幕間 大人たちの進捗報告会
Side:須藤 明
今夜、私は事務所から少し離れたバーへと足を運んでいる。妻の美里も一緒だ。美里も私と同じく弁護士で事務所は別だが、今も現役でバリバリ働いている。
ノスタルジックなお店に入ると、カウンターには目的の人物、槙野警視がいた。手元にはおつまみと水しかない。私たちが来るのを待っていてくれたようだ。
「お久しぶりです、槙野警視。今日はありがとうございます」
「お久しぶりです、須藤先生、横山先生」
美里の旧姓は『横山』。槙野警視に出会った時はまだ入籍前だったのに加え、仕事では『横山』のまま通しているからだ。
それぞれお酒を注文し、軽く雑談した私たちは今回の本題へと移る。
「先生の予想通り、素十は精神鑑定を行うそうです」
「そうですか……嫌なことほど当たりますね」
「……予想ですが心神喪失、少なくとも心神耗弱と判断されることが濃厚です。理由は分かりませんが、ことが早く進み過ぎている気がします」
「……」
嫌な予想ほどよく当たる……本当に困ったものだ。様子からしておかしいとは思っていたが、やはりそうなのか。これで、薬物でもやってくれていたら話は早かったのだが……。私がそんなことを言ってはいけないな。
「例え不起訴になったとしても、彼を放置していた保護者の管理責任を徹底的に追及し、必ず慰謝料をむしり取りますよ」
「私の立場から言うのもどうかと思いますが、その時はお願いします」
本来、成人男性に対して親の保護者責任は問われない。しかし、加害者『素十 範』はあの見た目でまだ二十歳の大学生だった。実家住まいということもあり、もちろん親と同居している。その状態で、事件当日も刃物を所持していたのだ。それに、話によると彼の自室からさらに刃物や……南雲さんを盗撮した写真が複数枚出てきたらしい。
(南雲さんには、このことは言えませんね……)
写真は隠せる量ではないことに加え、壁にも異常な数の写真が貼ってあったそうだ。制服姿の南雲さんを見れば未成年だとわかるはずだし、どう見ても盗撮。息子がこれほど悪質なストーカー行為の準備を進めていたというのに、同居している親に「知らなかった」とは言わせない。南雲さんに理不尽な恐怖を与えた奴らには、法で殴れる限界まで徹底的に手加減をする必要はない。
「それにしても朔也くんは、相変わらずと言っていいのか……特殊な子ね」
私たちの話を聞いていた美里が、ぽつりとつぶやいた。彼女も朔也くんとは面識があり、何度か私も交えて食事をしたことがあるぐらいだ。それなので、彼の性格はある程度知っていた。
「同級生? 恋人? を助けるのは良いとして、普通、ナイフを素手で受け止めないわよ。肝が据わりすぎているわ。これも家庭環境の影響かしら……やっぱり危ういわね」
「横山先生も気になるのですね」
「ええ……。明を指名したから何もできなかったけど、本当は私が担当して彼を助けたかったわ」
家庭問題こそ、美里が最も得意とする専門分野だ。朔也くんの事情を初めて聞いた時など、「私が担当する!」と私や朔也くんにぐいぐい猛アピールしたものだ。……そのあまりの押しの強さに、逆に朔也くんから敬遠されてしまったなんて、今さら口が裂けても言えないが。
私たちはその後も、頭の痛い今後の問題について話し合った。
◇◇◇◇◇
数日後。私はストーカー事件のもう一人の依頼主である彼女に、進捗報告とこれからについて話すため、黄隆学園に来ている。
時間は夕方に差し迫っているため、朔也くんや南雲さんはすでに帰宅しているだろう。私がここにいると知ったら心配したり気にするはずなので、好都合だ。
コンコンコン。
「どうぞ」
「……失礼します」
私は理事長室に案内されて部屋に通された。中には依頼主である朱門様と、その秘書である五条様がいた。
「お忙しいところ申し訳ありません。どうしても報告しておかなければならないことがありまして」
「気になさらないでください。どうぞ、こちらにおかけください」
ソファを勧められた私はそのまま座ると、同時に五条様が飲み物を尋ねてきたので、コーヒーをお願いした。
朱門様もデスクから立ち上がり、ローテーブルを挟んだソファへと座る。
「それで、今日はどういったお話でしょうか?」
「それはですね――」
私は先日聞いた『素十 範』の今後についてわかったことをお伝えした。
「――とのことです。加害者をそのままにするつもりはありません。刑務所は無理でも、施設に入れるように働きかける予定です」
「……気になりますね。私も展開が早すぎるように感じます。……五条、この件こちらでも調べてみて。嫌な予感がするわ」
「承知いたしました」
指示を出された五条様はスマホを取り出し、操作をする。慣れた手つきのそれは、どこかに指示を出しているようだった。
「こちらでも何かわかりましたらご連絡しますね」
「ありがとうございます。それでは、私はここで」
必要なことは話せたので、私は理事長室を後にするのだった。
◇◇◇◇◇
須藤が去ってしばらく経った、理事長室。
仕事をしている朱門の横で、五条のスマホに連絡が届く。
「……美乃里様。どうやら嫌な予感が当たってしまったようです」
五条は届いたばかりの資料を、朱門に見せた。
「そう、やっぱり……。あの人はまた面倒な事をして。相馬、引き続き何かあったら教えて」
「委細承知」
資料をみた朱門は、苦虫を噛んだような顔で天を仰いでいた。
「……本当に胃が痛いわ」
「お薬お持ちしましょうか?」
「……お願い」




