-76- たったひとつの悲しいやり方
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「グルゥゥゥゥゥ……」
龍ケ崎天葉──爛れ、破れた身体を持つドラゴンゾンビがシンリたちを見下ろしていた。
そこに理性はなく、彼女はただ本能として、命を奪うだけの魔物としてそこにいた。
「撤退だ! ユラ、アキヅキとそこの女を担いで離脱しろ!」
「おっけー!」
名前を呼ばれたユラは、指示通りに傍にいたノリトと、依然として意識を失っているアキヅキを抱えて近くの窓から飛び降りた。
最上階に近いため普通に死ねる高さだが、彼に躊躇いはない。
ノリトの叫び声が聞こえ、すぐに聞こえなくなった。
シンリは次に、となりにいたヒイラギの首襟を掴み、エンテを抱えようとして──しかしその手は空を切る。
エルゼがエンテを引き寄せたのだ。
「あ、大丈夫ですよシンリさん。この女と後輩はわたしが持っていきます」
「こ、のぉ……本っ当に余計なことしかしない……っ」
エルゼは言葉通りにエンテとシセルを風魔法で浮かし、ユラの後を追う。
ミルネアシーニもそれに追随した。
シンリはそれに苦笑して、最後に残ったよく分からない猫を見る。
「にゃーは猫だから、高いとこから降りても平気にゃ。気にせず先に行って欲しいにゃ」
「そのレベルの高さじゃ……いや、そう言うんなら大丈夫なんだろう。先に行くぞ」
「後で行くにゃ」
シンリは振り向くことなく窓から飛び降りる。
ヒイラギがシビトに何か言いた気ではあったが、シンリは意図的に無視をした。
「にゃあ……シビト、おみゃあ」
「早く行けよにゃんこ博士。アマハがそろそろ火を吐くぜ?」
シビト自身は追う気もないのか、生首のまま再生しようともせず、へらへらと笑みを浮かべてにゃんこ博士に言った。
「それを止めてるのもおみゃあのはずにゃ。ゾンビなら、真っ先にあいつらを追いかけてないとおかしいにゃ」
「アマハは腐ってもドラゴンだからな。文字通り」
「……にゃーがこの期間、どれだけゾンビの研究をしたと思ってるにゃ」
「はっ」
シビトは話を打ち切るように、鼻で笑った。
「いいんだにゃ?」
「なんの事か分かんねェな。アマハ、やれ」
ドラゴンゾンビがブレスをにゃんこ博士に向かって放つ。
壁が崩れ、砂煙が立ち込める。
それが晴れた時にはにゃんこ博士の姿はそこにはもうなかった。
〇
「し、死んだかと思った」
にゃんこ博士がシンリたちの元にやってきた時、お姫様であるノリトがぐったりと横になってそう呟いた。
シンリとエルゼは迫り来るゾンビを風魔法で吹き飛ばし、ミルネアシーニも同じようにゾンビを迎撃している。
ユラやシセルもゾンビの迎撃に参加してはいるが、槍ではどうしても各個撃破になってしまうため、効率は良くなさそうだ。
魔力の尽きたヒイラギは黙って座り込んでいたが、にゃんこ博士に気が付くと、彼に声を掛けた。
「シビトは、何か言ってましたか?」
「にゃにも」
「そう、ですか……」
それから無言で、シンリたちが戦っているのを眺めていた。
何も言えない。言うことが出来ない。
シビトがクラスメイトを殺したと知ったあの瞬間から、ヒイラギたちにとって彼は敵となった。
それは今となっても何も変わっていないはずだ。
むしろ、ヒイラギ自身やアキヅキは殺されかけ、実際に子供たちを殺されてしまった今では、倒すべき敵であるという感覚が強まった。
「……」
なのに、なぜか割り切れない。
つっかえたような違和感が残っているのは、シビトが最後に見せた、あの達観したような表情があったからだろうか。
「……キリがないな」
思考に耽っていて気が付かなかったが、いつの間にか近くに来ていたシンリがそう呟いた。
キリがない、というシンリの感想はもっともだ。
わらわらと迫るゾンビたちは、倒せど倒せどいくらでも沸いてくる。
無限に現れるのではないか、と思ってしまうほどだ。
「ちょっと深里!? 君に抜けられると無理なんだけど!?」
撃墜数の多いシンリが戦線を離脱したことで、手が回らなくなったユラが慌てるように叫んだ。
「お前なら剣圧みたいなの飛ばせるんじゃね?」
「できるわけないじゃん!? ……できたわ。僕TUEEEE!!」
シンリの適当な一言で広範囲攻撃を覚えたユラは、バッサバッサとゾンビを倒すようになった。
それを見たにゃんこ博士が呆れたように呟く。
「愉快な仲間だにゃあ」
「いやお前ほどじゃないだろ」
密かに触れまいと思っていたにゃんこ博士の容姿につっこんだ。
「……」
シンリは咳払いをして、にゃんこ博士に尋ねる。
「キリがない。これを止める方法はないのか?」
「あるにゃよ」
彼は即答する。
「ゾンビを全部やっつければいいにゃ。数が膨大と言っても、有限にゃ。いつかは──」
「ないのか?」
「……」
にゃんこ博士は、無言で上を見た。
先程落ちてきた部屋を、シビトのいる場所を見た。
「ゾンビはシビトの能力で動いているのにゃ。つまり……」
一旦言葉を区切って、言った。
「シビトを殺せば、終わりだにゃ」
〇
「……意外だなァ。てめェが来るのは予想外だ」
目の前に現れた人物を見て、シビトは静かにそう言った。
「あるいは、誰も来ねェ可能性も考えてたんだがな。どうでもよかった。帝国から出ていくなり、殺されてゾンビになるなり──俺を、殺すなり、な」
「そうか」
そう、シンリは眉一つ動かさずに答えた。
「お前が俺を殺すのか」
「ああ」
「殺せるのか?」
「ああ」
シビトを殺す結論に至った時に候補に挙がったのは、シンリと光魔法を使えるヒイラギだった。
その結論に、酷く悲しそうな顔をしたヒイラギと違い、表情を動かさなかったシンリを見て、ヒイラギは迷った末に自分がシビトを殺すと言った。
彼は罪を背負おうとしたのだ。
自分が手を汚すことで、その罪を忘れないことで、死にゆくシビトの痕跡を残そうとした。
たとえそれが偽善でも、自己満足でも、人間らしい結論を彼は出した。
だから、シンリはヒイラギではなく自分がシビトを殺すことに決めた。
ヒイラギは分かっていなかったからだ。
「お前、分かってンだよなァ?」
人を、友人を殺すということに重点を置きすぎていて、思考が狭くなっていたのだろう。
シビトを殺すということ。
それはつまり。
「俺を殺せば、俺が殺した奴らも死ぬ。ただの死体に成り果てる」
「だから、ヒイラギはここにいない」
「ならいい」
シビトの命の重さは、人間ひとりのものでは無いのだ。
帝国臣民全て、100万に近い数の命を奪うことになる。
それは常人に耐えきれる重さでは無い。
ならばそれは、人の心を失った、化物がやるべきことだろう。
シビトは一歩ずつシビトに近付く。
一歩、また一歩。
特別遅く歩いている訳では無いのに、やけにゆっくりに感じられた。
それでも数秒後には、当たり前にシビトの目の前にやってくる。
手を伸ばせば届く距離。
シンリはシビトの胸の中心に手を当てた。
鼓動はない。それは彼が死者であることを示している。
「言い残すことはあるか」
「ない……いや、そうだな。ノリトに謝っておいてくれよ。何を、という訳じゃあねェが、なんとなく」
「分かった」
シンリの手に黒い靄が集まった。
それは死の毒。
生命に限らず全て、おそらく神すらも殺す、災悪の毒。
それを見て、シビトは自分が死ぬことを悟った。
この世界で唯一、死を経験していない死者。
死とはどのようなものなのか、そんな哲学が頭に浮かんで、自分らしくないと苦笑する。
怖くはない。
自分が選んだことだから。
「じゃあな」
「ああ、じゃあな」
シビトはゆっくりと目を閉じた。
3章ももう終わるにゃ。




