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魔法少女~クライシス~  作者: 楸 椿榎
第二章 夏といえば? そう、バカンス!
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第十五話

「竜。今まで見たこともなかったけど……実在するものなの?」


 キキは落ち着いて青竜を観察しながらインカムに手を当てる。

 体のどれくらいが水面から出てきているのか分からないが、現状で既に十メートルは超えている。鮮やかな薄青色の鱗に覆われた体表面は海水に濡れ、燦々と降り注ぐ陽光を反射させている。鼻の横から伸びている二本の髭の長いことはその長命を表すかのようだ。二つ付いている大きな眼はまっすぐこちらを見つめている。


「実在するかどうかなんて、聞かなくても分かるじゃない!」


 落ち着きをなくした上司の震えた声が耳に響く。


「実在証明は前々からされていましたよ。まあ『ないことが証明できないからそれはあるのだ』という逆説的で子供みたいなものですけどね。上司さんたちなら、もっと知ってるんじゃないの?」

「知らない知らない知らない! 私何も知らないわ! 竜とか出てきたらもうこっちに勝ち目ないじゃないのよ! もうどうにでもなれー! 全世界のいい男たちよサラバーーー!」

「ああ、こりゃダメだわ……」


 ミカの質問は上司の発狂により無為に終わった。


「…………」

「? おーい、モモよーい。生きとるかー?」


 ミカは上司の嘆き声から意識を遠ざけて、ずっと無言を貫いているモモへと言葉を贈った。


「いつもならすぐに「先輩、私が援護するので突っ込んでもらってOKですよ!」とか言うでしょ、モモ。……おーい、もしかして死んだ?」

「死んでないわ。現にここにいるし。というか前に出すぎだし。手ぇ振っても後ろ頭叩いても無反応。なんかおかしいのは事実よ」

「先輩、それはやりすぎでは……」

「右に同じですわ。でも、あれはどうします?」


 レイは頬に手を当てて竜への対処法を思案する。横のアイも思考を巡らすが、苦い顔しかできない。突然現れた相手の動向も、その武器も分からないと来ては、予測の立てようもないというものだ。さらに相手は伝説に名高い幻の存在。人智を超える行動を起こしてもおかしくはない。


「……あ」


 竜を見つめたまま静止していたモモの口が、言葉を紡いでいく。

 足を波が撫でているのを、気にしている様子は全くない。


「あなたは、どうしてここに来た?」


 その姿はいつもの天真爛漫、バカ丸出しの彼女のものとは全く階層を異にする存在、淑女と呼んでも過言ではない慎ましやかな雰囲気を帯びていた。間近で見ていたキキは言うまでもなく、後ろに控えるアイとレイ、スコープ越しに姿を確認しながらインカムで声を把握しているミカすらも言葉を失った。


 竜は一度、ゆっくりと瞬きをした。


「……そう」

「?」


 モモは何か納得したように数度頷いた。キキは何があったのか分からず立ち尽くす他ない。だからと言って、何もしていなかった訳ではない。


「キキさん……キキさん?」


 アイがインカム越しに声をかけるが、キキが返答する素振りは一切ない。モモを睨んだまま静止している。


「何というか……キキさん、すごく……その」

「殺気むき出しですわね」


 レイの的確回答に対しても、キキの返答はない。


「キキさん、いま途轍もなくイラついてるから、それ以上刺激しないことをお勧めするよ、お二人さん」


 ミカはできる限り小声で、二人の会話に介入してきた。


「ミカさん、それはどういう……?」

「自分に分からないことを『バカ』であるはずのモモが分かっているなんて、キキさんにとってはこれ以上なくむかつく事柄であり、無言にならざるを得ない事柄なのよ」

「それって、キキさん大分モモさんを見下しているような気がするのですが……」

「え? そんな訳ないじゃない」


「「?」」


 ミカの返答の意味が分からず、レイとアイは思わず二人とも口をつぐんで首をかしげてしまった。

 通信の中で聞こえるのは、今もなお泣き叫ぶ上司の声だけである。


「ああ、ごめんごめん。当然のように言っちゃって」


 二人の沈黙の意を介したミカは、謝罪の後に断言した理由を語りだした。


「キキさんは見下してるわけではなく、理解できるものを共有したい人だからムカつくのよ」

「ええっと、つまり?」

「仲間外れは嫌だってことね」

「「……なるほど」」

「なんとも単純明快で、乙女チックな理由でしょ?」

「そうですわね」

「……はい」


 キキは変わらずモモを睨んでいる。もう目と目が触れ合ってしまいそうなほど近づいている。モモはモモで竜から絶対に目を離さない。


「そういえば、あの竜。攻撃してきませんね」


 アイがふと、そんなことを言った。

 確かに水しぶきを上げて出てきたにしては、一向に何かをする気配が感じられない。


「出てきたはいいものの、何をしに来たのか忘れてしまったけれども派手な出方をしたがために引くに引けなくなってるのかな?」

「そんなただただプライドだけ持った年寄りみたいな存在でないと思いたいですわね。願望ではありますが」

「私も、そんな竜はあまり想像したくないですね」

「二人とも、現実ってのは大体いつも一番つまらない答えが真実なもんよ?」

「「……」」


 二人の声がやんだのと同時、青竜がその大きな体を大きくうねらせた。


「「「っ!」」」


 キキ、そして後ろ三人が戦闘態勢をとる中、モモだけは敵意なく手を前に掲げた。

 青竜は更に体を天へと伸ばし、回りまわってモモの方へと近づいてきた。巨大な口を開けて。

 口の中からは、冷気の雲のようなものがあふれ出てきている。一見してみると、それは無害には見えない。


「モモ、そこどきなさい! そいつは私が」

「キキ先輩、今回は下がっていてください」

「はあ? あんた、私に口出すっての?」


 キキの額に青筋が見えてくる。

 眉をしかめて向かってくるキキに対して、モモは一切動じない。


「そうです、……だから下がってくださいと」

「あんた、あいつに勝てるの? ねえ、あんt……」

「勝つ必要なんて、ありますか? 先輩」

「……?」


 キキは、言葉を失った。その場を立ち退かせようとしても、モモは今回に限って場所を譲らなかった。普通なら力押しで勝てるはずなのに、なぜか今回はそれができなかった。それはモモが何か確信を持って言っていると考えているからか、それとも自分の論理に妥当性がないことを無意識化でキキが理解しているからか。


 青竜は静かにモモに近寄って行った。体長はすでに二十メートルを優に超えているが、尻尾はまだまだ見えそうにない。そんな長大な存在が口を閉じ、大きな鼻先をモモの手に擦り付けた。

 モモの方も、優しく鼻先を撫でてやる。竜は気持ちよさそうに目を細めた。まるで、二人は昔から知り合っているようにさえ感じられる光景だった。


 しばらくモモと肌をすり合わせた青竜は目をしっかり開くと、ゆっくり身を引いていった。するすると音もなく水につかっていく竜の体。最後には顔を後ろにねじり、くんと下を向いて水中へと帰っていった。


「じゃあね~~」


 まるで友達の帰りを見送る少女のようなモモ。

 横では先ほど以上に殺気が立っていた。


「モ~~モ~~?」

「ひっ! キキ先輩、どうしたんすか!?」


 形容するのもはばかられるほどの形相をしたキキを前にして、モモは一瞬で飛び退いた。

 どうやら、いつものモモに戻ったようだ。


「どうしたんすかじゃないわよ。あんた私に口答えしたこと覚えてないの?」

「口答え? そんなことするわけないじゃないですかだだだだだだだだだだ! イタイイタイ! 痛いです先輩! 手足同時に関節技かけるのやめてください! このままじゃ四肢が千切れちゃいますよ!」

「いっそその方がいいかもねっ!」

「冗談じゃすみませんからね、それ!」


 いつもの雰囲気でじゃれあうモモとキキ。それを見て、ほか三人は一応の安心を覚えた。

 しかし、謎は深く残っている。


「ねえモモ、あなた、あの竜と何か話したの?」

「へ? ああ。ええ、まあ」

「平然と答えましたね!?」

「え? ええ。なんとなく、感覚的にやってたというか……あれ? 話? したっけ?」

「……文字通り、話にならないわね」

「あ痛っ!」


 キキはモモの後ろ頭を殴ると、関節技を解いて空へと上昇し始めた。


「一旦、山の支部まで帰還するわよ。もう来ないという確証はないけど、そのときはそこでまだ泣きわめいてる人が伝えてくれるでしょ」

「え? 置き去りにするんですか?」

「それが一番でしょう。私たちがいなくなって敵が出現しても、それなら即時対応ができるし」

「まあ、先輩方がそれでいいなら私はいいと思いますがね」

「私も、先輩方に従いますわ」

「それなら、私も……。あの、上司さん。あとはよろしく頼みますね? 竜は帰りましたから、もう安心ですからね?」

「アイ、行くわよ」

「あ、はい。キキさん」


 竜がいた方向にいまだお祈りをしている上司一人を置き去りにし、魔法少女五人は近くの山へと一時退避していった。


 後日、魚人の大量出現事件は話題となったが、会社の情報操作によって大規模なエンターテイメント行事ということで収束を見た。

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