第十一話
春の日。日差しを反射するビル群の隙間には、たくさんの逃げ惑う人たちがいた。
放射線状に散っていく人々の真ん中、スクランブル交差点の中心には、三メートルはあろうかという巨体に四本の手足、二本の首がついた青色の人型生物がいた。左の片腕には円形の盾を、右の片腕には巨大な剣を備えている。
「ほとんど裸で下半身を隠す布を巻いてるのみ。まぁ研修には持ってこいといっても過言じゃない相手……。そろそろ警戒解いてよ、いくら私でも二十分ぶっ続けでそれやられると凹むよ?」
雄叫びをあげる怪物から遠く離れた一つのビルの上。自慢の視力で敵と自衛隊の観察をしていたミカが後ろに顔を向ける。
「トラウマというのは、簡単にはなくならないものです」
屋上の柵ギリギリにいるミカから五メートルほどの距離を置いて、和装の少女が立っていた。
「あの日のことかい? もう一週間も前じゃないか」
「まだ一週間しかたってないんです!」
珍しく声をあげるアイ。すかさず「どうどう」とミカがなだめにかかるが、目付きが険しくなっていくばかりだ。
「……あのときは、少しでも早く馴染むようにと思って、ああやってしまったんだ。アイの気持ちも考えずに、ごめんね」
目線を落とし、いつもの明るさを微塵も感じない落ち着いた声を、アイは聞いた。
この人も、ちゃんと考えてやってくれていたんだ。そりゃそうだよね。考えなしにあんなことやってくるわけ、ない。
「いえ、こちらこそ。すいませんでした。これからは、よろしくお願いします」
「うん! よろしくぅ!」
「斬ります」
演技をやめたミカを見て、アイの何かが切れたのか。刀に手をかけて瞬く間にミカに近づいた。ミカの方はというと、まるでこの事態を予測していたかのように迷いなく空へと飛び上がった。
「逃がしません」
すでに本来の任務が頭からすっぽ抜けたアイは、真っ直ぐにミカの後を追う。本気の度合いの違いからか、アイはすぐにミカを攻撃範囲にとらえた。
刀の鍔を指で押し上げ、刹那のうちに……、
「お相手はあちらだよ」
「っ!?」
抜き去る前に突然、ミカの姿がアイの視界から消えた。同時に後ろから彼女の声が聞こえ、背中を強く弾かれた。風が痛いほどに顔をはたいてくる。
目を開けて、アイは前方を見ようと試みる。向かう先に見えるは、ただ一つ。
「ウ?」
自衛隊を薙いでいた巨人の片首が、こちらに気づいた。
「邪魔な」
目を細め、刀の柄に手を添えたアイと巨人が交差する。当たる寸前で巨人にかわされたアイは、か細い両の足で地を滑るように着地した。いつの間にか抜き身になっていた刀を、ゆっくりと鞘に戻す。
チンッ
「ウ、ウゥァァァァァアアアアアア!!!」
刀を納めた瞬間に、巨人の右腕が二本とも落下し、片首がずれた。ずれただけで神経は繋がっているのか、二本の首が目を飛び出さんほどに見開き、息を荒げて絶叫した。腕の切り口を左手で触り、手に付いた血と触れた痛みでまた叫ぶ。
「かしましい……」
冷たくいい放たれた少女の言葉に、怪物はおろか、その場に居合わせた自衛隊員たちも言葉を失う。
右足を前に出す。怪物が一歩後ずさる。
体重をゆっくり前に傾ける。怪物が一歩後ずさる。
「……」
一閃。視認できないほどの速さで近づき、巨人の体を真っ二つに斬り裂いた。それだけではない。肩から上についていたはずの首が、共に宙を舞っていた。
「せめて静かに眠りなさい」
目を閉じて、刀を左右に振り払い、すぅと鞘に納めた。
「いやー、見事見事、まさか一人でやっちゃうとはね」
拍手をしながら、ミカがゆっくり降下してくる。
「ミカさん、次はあなたです」
「そんなこと、言える身分じゃないでしょうよ」
耳元でささやくように言うミカの声。
そして、
もみゅっもみゅっ
「…………っっっっっっっっ」
先ほどまでの威勢もどこへやら、声にならない悲鳴をあげて、アイは通りの一つにダッシュで逃げていった。
「瞬間移動は反則かな? ははは」
独り軽く笑ったのち、ミカは自衛隊に後始末を任せ、アイの後を追った。
「私、絶対許しませんからねっ!」




