第82話 金沢旅行①
新幹線に乗って数時間、そして電車を乗り換えて少し、ホテルの最寄駅に着いた。新幹線内で爆睡だった瀬那は、寝てしまったことを後悔しているらしく、
「しょうがないじゃないですか! 楽しみで寝られなかったのですから!」
と、恥ずかしそうに怒っていた。嬉しいことを言ってくれるものだ。
ただ、その怒りようは子供のそれだった。
「くっ……ははっ」
「……何故、笑うのですか?」
「いや、可愛いこと言うなって思ってな」
「……っ! もう!」
「べしん」と俺の腕を叩いた瀬那は、プリプリ怒りながらスーツケースを引いて、ずんずんと先に歩いていく。その姿もまた可愛らしいと思ってしまった俺は、もうダメかもしれない。
置いていかれるわけにはいかないので、小走りですぐに横に並ぶ。
「お前、道わからんだろ」
「うぅ……。せっかくの初めての旅行で、初の新幹線だったのに寝てしまうとは……不覚です。帰りは寝ませんので!」
「あぁ、頑張れ」
これ以上からかうと本当に怒らせてしまいそうだから、「多分、無理だろうけどな」とは思っていても言わないでおいた。
少し歩くと、目的地のホテルへと着いた。チェックインは十四時からなので、午前中に着いた俺たちは、荷物だけ預かってもらう予定だ。事前に電話して問題ないことも確認済みである。
ウィーン。
大きな自動ドアから建物内に入り、目の前のフロントへ向かう。待機している係の女性に話しかけ、今日予約していると伝えたところ――。
「東條様のお名前でご予約がありません。……本当にご予約されたのでしょうか?」
「はぁ……? 予約完了メールも届いていますし、先日電話で確認もしましたが?」
「さようでございますか」
フロントスタッフは、ジロジロと俺たちを見回す。明らかに若い俺たちを疑っているようだ。
俺は瀬那が心配そうな顔をしているので、「大丈夫」と肩を叩いておく。そしてポケットの中のスマホを取り出し、サイドボタンを押してから、メールアプリを起動した。
「もう一度、調べていただけますか? こちらのメールは仲介サイトではなく、このホテルから直接送られています。これがもし偽物だとすると、そちらのシステムの問題になると思うのですが?」
「そんなこと言われましても、東條様のお名前はありません!」
高圧的に対応されて、こちらもイラッときてしまう。だが、ここで暴れると瀬那にも悪いし、周りにも印象が最悪になる。それにしても、このフロントスタッフは態度が悪すぎだろ。それなりに良いホテルにしたのだけど、ダメな奴はダメか。
さてどうするか……。
「あら、どうしたのかしら」
ふいに声をかけられた。顔を向けると、身なりの良い老夫婦がいて、奥さんが声をかけてくれたらしい。見た感じここに泊まっている人だろう。
旦那さんの方が、チラッと俺が持っている優待の紙を見たのがわかった。
「あっ……いえ、こちらのカップルがご予約をしていないのに、予約したと申しておりまして」
「……ふむ、それなら、副支配人の中島さんを呼んでくれるかな。彼が確認した方が早そうだ」
今度は旦那さんが話して、フロントスタッフにお願いをしていた。
「あ、いえ……」
「良いから早くしなさい」
「は、はいぃぃ!」
フロントスタッフは慌てて電話機に向かい、内線をかけているようだった。
旦那さんが俺の近くに来て、少し小声で話し始めた。
「それにしても君、その券は君のかな? それとも親御さんの?」
「これは私のですが、それが何か?」
俺は念のため、何があっても良いように、瀬那とその男性の間に軽く被るように位置を変える。
「ふふ、警戒されていますよ、あなた。ごめんなさいね、たまたま目に入ったので気になっただけですから」
「そうか、すまないね。いやなに、君のような若い子がそれを持っているのが些か気になっただけだよ。私も持っているからね」
「そういうことですか。こちらこそ失礼しました」
軽く会釈程度に頭を下げて謝罪をしておく。特にどちらも気にしてはいないのはわかるが、こういう方には礼儀をちゃんとしていた方が得をするからな。
後ろにいる瀬那は、俺たちのやり取りがよくわかっていないらしく、頭に「?」を浮かべている。
「石田、どうしましたか?」
「あ、副支配人! えっと、このカップルが――」
「中島さん、この子たちが予約をしていたのだが、予約が無いと言われたらしい。これを持っているのにもかかわらずだ」
石田と言われたフロントスタッフの言葉を遮って、老夫婦の旦那さんは副支配人に伝えた。テーブルに置いてある俺の優待券を指さしながら。
「こ、これは……あなたのですか?」
「えぇ、そうですよ。身分証も出しましょうか?」
「はい、お願いします」
俺は手元から身分証を取り出して、副支配人に優待券と共に手渡した。
それをマジマジと確認すると、「ありがとうございます」と言って俺に返却し、パソコンを操作し始めた。
「朔也くん……もしかしてこの株主優待は、すごいものなのですか?」
「そう思うよな。別に凄いものではないよ」
「……ご夫婦のお顔をご覧になっても、同じことが言えますか?」
老夫婦が「こいつ何言ってるんだ」みたいな顔で呆れている。
だって、本当のこと言えないじゃん。そもそも優待って会社の株を一定以上持っているなら誰にでも配られるものだし。……今回はその株数が多いってだけで。
「どういうことだ、石田。これはお前が操作したのだろ!?」
どう説明しようか悩んでいると、副支配人がフロントスタッフの石田を叱咤している声が聞こえてきた。
お客の前で叱るのは良くないのを理解しているのか、少し離れた所で話している。
数分後、石田を連れて副支配人が戻ってきた。
「確認がとれました。誠に申し訳ございません! どうやら手違いで、予定されていたお部屋を別のお客様にお通ししておりました」
深々と頭を下げる副支配人。その横の石田は突っ立っているだけだ。それを確認した副支配人は、石田の頭を掴んで無理矢理頭を下げさせた。……ドラマとかでよく見るシーンだな。
「単純なミスではないと思うのだが。どういうことか、詳しく教えてくれないか」
老夫婦の旦那さんが、少しトーンを下げて尋ねた。俺も気になるっちゃ気になるのだが、それよりも大事なことがある。だが、この雰囲気ではツッコミづらい。
「……どうやら、この石田が予定されていたお部屋に、自分の友人を通したとのことです」
「えぇ……」
普通、従業員のそんな不祥事をお客に話したりしないと思うが、どうやらこの老夫婦の言うことは絶対らしい。お得意様なのか重鎮なのかわからないが、そんなところだろう。
それにしても、そんなことしてもすぐにバレるだろうに、よくやるよ。
「わかりました。とりあえず他の部屋を用意してください。予約時にお願いした通り、部屋は隣同士ならどこでもいいです」
「それが……、本日はお部屋がいっぱいでして……、すぐに予定していたお部屋から移動させますので!」
「あ、それは嫌です。せっかくの旅行なので、ケチが付いた部屋は使いたくないです。それに、追い出した奴から難癖をつけられる不安もあります。本当に他の部屋はないのですか?」
追い出した後、清掃はするだろうから汚いってことはないはずだ。ただ、追い出したら追い出したで、面倒ごとに発展する可能性はある。その可能性はなくしておきたい。
「他にもあるにはあるのですが……残っているのはスイートルームの一室でして。ただ、二部屋ではないのですが、お二人で泊まることはできます」
「そもそもあなたたち、元々どういうお部屋を取ろうとしていたのかしら」
「普通にシングルを二部屋ですね」
老夫婦の奥さんの質問にさも当然のように伝えたら、老夫婦の二人が目を丸くした。
「その優待を使って、シングル二部屋って……。彼氏さん、あなたその券の重要性をわかっていないわけじゃないでしょ? それに交際しているなら、せめてツインかダブルではないかしら……」
ツインも悩んだんだが、着替えのスペースが確保できないのでやめた。一つのベッドで寝るのは今更だが、着替えは別問題。あと、交際はしていません。面倒だから訂正しないけど。
「それはわかるのですが、私たち学生に不相応な部屋を取るより、普通の部屋にしようかと思いまして。……スイートルームってベッド二つありますか?」
「いえ、ご予約の日数分、空いているのはキングサイズがお一つの部屋だけになります」
「なるほど……」
「朔也くん。状況が理解できていないのですが、ベッドが一つでも問題ないのでは? いつもと変わらない気がします。……ただ、スイートルームってお高いですよね」
そうだよな、そういう結論になるよね。瀬那ならそう言うと思ったよ。
俺は心の中で思わず天を仰いだ。お前、その言い方だと『普段から同じベッドで寝てる』みたいに聞こえるから!……事実だけに否定しづらい。
案の定、老夫婦は『あらあら』と微笑ましそうに目を細め、副支配人は『なるほど……』と謎の納得をした顔で頷いている。
「中島さん、そちらの不手際だし、この券も持っている。そちらが誠意を見せる番では?」
「……そうですね。東條様、今回はこちらの不手際の問題ですので、無料でお部屋を変更いたします」
「良いのですか? 流石にそこまで求めてはいないのですが」
「はい、大丈夫です。それにその券をお持ちなので、さほど違いはなかったりします」
マジか。すごいなこの優待券。ネタでもらってみた割には効果がすごい。
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらいます。その代わりと言ってなんですが、問題なければ本日の夕食は、コースのこちらに変更させてください」
「ありがとうございます。承知いたしました」
ホテルは、朝食と夕食付きのプランにしている。朝食はビュッフェ一択だが、夕食は基本のビュッフェのほか、泊まる部屋によってはいくつかのコース料理を選択できる。元々ビュッフェだったものをコース料理に変更して、少しでもホテルの売り上げに貢献しておく算段だ。
……というのは建前で、せっかくなので、今日の夜だけは落ち着いた雰囲気の食事がしたかったという、裏の理由もあるのだが。最初から予約をしておけって話だが、瀬那が恐縮してしまうから、やめておいた。渡りに船ではないが、ちょうど良かった。
手続きをした後、そのまま部屋へと案内される。老夫婦にお礼を言って通り過ぎようとすると、去り際に「お似合いのカップルね」とからかわれ、瀬那が耳朶まで赤くなるほど赤面していた。
いや、カップルではないのだけどね、説得力ないけどさ。
深夜テンションって怖い。
何故、部屋に入るまでのシーンで4000文字超えてるのだろう……不思議でしかたないです\(^o^)/
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