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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第二章

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第86話 金沢旅行⑤

 注意されてしまったが、そのあとは気を取り直して、俺たちはプールをひとしきり遊び尽くした。

 冷たかった水もすっかり心地よくなり、気づけばかなりの時間が経っている。体の中に残る心地よい疲労感に満足して、俺たちはようやく水から上がることにした。


 部屋のシャワーに入り身支度をする。もちろん、一緒ではなく交互にな。待っている間は、部屋についているバルコニーに向かう。ここに簡単なテーブルとチェアが置いてあるから、濡れた状態でも座りやすい。潮風が吹き込むので少し肌寒いが、シャワーを待つ間ぐらいは大丈夫だろう。


「お待たせしました。それでは洗濯もしちゃいましょう。水着をください」


 パウダールームには小さい洗濯機も置いてあるので、明日も使う水着は洗濯することにしたんだが……。


「あぁ、わかっ……なあ、回しておくから、部屋から出てくれない?」

「お気になさらずに」

「気になるよ!」


 本当にこの子は、俺の着替えの何が楽しいのか……。こういう行動、心配になるのだけど。


「でも、朔也くん私の水着を洗えますか?」

「ネットに入れておく以外にやることあんの?」


 さも当然のように言う俺に、瀬那は目を丸くして答えた。


「そうなのですが……先ほどまで私が着ていたのに、その……さ、触るの大丈夫なのですか?」

「ん? ただの布だろ」

「えっ?」


 驚いた顔をされたが、脱いでしまえばただの布だ。洋服とさほど違いはない。


「そんなもんじゃないのか。下着もそうだけど、俺からしたら脱いだらただの布だよ。瀬那だって、俺の下着洗ってるけど、気にしてないだろ?」

「えっ……! ぇ、えーと、そ、それは……っ」


 瀬那は一瞬言葉に詰まると、みるみるうちに耳まで真っ赤に染め上げた。


「そ、そうと言えばそうなのですが……。わ、私だって、全く気にしていないわけでは、ないですよ……っ。そう言うデリカシーがないところはダメですよ、ばか!」


 抗議するように俺をジロリと睨みつけた後、瀬那は限界を迎えたように両手で顔を覆い隠してしまった。指の隙間から見える肌までが、ゆでダコのように赤くなっていた。

 ……悪気はなかったのだが、どうやら年頃の女の子に対して言うべき言葉の選択を完全に間違えたらしい。こういう時の彼女の反応は、いつまで経っても慣れないし、どう扱っていいのか分からなくなる。


「ごめん、ごめん。まあ、とりあえずやっとくから、瀬那はリビングで待ってて……覗くなよ?」

「覗きませんよ!」


 弄りすぎたようだ。プリプリと怒ってパウダールームを出ていってしまった。後でフォローしておかないとな。


 ◇


「ん……」


 微かな衣擦れの音と共に、横から甘い吐息が聞こえた。視線を向けると、俺の肩に頭を乗せた瀬那が、ゆっくりと重い瞼を開けるところだった。いつも綺麗に梳かされている亜麻色の髪が、彼女の頬を覆っていた。


「瀬那、そろそろ起きるか?」

「んぁ……まだ、ねむい、です……」


 声をかけると、彼女は再び目を閉じ、もぞもぞと動き、なぜか俺の首元にすりすりと頬を擦り寄せてきた。


「おい、瀬那……っ」

「んふふ……あったかい……」


 完全に寝ぼけている。無防備なスキンシップに、俺の体は完全に硬直してしまった。

 こんな状態の彼女を無理やり起こすわけにもいかず、俺はしばらくの間、柔らかな亜麻色の髪から漂う甘いシャンプーの香りに耐え続ける羽目になった。


「……さくや、くん?」

「おう、朔也くんだ」


 とろんとした瞳で俺を見つめ、彼女は普段の『優等生』からは想像がつかないほど呆けた顔をした。思考時間は十数秒といったところか。


「んん……あ、あれ? わ、私、寝てたのですか!?」

「ああ、そうだな。いい感じにぐっすりだったぞ」


 簡単にシャワーを浴びてリビングへ戻ると、瀬那はソファで寝ていた。あれだけプールではしゃいだんだ、眠くなっても仕方ない。夕食まで時間はまだまだあるので、近くにあった備え付けのブラケットをかけて、そのまま時間を潰していた。


「横に座ったらもたれかかってきてな。起こすのもなんだし、そのままにしてたんだよ」

「うぅ……恥ずかしい。何か寝言を言っていませんでしたか?」


 居住まいを正しながら、瀬那が慌てた様子でこちらを窺ってくる。


「いや、特には。あっ『もう、お腹いっぱいです』みたいな事は言ってたわ」

「なっ! それじゃあ、私が食いしん坊みたいじゃないですか! 恥ずかしい……」


 本当に恥ずかしかったのか居住まいを確認しに行ったのかはわからないが、パウダールームへと逃げていった。


「……」


 シャワーから出て、瀬那が寝ていることに気づいた時、俺は邪魔をしないように離れたところに座っていた。

 ただ、少し経ったら瀬那が、


『いや……、お母様……来ないで……』


 と、寝言を言っていたんだ。

 だから俺は、少しでも彼女が落ち着かせることができればと、横に座って手を握った。それが効果があったのかはわからないが、少し落ち着いてくれたとは思う。


 彼女とその両親と何があったかは詳しくは知らない。うなされるぐらいだ、あの時に話してくれたこと以外でも嫌なことがあったに違いない。

 今まで一緒に暮らしてしばらく経つが、うなされている姿は初めて見た。疲れもあったのだろうが、あのストーカーが野に放たれたことが、彼女の精神に負担をかけているのかもしれない。

 もう少し気をつけて彼女のことを見ていこうと思う。

 俺はスーツケースに隠していた物を取り出し、瀬那に見つからないようにカバンに入れ、彼女に話しかけた。


「もう夕食を取れるはずだから、そろそろお願いしようか。食べられそうか?」

「はい、大丈夫です! どんな料理なのか楽しみです♪」


 明るい彼女の声が聞こえて、少しホッとする。

 これが空元気ではないことを祈るばかりだ。


 ◇


 夕食の予定はビュッフェ形式だったが、部屋が変わったことでコース料理に変更した。そのため、大勢が入れる大部屋ではなく、コース料理を頼んだものだけが入れるフロアに案内された。案内された部屋は個室だったので安心した。元々来る予定がなかったので、ドレスコードがあったら困っていたからだ。いざ部屋から出て行こうとしたときに気づいて焦ったのだが、杞憂に終わったので良かった。


「美味しいですね! どれもこれも美味しくて……どうやったら再現できるでしょうか」

「再現するつもりかよ、すげーな。味を覚えて帰らないとな」

「はい」


 そんな話をしつつ、今日のことを思い出して雑談をしていた。「海は綺麗で、やっぱり泳いでみたい」や「部屋が綺麗過ぎて、ビクビクして使っています」とか、概ねいい思い出ばかりのようで安心した。


 食事が終わりに近づいてきた時、最後のデザートが運ばれてきた。

 いい具合にケーキだったので、ちょうどいいなって思う。


「瀬那にプレゼントがあるんだ、受け取ってもらえるか」

「えっ?」


 そう言って俺は、カバンからリボンが付いている箱を取り出した。ラッピングも考えたのだけど、移動中に崩れる可能性が高かったのでやめた。


「はい、これ。誕生日おめでとう」


 今日、七月二十九日は瀬那の誕生日だ。いつ渡すか悩んではいたので、今朝のハプニングは渡りに船だったのだ。


「……ご存じだったのですか、今日が誕生日だって。お伝えしたことはなかったと思うのですが」

「あーそういや、誕生日のことなんてお互い話したことなかったな。こないだ住所変更しただろ、その時に見えちゃったんだよ」


 種明かしをすると、瀬那は驚きと申し訳なさが入り混じったような表情を浮かべた。


「……そうですか……でも、いただけません。貰ってばっかりなのに、これ以上は……」

「俺があげたいと思ったから、あげるんだ。貰ってくれないと困るよ。捨てることになる」


 俺がわざと少し強引に突きつけると、彼女は小さく息を吐いた。


「……その言い方はずるいですね」

「そうだろ」


 俺はわざとニヤっとして、言い放つ。

 「くすっ」と瀬那が笑ってくれたので良かった。


「そういうことなら、いただかないと駄目ですね。ありがとうございます。開けてもいいですか?」

「どうぞ」


 箱の中には――深い、深い海をそのまま切り取ったような、吸い込まれそうなディープブルー。精巧に作られた波の曲線をシルバーと青で描き、月の光に照らされて煌めく水面を、水色と透明のキュービックジルコニアが彩っている。


「綺麗……ヘアクリップですか?」

「あぁ。……正直、何をあげたらいいかわからなかったからさ。お前のその髪色に一番合いそうな色を探して、これにたどり着いた」


 俺は少し照れくさくなって、言葉を付け足す。


「クリップなら勉強する時とか、横の髪を留めるのに普段使いしやすいだろ。……別に、無理して着けなくてもいいけど」

「もちろん使いますよ!……もしかして手作りですか?」

「そうだよ。あ、ごめん。男から手作りのものを贈られても困るよな……」


 俺が少し自信なさげに視線を逸らすと、彼女は慌てたように首を横に振った。


「いえ、違いますよ! 形も出来上がりも綺麗過ぎて、とても手作りには見えなくて……凄いです!」


 瀬那はクリップをくるくる回し、全方面を確認していた。「こんな細かい所も作れるんですね」と、素直に喜んでいるようだったので安心した。


「せっかくですので、着けてみても良いですか?」

「もちろん」


 俺が頷くと、瀬那は自分の髪ではなく、俺の目を見つめてからクリップを差し出してきた。


「それなら……はい、着けてください!」

「はぁ……?」


 瀬那はクリップを俺に渡してきた。俺に付けてもらいたいらしい。いつもなら拒否をしそうだが、今日は瀬那の誕生日だ。これぐらいのリクエストは聞いてあげる方が良いだろう。


 席を立ち、瀬那の横に移動してクリップを受け取る。瀬那の綺麗な髪をそっと手に取り、優しく留めた。


「こんなもんか。うん、色も形も思ったより合っているみたいでよかった」

「写真! 写真を撮って見せてください!」

「はいはい」


 別角度から数枚写真を撮り、瀬那に見せた。


「はい、良い感じです! センスいいですね、朔也くん!」

「気に入ってもらえたんなら良かったよ。壊れても直せるから、壊す勢いで使ってくれ」

「壊しませんよ、大事に使わせてもらいますね♪」


 静かに微笑んでくれた。うん、作ったかいがあったものだ。


「そう言えば、朔也くんの誕生日はいつなのですか?」

「俺か?……五月一日、 GW 中だな」

「……もう過ぎていますね。なんで言わなかったのですかって言いたいところですが、まだ同居前でしたね。仕方ないです。なので、来年はお祝いするので覚悟してくださいね!」


 正直、来年も一緒に暮らしているかどうかはわからない。ただ、どうか、この穏やかな日々が一日でも長く続きますように。

 亜麻色の髪でキラリと光る青い雫が、これからも瀬那のことを守ってくれることを、俺は静かに祈った。


念のため補足です。

キュービックジルコニアは十粒、数百円程度のダイヤモンドに似た人工石です。

歯科用のジルコニアセラミックとは別物になり、とても安価です。

作者が調べた時に混同したので念のため補足させていただきました。

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