。まさかこんなに見境なく味方を裏切ることができるとはな」
「そうですね、一方的な殺害です」
その場にいた全員が、アイの手によってキキが首を落とされる様を目撃した。
キツネが「約束だ。二人を解放しよう」と言って、洗脳を解いて気絶させた。二人の体がくらりと揺れて、重そうに、片方は軽そうに、床に横たわった。
「君の処理が残っているがね」
各所の水槽から怪人たちが蠢き出そうとした。
「ええ、あなたの処理が残ってます」
いつの間にか、水槽は全てが壊され、怪人たちは悉く殺され、アイはチベットスナギツネの目前まで迫っていた。
理解できない現象に、それでもキツネは頭を回す。
時間停止か? いや、そんな高等魔法はこいつには使えない。同理由で空間跳躍も違う。
肉体強化? いや、だとしたら風があるはずだ。こいつはそもそも目の前にいたかのように音も感触もなく現れた。
現実的な解がないというのなら、残るは非現実的な解でしかない。
つまりは。
「これはすべて……!」
キツネが言い終わる前に、アイの刃はキツネの四肢を断ち、心臓を串刺しにした。
しかしアイは、任務を忘れたわけではない。
「そう、これは全て幻術です」
現実空間では、意識を呼び起こされそうになった水槽の怪人たちが痙攣し、キツネは泡を拭いて地面に倒れ、キキは無傷のまま茫然と突っ立っていた。今までの中で唯一現実だったのは、キキの父とアイの祖父が洗脳を解かれて倒れたことくらいだ。
死んだ──と錯覚していた──状況から一転して、キキが視界を確認して正気を取り戻す。
意識が戻ると同時に先ほどまでの感覚がフラッシュバックしてきた。胃酸を口からぶちまける。
「キキさん、ごめんなさい」
荒くなった息を整えながら、キキは後輩を見やる。
彼女はあれだけのことをしたにも関わらず、頼りなさげに腕を抱いて、頭を下げた。
「いいよ」
今は、そう言うことしかできなかった。
二人の間に、静寂が重くのしかかる。
しかし、突如として鳴り響いた轟音がそれを壊した。
「なに⁉︎」
「地震? とにかく早く出るわよ、アイ」
「は、はい!」
アイが祖父を、キキがキツネと父を抱えて、出口へと直走った。
「キキ先輩、お手伝いします!」
すぐにモモと合流する。怪人を倒してキキたちのもとへ走ってきていた。キツネを抱えてもらい、走る。
外に出てレイ、ミカと合流すると、魔法少女たちは空へと飛んだ。
数瞬の後、キツネが根城としていた研究所は唸りを上げて崩れ去った。瓦礫が少し下へ窪んでいる。おそらく、地下諸共崩壊したのだろう。証拠隠滅のためか否かは、おそらくキツネだけが知っている。
そういえば、と辺りを見回すと、レイを取り囲んでいた人々は気を失っていた。次第に目覚める人が一人、二人と出てくると、空に浮かぶ少女たちを見て手を振っていた。怪しげな雰囲気はない。洗脳は解けたようだ。
安心して、一路会社へと戻っていった。
───*───*───
この前の騒動以来二度目の、カタパルト出口からの帰還。
「おーーい、お疲れ様〜」
聴き慣れた声がする。若干そこかしこが破れ、髪を乱し、煤けた頬を緩ませながら、両手を大きく振って少女たちの帰りを歓迎してくれる、上司の姿がそこにあった。
魔法少女たちは上司の前へと着地し、声を揃えた。
「「「「「ただいま」」」」」
みんながやんややんやと中へ入る中、アイが少しの間立ち止まる。
「アイ?」
「いえ、なんでもありません」
キキに気遣われ、自身も足を進める。
表情には、内心の陰りも見せない笑顔を貼り付けて。




