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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
3章 魔人帝国シラカバ
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-75- 喰人礼餐

お読みいただきありがとうございます。

「通りすがりの、日本人だよ」


 そう言葉を発した少年の身体がぶれる。

 シビトに見えたのはそれだけだ。


「……ッ!!」


 あとは何も見えなかった。

 気が付けば、シビトは床に倒れ、天井を仰いでいた。


「やりやすいね。死なないってわかってるから、なんだってできる」

「て、めぇ……っ」


 すぐに立ち上がろうとする。が、できない。


 そこでようやく、シビトは今の自分の状況を理解した。


 肩から先に腕がなかった。腿から先に足がなかった。

 両手両足に4発、あの少年の持つ槍に穿たれたのだろう。

 だが、問題は無い。

 死人であるシビトに痛みはなく、新しく腕も足も生えてくるのだから。


「ふっ、トカゲかな?」

「言ってろッ!」


 ふざけた物言いをする少年にシビトは怒鳴る。

 だが彼は冷静だ。頭に血は昇っていない。昇る血がない。


 先程、四肢を飛ばされた理由は、肉体が人間同様に柔らかかったからだ。

 であれば。


「どうだァ! これなら槍も効かねぇ!」


 肉体を骨の鎧で覆った。

 右腕の先に伸びているのは、鋭さよりも頑丈さを優先した無骨な骨の大剣だ。


「うわカッコイイ。わかるよ。変身は男のロマンだもんね。でもさ……」


 パンッ、と。


「は?」


 弾けるような音と共に、骨の鎧が砕かれた。

 ただの人間の骨とは訳が違う。絶対に壊れないように、シビトが強固に頑丈に造リ出した、ある種、新種の金属のような物質だったのに。


 それがなぜ、こんな吹けば散るようなひょろい少年に壊されるのか。


「でもさ、無意味じゃない? それ」

「なんなんだッ! てm」


 頭が弾けた。

 とは言っても、それを認識出来たのは、頭が再生してからだが。

 周囲に飛び散った脳漿が、その事実を伝えてきた。


 少年は槍を振るう。


「死なないなら、守りを固めることに意味は無いよ」


 シビトは反応出来ない。

 抵抗できない。


 なすすべもなく、刺され、穿たれ、砕かれる。


「ほら、また目を瞑った。反射なんて邪魔になるだけだ」


 まるで子供の相手をする大人のように、弄ばれているのがわかった。


「その様子じゃ痛みも無さそうだね。いいな。僕はあるんだ。慣れたけど」

「……はぁ……ァ……」


 異様な光景だった。お互いが無傷で向かい合っている。

 だが、シビトは荒い呼吸を繰り返しており、対する少年は平然としていた。


「……ッ」


 シビトが奥歯を強く噛み締める。


 なんだこれは。

 なんなんだ、これは!


「ふっ、ふざけるなァ! なんだてめぇは! いきなり出てきやがって! 邪魔するんじゃねえッ!」

「まだ続けるの? 君が諦めないと、終わらないんだけど」


 少年がため息をついて、作業のようにシビトへ槍を振るった。


 何度でも繰り返される。

 シビトが少年に壊されるだけの蹂躙が。


「もう、やめて」


 その声は小さすぎて誰にも届かない。


 ノリトは、少年をこの場に連れてきたことを後悔し始めていた。

 初めて見た時は、彼が希望に見えていたのに、今ではクラスメイトを躊躇なく蹂躙する化け物にしか見えない。

 顔が日本人であるだけに、余計に狂気を感じる。


 先程まで恐怖していたシビトに憐憫の情を抱いてしまうほどに。


 もうやめて欲しい。見ていられない。

 自分で助けを求めておいて、勝手な言い分であると理解しているが、これ以上シビトを痛めつけないで欲しい。


「もうやめて……やめてよぉ!!」


「!?」

「……!」


 シビトと少年、両者の身体が一瞬にして硬直した。

 他人の身体を操る、ノリトの能力である。


 だが、その能力の持続時間は極めて低い。

 それは単にノリトの練度不足だが、それ故に今この場ではどうしようもない事だった。


 拘束の解かれたシビトは、お姫様ノリトをじろりと睨む。


「クソうぜぇ。邪魔すんなって言ったはずだが? 関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」

「関係……なくなんか、ない!」

「あァ?」


 ノリトは声を震わせて瞳に涙を溜めていた。

 恐怖でどうにかなってしまいそうで、今にも気絶してしまいそうなのをぐっと堪えて、自らの正体を明かす。


「か、関係なら、あるわ。あたしは……ノリトよ。ノリト、ミサオ。あんたのクラスメイト」

「────」


 シビトはその言葉に目を見開いた。少年も同じように驚いている。


 シビトはすぐに否定しようとした。

 そんなはずが無い。あいつは死んだのだと。


 そう口にすることは容易であるはずだった。


 ああ、だがしかし。

 分かる。分かってしまう。


 先ほどは気にも留めなかったが、他人を操る能力……いや違う。あれは、侵食だ。あの時、そしてつい今しがた、シビトはその存在を、確かに蝕まれていた。


 それは、人間が使うようなものでは無い。


 外見がお姫様だということも、その存在を侵食し、自分ノリトで上書きしたというなら説明はつく。


 嘘をつくメリットはない。

 ならきっと、それは本当なのだろう。


 ……………………。


「は」


「はは」


 顔を押さえながら、シビトは掠れた笑いを漏らした。


「俺は何をしていたんだ」


 ボソリと呟いた。


 一瞬だった。

 シビトの身体を電撃のように駆け巡ったいくつもの感情。


 嬉しさ、怒り、悲しみ、後悔、焦り。

 そして最後に──


「シビト!!」


 突如、彼の名を呼ぶ声があり、シビトは気だるそうに目線だけそちらへ向ける。


「あぁ……ラギ、死んでなかったのか」


 シビトは独り言のように小さな声で呟いた。


 そこに居たのはヒイラギだけではない。


「深里に、にゃんこ博士……それからエトセトラエトセトラ……はっ、笑けてくるぜ」


 見知ったクラスメイトに、見知らぬ少女たち。

 元から居た少年やお姫様……いや、祝詞 操も。


 その誰もがシビトを見ていた。

 あるいは警戒して、あるいは興味なさげに、あるいは憐れむように。


「………………」


 終わりだ。どうしようもない。

 今までしたことが許されることだとは思っていない。


 シビトがこれまで『許され(自由にし)』てきたのは、シビトに力があったからだ。他の誰よりも強かったからだ。


 だがそれも終わった。


 目の前の少年1人にやられたシビトが、さらに増えた彼らを相手にして勝てるはずもない。


「あぁ、もう、どうしようもねぇなァ」


 諦念。


 ノリトが生きていると知ってから、全てがどうでも良くなっていた。


 ノリトの死は大義名分だった。

 帝国を滅ぼしたことや、クラスメイトを殺したことに対する言い訳だった。


 誰も失いたくないから。

 誰にも死んで欲しくないから、殺した。


 その前提が覆され、今までしてきた事への虚無感が募ったシビトの胸中は誰にも理解できない。


 失ってなどいなかった。

 シビトはただ奪っていただけだ。クラスメイトの命を。


 気付いてしまったら、もう、無理だ。


「全部、無かったことにするか」



 その違和感を1番早く察知したのは、それを知っていたにゃんこ博士だった。


「にゃ……ッ。シビトの奴を止めるにゃ!」


 そのにゃんこ博士の声にノータイムで反応したのは、シビトの傍にいた少年だ。

 手に持った槍を少しだけ動かして、シビトの首を跳ね飛ばす。


 だが。


「もう、手遅れだ」


 空中でシビトの生首がそう言った。


「『喰人礼餐カニバル・カーニバル』」


 それは、解放だ。


 シビトによって持たされていた理性が、剥奪される。


 視界の端に倒れていた龍ケ崎天葉の死体が。

 シビトに殺されて、死者になった子供たちが。

 帝国中の命無き亡者たちが。


 それら全てのゾンビたちの理性は、シビトによって奪われた。

 死してなお生前と同じように過ごしていた彼らは、知能のないゾンビへと成り果てた。


「殺して、殺されて、おしまいだ」


 もう誰にも止められない。


 唯一、この事態を解決できるシビトに、止める気は無いのだから。


 ゾンビを一匹残らず駆逐するか、生者が全員殺されるまで、この悪夢は終わらない。


 シビトの浮かべた自嘲するような笑みが、やたらと印象に残った。

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