第十六話
八月某日。暑い暑い日差しが照り付けるここは、先日魚人が出現したことによってめっきり人気のなくなったビーチである。
そんな砂浜で、見目麗しい少女が二人、並んで歩いている。
「で、何で私たちはまたここに来てるの?」
キキが不満いっぱいの声を吐き出す。先日から変わらず、そのコスチュームは麦わら帽子にピンクのビキニ姿である。
――そもそもどうしてこんなコスチュームになったのかについては、キキが先日上司に問いただしたところ、
「いやー、せっかく海に行くんだし、いつもの装備だと熱いかもしれないでしょ? でも、それによって戦闘に支障を来しちゃいけないから、先輩三人組だけ試験的にやってみたってわけさ。あはははイダダダダダッ!」
と、白状した。つまりあの状況で、ミカもコスチュームが変わっていたのである。本人が即座に新人二人から離れたこと、ミカ自身があまりそこに関心を持たなかったことから、戦闘時には全く誰も気づかなかったのである。
ミカの小ぢんまりとした胸はサラシで覆われ、下はパレオで隠されている。どちらも鮮やかな赤色で彩られており、情熱的な雰囲気を感じさせる。
おっと、話が横道にそれてしまった。話を本筋に戻そう。
「キキさん、説明聞いてたでしょ」
「半分以上覚えてない」
「なら再度説明しましょう。魚人らしき反応があの日から定期的にまた出ているからです」
「それで、私たち二人が駆り出されたわけ?」
「そうですね、モモたちは、都市部での問題解決ができ次第合流する手はずです」
「……何匹壊せばいい?」
「怖い話はナシですよ、先輩」
「ふん」
砂浜を歩くキキは、心底面白くなさそうだ。水着型魔法少女の姿なのだから泳ごうとミカが誘ってみても、微塵も興味を示さない。夏仕様限定のミカの臨時武器『水鉄砲』でぴゅーぴゅーと水を当てても、ただ殴り返してくるだけだ。
「いつつ……なんでそんな不機嫌なんですか?」
「……」
「もしかして、あの竜のことですか?」
「……うるさい」
キキは足を速めた。
図星だ。ミカはそう思った。
「あれは何か、キキさんが介在する余地がないようなものを感じましたよ」
「うるさいって言ってんでしょ」
「言うならそう、キキさんのお母様の出身とかと同じような」
「……」
キキの発そうとしていた言葉は、喉の奥で引っ込んだ。思わずミカの方へ振り返る。
ミカは、平然とした顔でキキを見返す。小さく首をかしげて。
「何であんた、そのことを」
「いやあ、ちょっとしたツテですよ」
「……」
キキは眉を顰めると、さらに足を速めた。ミカもこれ以上離れてはならないと速足になる。
「先輩、待ってくださいよー」
ミカの声なんて、今の彼女の耳に入るはずがない。
不可解が頭を占拠しているのだから。
キキはミカに対して家のことを言ったことはない。言っていたとして、どんな家族構成かくらいだ。それ以上、キキは話すのをいつも拒んでいた。
なのに、ミカはそれを知っていた。会社がミカに情報を流すとは思えない。上司ならあり得るが、しかしあの人もそんな込み入った事情までは他人に話さないだろう。
ならばなぜ、ミカはそれを知っていたのか。
「おいそこの嬢ちゃん、ちょっと寄ってかねえかい? おいしい飯が食えるぜ?」
キキの思考を邪魔するだみ声。声の主はビーチに構えられた木製の海の家の中からキキに対して話しかけている。
よくも邪魔してくれたなと、キキが渾身のガンを飛ばす。
と、ガンを飛ばした先の像を目に収めて少しののち、虚を突かれたようにキキは「は」と息を漏らした。
「おいどうした嬢ちゃん。もしかして俺のこの姿が珍しいかい? 安心しろって。ここらは魚人騒ぎでいろいろあったが、俺はれっきとした人間。これは着ぐるみだって」
キキが視界に収めたのは、目と目が恐ろしいほど離れた錨のような頭をもつサメ、シュモクザメの顔を持った人間、つまり魚人である。服を着ているが、見まごう事なき魚人特有の肌色が、襟無しのだらしないTシャツから丸見えだ。
「おいお前、嘘こいてんじゃねえよ。これは自分の肌なんだろ? サメ肌なんだろ? 全部ズタボロにされる前にちゃんと自己紹介しろや。いや、しなくていいから消えろ」
ミカが瞬く間に、キキは文字通り一瞬でシュモクザメが立つカウンター席の机に飛び乗り、槍の先をシュモクザメの首元に突き立てた。シュモクザメのおやっさんは、全く動じる様子を見せずに焼きそばを焼き続ける。
「お嬢ちゃん、少しは落ち着けって。俺は何もしてない。ここに自分で海の家を借りて、自分で焼きそばを作って、自分で人に売ってるだけのことよ。みんな俺が着ぐるみを着た器用なおやっさんだと信じてくれてるよ」
「誰が信じていようと私には関係ない。さっさと失せろ」
「それは出来ねえな。俺はお前さんたちと話すために、ここで待ってたんだからよ」
「……何?」
キキは訝し気におやっさんの顔を見た。
おやっさんはというと、焼きそばから一切目を離さなかった。




