-77- 無題
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ゾンビたちが動きを止めた。
静寂が辺り一面を支配し、生者たちの鼓動がそれぞれによく聞こえた。
助かったことを喜ぶものは、そこに誰一人としていない。
浮かない顔をしたヒイラギが、ぽそりと呟く。
「シビトは、死んだのか」
複雑な思いが、ヒイラギの胸中に満たされる。
これが一番いい方法で、この方法が唯一のものであると分かっているのに、他にやり方はなかったのかと、何かできることはなかったのかと、どうしても考えてしまう。
異世界に来て、ただの高校生ではなく、力のある今だからこそ、傲慢にもそう思ってしまうのだ。
ただ、そんなの時。
「妙じゃな」
「妙にゃね」
ミルネアシーニとにゃんこ博士がほぼ同時に呟いた。
2人は顔を見合わせ、その疑問が双方に発生したという理由から、己らの疑問を確信に変える。
「ゾンビ共が死んでおらぬ」
「にゃあ。これはただの停止にゃ。シビトの力の残滓があるのだとしてもおかしいにゃ。こんにゃ、止まるだけだにゃんて……」
「で、結局どういうこと?」
2人の言葉を横で聞いていたユラが、結論を求める。
「シビトは生きてるのにゃ。ゾンビは命令で止まってるだけ。どうやったのかは知らにゃいが、説得に成功したのかにゃ?」
〇
死。
目を閉じたシビトには、自分が生きているのか、既に死んでいるのかの区別がつかなかった。
いや、生物的にはもうずっと死んでいるのだが。
ここで言う『死』は、存在的な意味でのものである。
「……?」
胸に当てられていたシンリの手のひらの感覚は消えていた。
ならば終わったのかと目を開ける。
その動作は、まだ自分が死んでいないということを教えてくれた。
「……どういう事だ?」
シビトの言葉に答えるものはいない。
彼の目の前では、片腕を切り落とされたシンリが、白銀の血溜まりを足元に作っていた。
シンリは視線を、シビトの後ろに睨むように向けていた。
「困るね……うん、とても困るよ」
幼さを感じる、そんな少女の声が背後から聞こえ、シビトは振り向く。
気が付かなかった。気が付けなかった。
生者の存在には誰よりも敏感なはずのシビトが、その存在をその目で見るまでそこにいると分からなかった。
そこに居たのは、ローブで身体をすっぽりと隠した、小さく幼いとも言える少女だった。
そして彼女に付き従うように3人、顔は見えないが、確かにそこにいる。
「……」
少女に目が引き寄せられる。
その存在感とも言える雰囲気からは目を離すことができず、そしてその感覚にどこか懐かしさを感じた。
見覚えは、無いはずだが。
彼女はゆっくりとシビトに近づいてくる。
あまりにも自然に。
こちらが警戒しているのが馬鹿らしく思えるくらいに無防備に。
気が付けば、少女はシビトの前に立っていた。
少女はシビトを見上げるように立っていた。
ローブの隙間から覗くその顔に、やはり見覚えは無い。
「……っ」
言い知れぬ恐怖を感じ、後ずさりしようとしたが、身体が動かない。声も出ない。
何かしらの能力が使われているのか、と思った。
だが違う。分かる。
ノリトに使われた金縛りのようなスキルではない。
これは、本能だ。
捕食者を目の当たりにした被食者のように、動くことを身体が拒否している。
シンリもおそらく同じ状況なのだろう。
これは、この感覚は。
長年身体に刻み込まれた、ある種の反射のようなものだ。
まさか、目の前にいるこの少女は。
シンリも同じ人物を思い浮かべたのか、目を見開いて少女を見ていた。
「白樺、司人くん」
彼女は口の中で転がすように呟いた。
そして、くすくすと軽やかに笑う。
笑いながら、その安らぎを感じさせるような声色で、少女は言った。
「きみゃ」
「……」
「……」
噛んだ。
もしこの少女が、思い浮かべた『彼女』であるならば、この状況で噛んだりしないと断言できる。
それ故に。
その『彼女』を連想して動かなかった、洗脳に近い金縛りが解ける。
「……噛んじゃったぜ」
「ざっけんな! 誰だテメェ!?」
かわいく舌を出して、てへぺろとした少女にシビトは掴みかかろうとした。
が、少女は笑いながら、1歩下がるだけでそれをかわす。
そして懐から『あるもの』を取り出した。
「お、ま、それは──」
「おいおい、たった1回のミスでわたしを疑うなんて、薄情が過ぎるってもんじゃないかい? 君と違って、しぃ君はちゃんと止まってくれているよ?」
──黒い板状の機械……スマートフォン。いや、ここではステータスフォンと言うべきか。
それは、この世界に来る前に、教室に似た空間で、神の使いを名乗る者から贈られた、転生者である証明とすら言える確かな物証。
ステフォを素早く操作し、少女が取り出したのは、1本の剣……と言うよりは、刀。
それを、シビトの脇腹に深々と突き刺した。
死人であるシビトに、痛みはない。
いや、そのはずだった。
「ァがっ……アアアアア!!? 痛ッッッてェ!!?」
首を撥ねられようが、心臓を穿たれようが、この世界に来てからは痛みとは無縁だったシビトにとって、久方ぶりの痛み。
少女は笑みを浮かべたまま、傷口を抉るように剣を動かした。
「同僚の、不死殺しの研究の成果を掠めとって開発した武器だよ。失敗作だから銘はないけど、名付けるなら……そうだね。『人具・命不知』」
「やめろ……やめろッ! ミトリ!」
シビトの悲鳴を聞いて、ようやく身体が動くようになったシンリが、『その少女』の名前を叫ぶ。
香取 看取。
シンリの従妹であり、天才であり化物であった無敵の少女。
完璧だった彼女が噛むはずがないが、そして既に死んでいると思っていたが、しかし、これだけの証拠があって、それを疑うことなんてできる訳が無い。
その名を聞いて、少女はシビトを痛ぶる手を止め、シンリに顔を向けてにこりと笑った。
「うん……うん。そうそう。わたしも別にいじめたくてこんなことをしてるわけじゃないんだよ? ただ、君たちに『お願い』をしに来たんだ」
「おね、がい……だと?」
苦痛に顔を歪めるシビトが、オウム返しのようにそう尋ねる。
「そう、お願い。このわたしからの頼み事だ。まずは、外のゾンビたちを止めてくれるかな? 別に脅迫でもなんでもないけど、生きたまま死ぬこともできず、脳が破壊される痛みを味わいたくはないだろう?」
〇
「……止めた」
「うん」
シビトは言われるがままにゾンビたちに『停止』の命令を下した。
死ぬ覚悟は出来ていても、痛みを与える武器をちらつかされたらそうするしかなかった。
人を人とも思わず傷付ける、シビトたちの知る香取看取という少女ならば、必要なことなら躊躇などなく実行するだろうから。
「そんな浮かない顔はしないでいいよ。君は死にたかったかもしれない。クラスメイトを殺した罪が重すぎて、死んで全部無かったことにして、楽になりたかったのかもしれない。でも、それはずるいと思わない? 責任を放り投げ過ぎだと思わない?」
「……」
正論だった。その通りだった。
まるで見てきたように、少女はシビトの本心を抉ってくる。
でも、と。
彼女は彼女らしく、記憶にある彼女らしく、魅力的な言葉を、悪魔との取り引きのように囁きかける。
「安心していいよ。君のしたことに意味を持たせよう。君がしたことが正義となるように、筋書を描いてあげよう。誰もが幸せになれる結末を、このわたしが用意してあげよう。大丈夫、全部まるっと任せてくれたらいい。君はわたしの言う通りに動けばいい。あとは勝手に終わってるさ」
思わず縋りたくなる言葉だった。
全てを投げ出そうとしていたシビトにとって、一番欲していた提案だった。
なら、シビトはただ頷けばいい。
なぜならば、その責任の放り投げた先にいるのは、香取看取なのだから。
「……」
「なんだい、しぃ君。何か言いたそうな顔をしているね」
「本当に……ミトリ、なのか?」
疑う余地はない。
答えは既に出ている。
だが尋ねてしまう。
彼女の口からその答えを聞きたかった。
けれど、その期待とは裏腹に。
「違うよ」
彼女は即座に否定した。
「香取看取という女は既に死んだ。ここにいるわたしは、わたしの名はシエラル・ルディーネ」
少女は1度口を閉じ、息を吸ってゆっくりと言う。
「王宮騎士第三位、今は亡き小国のお姫様さ」




