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紫霧を纏う毒使い  作者: 雨請 晴雨
3章 魔人帝国シラカバ
103/124

-74- 合流

お読みいただきありがとうございます。

 走る。走る。

 振り返ることなく、足を止めることなく。

 あてもなく、ただがむしゃらに、逃げるためだけに走る。


「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」


 お姫様……祝詞ノリト ミサオは、謝罪の言葉を口にしながら、城内を駆けていた。

 この帝国で逃げ場などどこにもない。味方はいない。

 先程まで味方と言えたアキヅキも、次見えた時には敵となっているだろう。


 逃げ場などない。

 それなのにノリトが逃げているのは、シビトから少しでも離れたいから。見殺しにしたアキヅキから少しでも離れたいから。

 恐怖と罪悪感から逃げているのである。


「きゃ、あっ!」


 つまずいた。痛い。痛いのは生きている証拠だ。

 死にたくない。死にたくない。生きてるのに、死にたくない。


「うううぅぅぅぅぅっ」


 涙が出てくる。

 痛みからではない。悔しさだ。

 なぜ自分はこんなにも弱いのだろう。

 自分には何もできない。何も変わっていないではないか。


 あの場で逃げずにシビトの身体を止めていれば、アキヅキと一緒に逃げることが出来ていたかもしれない。

 今すぐに戻れば、アキヅキはまだ殺されておらず、助けられるかもしれない。


 だけど、身体は動かなくて。


 自信が無い。勇気が無い。度胸も無い。

 何も無い。最後の最後まで、我が身が可愛くて。


「っ……」


 足音がした。ゆっくりと歩いてくる足音が。


 先程も言ったが、この帝国に存在する人間は全てが敵だ。

 味方はいない。

 アキヅキが来たかもしれないと思ってしまうのは、楽観を通り越して妄想だ。


 不死者シビトに勝てるはずがない。

 彼らに(負け)はないのだから。


 アキヅキが逃げてきた可能性はあるが……それなら、足音はもっと急いでいるはずだ。


 倒れているノリトを見つけたからか、足音は小走りで彼女に近付いてきた。


「いやぁ! 死にたくない……殺さないで!」


 頭を抱えて蹲る。

 こんなことになるなら、あの部屋から出なければよかった。

 助けようだなんて、身の丈に合わないことを思わなければよかった。


 思い違いも甚だしい。姿かたちが変わろうと、ノリトミサオはノリトミサオのままなのだ。

 ドジでノロマで、長所などひとつもなく短所だらけの救えない存在。


 そんなノリトの心中とは裏腹に、足音の主は少し困ったような声で言った。


「いやぁ……別に、殺さないよ? でも、ちょっと案内して欲しいかな。この城、広すぎるよ」



 シビトは目の前に横たわるアキヅキを見下ろしていた。


 シビトの手駒となった子供に腹部を刺され、失血により意識を失っているが、どういう訳か傷は既に塞がっていた。


「ちっ、このままじゃあ、死なねェな」


 慣れた手つきで自分の腕を破壊し、骨剣を構築する。


「……」


 簡単な作業だ。

 腕を上げ、振り下ろすだけで、目の前の少女は絶命する。

 これまでに何度もしてきた事で、これから何度もしてゆく事だ。


「……ふぅ」


 小さく息を吐いた。

 今さら躊躇う権利などありはしない。

 この道を選んだのはシビト自身であり、途中でやめられるほど、生半可な覚悟ではないのだから。


 シビトはアキヅキに骨剣を振り下ろす。

 簡単な作業だ。


 しかし。


「あ? 誰だァ、てめぇ」


 シビトの攻撃を受け止める者がいた。


「……まあ、わかってたけどね」


 細い腕で、細い槍で。

 脳のリミッターが外れ、埒外の腕力を振るうシビトの一撃を受け止めてピクリとも動かない少年。


「通りすがりの日本人だよ」



 発砲音。


 弾丸はシセルのこめかみ目掛けて放たれて……そのまま空中に停止した。


「……にゃ?」


 2発、3発、4発。

 にゃんこ博士は弾が尽きるまで発砲するが、そのいずれもが空中にて停止し、やがてカランと音を立てて床に落ちた。


 突如、にゃんこ博士とシセルの間に突風が吹き荒れる。


「最悪? いったい、なにが最悪なんですか?」


 およそこの場所に似つかわしくない幼い少女の声が、妙に部屋全体に響き渡った。


 そこにいたのは、宙に浮いた10代前半の少女。

 シセルを背に立ち、にゃんこ博士に向かって手のひらを突き出した。


「にゃにゃっ! 魔法……ッ」


 少女より放たれた暴風に耐えきれず、にゃんこ博士は吹き飛ばされた。


 シセルは、突然現れた少女……エルゼを知りはしない。

 だが、解る。感覚として理解出来る。


 彼女が、自分と同質の存在であるということ。

 すなわち、聖霊シンリの眷族であるということが。


 ふわりと、浮いていたエルゼが軽やかに着地する。


「で、何が最悪と?」

「……わかる、だろ? 君に、助けられた、ことをだよ。自分の力だけで……何とか、したかった」

「ふふ、後輩は後輩らしく助けられておけばいいんですよ」

「後輩、か。助けられた、ことは……感謝してるよ、先輩」


 シセルは薄く微笑んで、そのまま意識を失った。

 エルゼはシセルから視線を外して、にゃんこ博士と向き合う。


「誰にゃ、いや……おみゃあ、見たことあるにゃね」

「そうですか? わたしはありませんけど……」


 首を傾げるエルゼを前に、にゃんこ博士は続けた。


「確か……そう。王国の、西の賢者の孫娘だにゃ。にゃけど……記憶違いじゃにゃいなら、死にかけていたはずにゃが?」

「ああ、おじいちゃんの知り合いですか。……さすがに、1度見たらわすれないような顔ですけど……思い出せませんね」

「あれからちょっと、イメチェンしたからにゃあ」


 にゃんこ博士は「まあどうでもいいにゃ」と言って武器を投げ捨てて両手をあげた。


「???」

「降参にゃ、降参。魔法使い相手に接近戦なんて、やってらんにゃいにゃー」

「ぇぇぇぇ!? いいんですか、それで!」

「そもそもそこの小僧も生かす理由がなかったから殺そうとしただけにゃ。何がなんでも殺す必要なんてないのにゃ。それに……」


 にゃんこ博士は部屋の出入口に目をやった。


「そこにもまだ、いるようにゃしね」

「あ、バレてました?」

「まあ、気配も何も消してないからの」


 ひょっこりと姿を見せたのは、ケモ耳を生やしたエンテとエンテに抱かれたシロ。そして彼女らを守るためにつけられたミルネアシーニだ。

 彼女たちはシセルに近付いて、治療を開始する。


「むぅ……。せっかく、シンリさんに新しい力をもらったのにぃ……」

「泥団子でも作っていればよろしいのでは?」

「ん? おまえにぶつければいいの?」


 エルゼとエンテが睨み合っている横で、にゃんこ博士はため息をついた。


「シビトのやつは、どうするのかにゃあ……」



 目の前が、真っ黒に染まった。


「は」


 ヒイラギの口から出たのは、疑問とも笑いとも取れる、中途半端な声。


 それもそうだろう。


 彼を殺そうとしていた『幽合体』が一瞬にして黒く染まり、次の瞬間には灰のように崩れて空の彼方へと飛び去っていったのだから。


「……なん……で、」


 いなくなった『幽合体』の代わりにヒイラギの前に立つのは、見知った黒髪の少年。


「……ああ、なんて言えばいいんだろうな」


 少年……シンリは困ったように眉を寄せて、言った。


「久しぶりだな、ヒイラギ」

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