第79話 面倒な告白イベント
Side:南雲 瀬那
「申し訳ありませんが、お断りします」
私の一言で、野次馬で集まっている周りの人たちの空気が凍りついたのを感じました。一番凍りついているのは、目の前にいる彼ですが。
目の前にいるのは、一葉虎真さん。二年生の特進クラスの先輩で、顔を合わせる度に話しかけてくる人です。
道端でナンパしてくる方に比べればまだマシかもしれませんが、こちらの反応を無視して馴れ馴れしいのは変わりありません。特に「瀬那ちゃん」と下の名前で呼ばれるのは――率直に言って、嫌ですね。
告白するにしても、こんな校舎から見える中庭を指定するのが、「周囲の目を利用して拒否させないようにする」という意思が透けて見えて――非常に不愉快です。
「……り、理由を聞いても良いかな?」
数秒のフリーズの後、引きつった笑顔を何とか取り繕いながら、一葉先輩が尋ねてきました。周囲の野次馬たちも、まさか即答で振られるとは思っていなかったのか、ざわめきが広がっています。
「理由ですか……よく知らない方と、お付き合いは難しいです」
「えっ!? 毎日のように話していたと思うのだけど?」
話しかけられたという意味ならその通りですが、私から話しかけたことは一度もありません。その状況のどこで、好意を持たれていると勘違いしたのでしょうか。
「雑談ならそうかもしれませんが、それならクラスメイトともしていますし……」
「そ、それなら! お互いを知るために、お試しに付き合うのはどうだ!?」
『お試し』。その都合の良い言葉に、私の内心の温度がさらに数度下がったのがわかりました。
「お断りします」
「……っ」
食い下がる言葉を、私はピシャリと遮りました。
「信頼関係も出来上がっていないのに、お付き合いをするような真似は私にはできません」
毎日のように上辺だけの言葉を並べてくるこの人に、なびく女だと思われるのは心外です。そんな軽薄な方と、無愛想で言葉は少ないけれど、不器用な優しさを向け続けてくれる彼。比べるまでもなく、私の心が誰に向いているのかなんて明白です。
「申し訳ございませんが、失礼します」
これ以上時間を無駄にする理由もないので、私は一度だけ会釈をして、唖然とする先輩を置いてその場を離れようと背を向けました。
「ちょ、ちょっと待ってよ瀬那ちゃん!」
焦ったような声と共に、背後から私の腕を掴もうと足音が近づいてきた、まさにその時――。
「先輩、これ以上は見苦しいですよ」
――朔也くんの声が聞こえました。
聞き慣れた声にほっと安堵する気持ちと、この公開告白が見られている恥ずかしさ。それが混ざって、複雑な気持ちです。
唐突に降ってきた声に、周囲の注目が集まります。聞こえてくる方向を見ると、二階の窓に朔也くんがいるのが見えました。周りの生徒が驚き、彼に注目しているのがわかります。
(あ、水野さん……)
彼のすぐ横に、水野さんがいました。同じクラスで同じ委員会。彼と一緒に並んで廊下を歩くという、そんな何気ない日常の特権を持っているのが……いいなあ、ずるい。
彼と目が合うと、目線で「早く行け」と合図されたように感じ、近くまで来ていた先輩を見ました。すると、先輩も彼に視線が移っているのがわかります。私は先輩が我に返る前に、その場を早足で去りました。
そのせいで、先輩が朔也くんに対して、どす黒い怒りを抱いたことに気づかずに。
◇◇◇◇◇
Side:東條 朔也
公開告白のあと、委員会のミーティングに来た瀬那は、疲れた顔で俺の隣に座り、机に突っ伏していた。座った位置は、瀬那、俺、雫といった並びだ。
「おつかれ、南雲」
「災難……だったね。お疲れ様、南雲さん」
「……気疲れが酷いです」
大勢の生徒の前で告白されるというシチュエーション。俺なら暴れ出しているところだが、最後まで冷静だった瀬那に感心した。
瀬那が去った後、あの先輩は俺を睨んで去っていった。それを彼女にわざわざ言うまでもない。
「南雲がいなくなった後、ちょっと涙ぐんでいたんじゃないかな、あの先輩」
少しでも気分が晴れれば良いと、茶化しながら言ってみたところ、こちらを向いた瀬那は少し睨んでいた。
「泣きたいのはこちらですよ。ほんっっっとうに恥ずかしかったのですからね……」
「ごめんて」
ジロリと俺を睨むその目は、少しだけ潤んでいるようにも見えた。整った顔が机に押し付けられて、わずかに頬がぷにっと潰れているのがなんだかおかしくて、柔らかそうだった。
彼女はミーティングが始まるまで、俺の方を向いたまま机に突っ伏していた。
◇
予想通り大した内容が無いまま、委員会のミーティングが終わった俺たちは、ファミレスへと向かった。
一学期が終わった打ち上げというほど大げさなものでは無いが、浩紀たちと昼食を取る予定だ。ただし、和人や雫たち部活組は、部活の関係で参加しておらず、俺と瀬那、浩紀と愛莉の四人で。
「瀬那、災難だったねー。私たちは直接見なかったんだけどさ……ふふっ、すごいギャラリーだったって聞いたよ?」
口元を手で押さえながら、彼女は面白そうに肩を震わせている。どう見ても同情より笑いが勝っていた。
「もぅ、笑わないでください! 本当に恥ずかしかったのですから……。あのギャラリーだって、狙ったんじゃないかと。本人は『なぜか集まった』って言ってましたが……」
「まあ、狙っていただろうな。中庭なんてすぐにバレるような場所、普通選ばない。フラッシュモブは……違うか、何て言うか忘れたが、断りづらい環境づくりだろうな。あと周知しておきたいってのもありそうだ。あの先輩、自分の容姿に自信があるタイプだろ、きっと」
「やっぱりそう感じますよね」
「ふぅー」とため息を再びつく彼女を見て、苦笑いしか出てこない。こういう大変な思いは経験した側で無いとわからないだろう。
「二人は知らないかもだけど、あの先輩って二年でモテモテだってさ。なのにわざわざ瀬那に告るなんて……罪な女だね!」
「……愛莉さん」
茶化す愛莉に、瀬那は軽く睨んでいる。
「ごめん! ごめんって!」
「もぅ!」
「……なぁ朔也、龍真にお前の連絡先を教えて良いか?」
今まで黙っていた浩紀がスマホから目を離して、わちゃわちゃしている女性陣に聞こえないように、身を乗り出して小声で俺に訊いてきた。
このタイミングで一葉が出ているってことは、話題に挙がっている兄の虎なんとか先輩関連だろうか。
「別に構わないが。このタイミングってことは、あの先輩関連か?」
「そのようだぜ」
そのまま連絡先を送ったらしく、すぐに一葉から連絡が来た。
『家に帰ってきた兄貴が荒れ狂ってたから探りを入れたら、どうやら東條に告白を邪魔されたって逆恨みしてるみたいだ。念のため気を付けてくれ。何か動きがあったらすぐに連絡する』
『マジかよ。了解、ありがとう。兄弟だから大丈夫だろうけど、無理はしなくていいからな』
「マジか……」
俺は一葉からの連絡を見て、思わず言葉を失い声を漏らした。あのタイミングなら告白自体はもう終わったようなものだろうに、それを逆恨みされてもな……。どう考えても希望の芽はなかっただろ。
苦笑いをしている俺を見た浩紀が気になっているようなので、俺はスマホを渡して内容を見せた。「うわぁ……」っと若干引いた顔をしているので、呆れてたに違いない。
「どうしたの二人とも。……変なことでも見せ合っているの? アヤシイなぁ……」
「なんでそうなるんだよ……。一緒にやっているゲームの公式SNSで、おかしなこと言っているから見せただけだ」
俺がテキトーに誤魔化すと、愛莉はジト目を向けてきた。
「ふーん」
「そういや告白と言えば、瀬那は結構されているのを知っているけど、愛莉はどうなんだよ。お前も喋らなければ可愛い方だろ?」
これ以上探られないよう、俺は強引に話題を逸らした。
「喋らなければって何よ! 失礼ね! ……高校ではってことでしょ。うーん、告白は今の所二回かなー」
「あったのかよ……聞いてないよ!」
横から浩紀が素っ頓狂な声を上げる。
「『彼氏がいるから』って言えばすぐ引いてくれるし。瀬那の時みたいに、しつこく食い下がられたりしないから、報告するまでもなかったのよね。瀬那がそれほど魅力的ってことだねー、ふふっ」
チラッと瀬那の方を見る愛莉。この調子だと、今日以外でも瀬那は、断っても縋ってくる奴がいたのかもしれない。俺は聞いたことが無いから、同性同士だから話せる話題なのかもな。
瀬那は俺をちらっと見たが、すぐ愛莉の方に向かい、目を細めていた。
「はぁ……。愛莉さんみたいに『彼氏がいる』という強力な盾があれば楽なんですけどね。……好意を持っていただけるのはありがたいですが、断る時の申し訳なさや、相手に感情的になられるかもしれないという恐ろしさなど……笑い事ではないんですよ。少しは私の身にもなってください」
「ごめんねー」
高校生の男女を比べれば、当然ながら男の方が腕力は上だ。特に瀬那は小柄な方だから、同年代の相手でも余計に威圧感を受けてしまうのかもしれない。逆に言えば、男から見れば力尽くで押さえ込むことなど容易い、か弱い存在に見えるのだと再認識した。
「災難だったのは違いないな。そんなリスク負ってでもちゃんと呼び出しに答えてあげるだけ優しいと思う。まあ、俺には経験が無いからわからんが」
「そうなのですかっ!?」
瀬那が身を乗り出すようにして、驚いた声を上げた。
「なんだよ……食いつき良いな。こんな俺が誰からちゃんと告白されるはずないだろ」
「そんなことは無いと思いますが……。ふーん、そうなのですね♪」
瀬那はなぜか、花の綻ぶような嬉しそうな表情を見せた。グラスのストローを咥えながら、機嫌良さそうに目を細めている。酷くないっすか、瀬那さん。
「そんなことは無い」と言われても、事実なんだけどな。
「お前、中学の時から学校でそんな格好してたんか?」
「……ほとんど同じだな。ピアスの数は少なかったけどな」
「良く、学校が許したな。すげーよ。アウトローが好きな女子ぐらい居そうだけどなー」
「残念ながら、居なかったな」
色々あったからな。ピアスも学校側が俺に文句を言えなくしただけだから、特段褒められたものではない。
左手でピアスを触りながら、浩紀の言葉に俺は愛想笑いをするしかなかった。
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