第89話 金沢旅行⑧
二日目の夕食は、朝食と同じくレストランでのビュッフェ形式だった。照明に照らされた色とりどりの料理が並ぶ様は、見ているだけでも気分が高揚する。
朝とは違い、ローストビーフなどの腹に溜まるメニューも豊富だ。中でも新鮮な海の幸が並んでいるのは俺としても非常に嬉しい。特に旬の鰺が絶品で、サクサクに揚がったアジフライは思わずおかわりしたくなる出来だった。
「夕食も本当に美味しいですね! ビュッフェって今朝が初めてでしたけど、なんというか……もっと、某チェーン店の焼肉屋さんのようなイメージでした」
「あそこは焼肉屋と言うか……学生向けの特殊なところだからな。手軽に行きやすいのは確かだけど」
口元を綻ばせ、幸せそうに料理を頬張る瀬那を見ながら、俺も苦笑交じりに返す。
「ここのホテルのレベルが高いんだと思う。俺もホテルのビュッフェは初めてだけど、前に行ったレストランのは、正直あんまりだったからな。……でも、これくらい美味しいなら、家の近くのホテルでもランチなら宿泊なしで入れたはずだから、今度二人でチャレンジしてみるか」
「わぁ、良いですね!……ただ、お値段のことは少し気にしないと、ですけど」
瀬那が小さく肩をすくめる。確かに、ホテルのビュッフェなんて普通は高校生が日常的に行くような場所ではない。大人でも、何かしらの記念日やイベントにかこつけて足を運ぶような場所だろう。……知らんけど。
「確かにな。あー……少し電車に乗るだろうけど、株主優待があったかもしれない」
「……なんでも持ってますね。凄いというか、やっぱり高校生らしくないと言うか……」
呆れたような、感心したような顔を向けられた。……正直、最近あちこちで言われるので、自分でも少し自覚はしてきている。
「まあ、安く済むならそれに越したことはないだろ。……それとも瀬那は、クーポンや割引券を使う男は嫌なタイプか?」
冗談めかして少し意地悪く尋ねてみると、瀬那はきょとんと目を丸くした。
「えっ、安くなるならそれはそれで良いことだと思いますけど、そういうのを嫌がる女性っているのですか?」
「どうやら男女関係なく、一定数いるらしいぞ。以前、 SNS でも話題に挙がってたな」
「そういう考えの方もいるのですね……。あ、でも……」
そこで瀬那はふと言葉を切ると、ハッとしたように表情を曇らせた。膝の上でギュッと手を握り、ひどく迷うように口を開く。
「あの……朔也くん。もしかして今回の旅行、私、朔也くんにすごく無理をさせてしまっていませんか……?」
「ん? 無理って?」
「お部屋の件はホテルの不手際でしたけど、昨日のコース料理とか……。やっぱり朔也くんにここまでお金を出していただくのは……。なんだか私ばかり朔也くんに甘えて、頼りきりで……すごく申し訳ない気持ちになってしまいます」
シュンと肩を落とす彼女の心細そうな様子に、俺はカチャリと音を立てて手元のフォークを皿の上に置いた。
どうやら、変なからかい方をしてしまったらしい。彼女の真面目さと優しさを甘く見ていた。
「気にするなって言っても難しいかもしれないが……うーん」
どう伝えれば彼女の負担にならずに済むか、思考を巡らせる。本音を言うなら「気にするようなことではない」と言うだけなのだが、そのまま伝えても彼女の性格上、素直に受け取れないだろう。
「俺の個人的な考えだから無理強いはできないけどさ……今しかできない経験なら、お金をどれだけ使っても良いと思っているんだ。お金は後からでもどうにかなるけど、時間はそうもいかない。自由に時間の余裕があるのは大学までだって、よく聞くからな」
「時間……ですか」
「ああ。社会に出て時間が取れなくなるんだったら、今のうちにお金を気にせず色んな経験をしたらいい。その経験自体が、俺たちの人生において無駄になるとは思えないからな」
そこまで真っ直ぐに語ってから、少しだけ気恥ずかしくなって照れ隠しに付け加えた。
「……それに、どうしても気になるって言うなら。あとで家に帰ってから、美味しい手料理でも作ってくれれば俺はそれで満足だから」
俺の言葉を聞いた瀬那は、パチパチと瞬きをした後、どこかホッとしたように柔らかく微笑んだ。
「……朔也くんのそういうお考え、独特ですよね」
「そうかな。俺は優先度を考えてるだけだと思ってる。自分に必要なものとそうでないもので割り切らないと、底なし沼にはまるって言うか……何もできないまま終わりそうで怖いんだよ」
瀬那は頬に手を当てて、不思議そうに小首をかしげた。
「わかるような、わからないような……。でも、朔也くんのその考えに当てはめると、私の手料理の『優先度』がすごく高いことになりますよ? 私のご飯なんて、そんな大層なものではないでしょうに」
「そんなことはないだろっ。 瀬那の料理はそれだけの価値があると思う。それに……一緒に食事をすること自体に、意味があるって思ってるから」
「……えっ」
静寂。やってしまった、と思った時には手遅れだった。
俺の失言に目を丸くして固まっていた瀬那は、数秒の処理時間を経てその意味を完全に理解したらしい。頬を桜色に染め、パァッと花が咲くような……いや、少し小悪魔じみた満面の笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
「ごめん、今の忘れてくれ」
「ふふっ、照れなくても良いですよ? 私はすごく、すっごく嬉しいですから!」
「……忘れてくれ」
すぐに訂正するが、意味がなかった。
昼間の『俺の』発言の件も相まって、この後しばらくの間、彼女がニヤニヤとこの甘い失言をこすり続けてきたのは言うまでもない。




