第二十四話
上司の尽力により、魔法少女五人は会社から逃げおおせることができた。
最後に穴から出てきたキキが全員無事であることを確認する。
「よし、全員異常なしね。このまま全員最速で目標地点まで飛ぶわよ」
「そうしたいところですけどねえ、キキ先輩。お客さんがいらっしゃいました」
ミカが親指で後ろを指す。耳に届いてくるのは高速で回転する羽の音。目に映るのは二機のヘリコプターだ。
全速力で、じりじりとキキたちとの間合いを詰めてきている。
「上だけじゃないっすよ。下にもわんさかと」
山へと続く林の中。舗装された道路に列をなしている車が見える。
「これは、まずいわね」
「最終決戦ってのは、メインキャラを置いて次々と仲間が分かれていくんですよ。現実まで一緒じゃなくていいのに」
ミカは言って、前進にまわしていた推進力を上昇へと変える。
ヘリコプターからのカメラの外、映せたとしても太陽の関係で不明瞭に見えるであろう位置まで上昇したミカは、体を翻らせ、流れるようにライフルを構え、轟音と共に二発放った。
それぞれは正確に数百メートル後方を飛んでいた二機のヘリコプターのテールローターを射抜き、操縦不全に陥ったヘリコプターは墜落していく。
「ミカ、あれ大丈夫なの?」
通信機からキキの声が入る。
「大丈夫ですよ。あれくらいのこと、できなきゃヘリコプターのパイロットになってないですから」
「そう」
「それより、下の車も引き受けますんで、キキさんたちは私に構わず先に行ってください」
「死ぬんじゃないわよ」
「これは死亡フラグじゃないんで大丈夫ですよ。ではでは」
ミカは話し終えるとライフルを肩掛けベルトに即して背中へ回した。
「さすがに車止めるだけでライフルはオーバーキルだよね」
腿に忍ばせた愛銃二丁を両手に構える。
「さてじゃあ、やりますか」
先ほどとは反対に、少女は一直線に降下していった。
ーーー*ーーー*ーーー
舗装道路から外れた地点、目的地近くで、鬱蒼と茂った森の一部だけよく見ると植生が変わっている部分があり、その中心にツタにまみれた建物が見えた。おそらくあれが例の研究所だ。降りてみると、壁は古びているが、扉は人によって使われた形跡があった。
「それじゃあ、入るよ」
ドアを蹴破る。中には地下へ続く階段があり、すぐ近くに人が隠れている様子はない。
「じゃあ、先輩方とアイさんで向かってくださいまし」
「レイさん、もしかして」
「はい、ミカさん一人では、流石に全ての人を防ぐのは無理だったようです」
周りの茂みから、カメラを構えたテレビ局の一団と思しきグループや、正気を失ったような人々がわらわらと湧いてきた。
「レイ、考えはあるの?」
「はい。もちろんですわ、キキ先輩」
レイは携えているグラディウスを地面に突き刺し、仁王立ちの構えをとった。
「さあさあ大人の皆さん、来るなら来なさいな! 私に指一本でも触ろうものなら強制わいせつ罪と児ポ法であなた方の人生真っ暗闇になりますわよ! 女子供だろうと容赦しませんわ!」
操られているとはいえ、倫理観はあるのか、取り囲んでいる人々の顔に戸惑いが見えた。
「さあ、今のうちに」
「危険になったら、組み伏せるくらいは許可されるから」
「自分の命を第一に考えてくださいね!」
「レイちゃん、グッドラック!」
レイを残して、三人は階下へと走っていった。
ーーー*ーーー*ーーー
階下には体育館ほどの広い空間が広がっており、様々な形態のモンスターがたむろしていた。
液状のモンスターや剣撃などが通じないほど装甲が硬いモンスターなどもいる。
「くそっ、こんなところで時間を食ってる暇ないのに!」
「くっ、重い!」
キキとアイが苦悶の表情を浮かべていたとき、一条の光が敵を薙いだ。
「どかーん! キキ先輩、アイちゃん! ここは私がどんなモンスターだろうがやっつけちゃうから、キキ先輩と先に行って!」
それはモモが放った魔力光線だった。隙間もないほどすし詰め状態だった怪人たちの間に、次の階層へと進む道ができる。しかし両脇の壁から次々に怪人たちは増員される。このままでは先ほどの攻撃が無駄骨になってしまう。
「モモ、死ぬんじゃないわよ」
「わかってますって、キキ先輩! でも、できる限りのことはしますんで!」
「ご武運を!」
モモを残し、キキとアイは階下への階段を下った。
ーーー*ーーー*ーーー
階段の先にあったのは、左右を太い円筒水槽が囲む廊下だった。
緑色にライトアップされた水槽の中では、奇々怪界な生物たちが静止している。
「素敵だろう? 私が産み出した作品たちだよ」
廊下の奥、高めの男性声が聞こえてくる。
「すべては世界征服のため。そして」
どこからともなく、カッとスポットライトに照らされる。
「君たちを倒すためだ」
白衣を着たチベットスナギツネが椅子に座っていた。
憮然とした半目は、まっすぐ二人の魔法少女を見据えている。
異様な光景に言葉をなくすアイの横、キキが睨みをきかせながら問い詰める。
「なぜ私たちに敵意を向ける?」
「ただの研究だよ」
嘲るようにキツネは言った。
「私はとある実験で、『天才』と呼べる頭脳を手にいれた。この世で一番の知能指数を示したんだ。そんな私が次に求めるのは強さ、力の創造だ。研究は今ある最高を上回るために行う。現在の地球で最高の強さと言えば、神を除けば君たちだろう」
「まさか、今までの怪人たちも……」
「宇宙人と土着の神々を除けば、すべて私の作品たちさ」
怒りで拳に力が入る。
「……なぜ人間を操った?」
「私は純粋な強さで君たちを上回れば勝てると考えた。宇宙人たちと同じようにね。しかし違った。蜂人間は私の考える限り最高の強さを有していたが、敵わなかった。君たちは私の仮定の間違いを証明した。そこで気づいたんだよ。相手を上回る強さではなく、相手の弱さを突けばいいのだと。ごく基本的なことだけれどもね」
「卑劣だな」
「何とでも言ってくれ。私は君たちが倒せることが証明できればそれでいい」
キツネがパチンと指を鳴らすと、水槽のひとつがせりあがり、奥の空間から二人の人間が出てきた。
「え、なんで?」
「そんな……」
「さあ二人とも、感動のご対面だ」
平凡なTシャツに長ズボン姿のキキの父。
茶色の袴着物にえんじ色の羽織りを身に纏い両手で杖をつくアイの祖父。
二人が、チベットスナギツネと魔法少女二人の間に立ち塞がった。
「君たちは、特にキキ、君はここまでたどり着くと確信に近いものがあったからね。脅しをさせてもらうことにしたんだ」
キキが目の色を変えて足に力を入れた瞬間、
「おっと、不用意に動くなよ?」
アイの祖父が、両手で頭を包んでいた杖を、目にも見えない速さで抜き放った。右手に握られた杖は持ち手の先を刃に変えてキキの父に向けられた。鞘部分は左手に保持されている。
キキからは、声にならない動揺が漏れた。アイはただ冷静に状況を眺めている。
「キキ、君は知らないだろう。だから驚くのだ。せっかくだから教えてやろう。そいつの祖父はな、裏の世界で知らないものはいないほどの、伝説の殺し屋だったのさ。歳若くして隠棲し、裏の住人は目を皿にして探したがついぞ見つからず。その間に御仁は子供を育み孫を愛でていた。そして、何を思ったか孫に自分の技を教えたのさ。棒切れ遊びとしてな。なあ、アイ?」
首を傾げて目線を投げるチベットスナギツネを、アイは冷たく睨み返すのみ。
「では二人とも、それぞれの父と祖父を殺されたくなければ、ここで殺し合ってくれたまえ」
「いいえ、その必要はありません」
アイが答えた。
キキがアイの方へ目を向ける。目線が合う。
「っ!」
キキは息を飲んだ。
首が跳ね飛ばされた。アイの手に持つ刀で。
体には力が入らなくなりその場に倒れ伏した。
意識が朦朧としながら宙を舞う頭でアイの姿を視界に収める。目に光は見えない。




