第68話 左手の診察を受けたら人外判定されました
日曜日の朝、俺は病院の待合室にいた。
ここは結構大きい病院だからか、日曜日も開いているので助かる。平日に行こうとすると、授業を抜けるか、激込みの午後に行くことになるからだ。それはできれば勘弁したい。日曜日も混むには混むが、時間の調整が簡単なだけ、平日よりは気分が楽だ。
そろそろ包帯も大丈夫だろうと思って来たわけだが……隣には瀬那もいる。
今日はバイトなのだから、それまで家でゆっくりしていればいいのに、気が気でないからと付き添ってきた。……まだ、負い目を感じているらしい。これ以上、彼女にストレスを与えたくないから、すぐにでも包帯が取れてくれると助かるのだけど。
「東條さーん、第二治療室に入ってくださーい」
名前が呼ばれたので、瀬那と二人で治療室へ入る。
そこには、会うのが三度目となる若い医者が座っていた。一瞬、瀬那を見ていたがあまり気にせず、俺の傷の診察を始めた。
幾度か俺の手のひらと甲を交互に診て……首をかしげていた。これはあれだな……!
「やっぱり、完治してます?」
「朔也くん、一週間で治るはずないでしょ……」
ちょっと食い気味に瀬那につっこまれた……。
「ははっ、でも案外見当外れでもないようですどね。東條さん……傷口が塞がるの早くない?」
「……早い分には良くないですか?」
「うーん、この傷ならここまで回復するのに、一ヶ月はかかるはずなんだけどね……。抜糸をするにしても、もう一週間は必要だと思ったのだけど、内出血も無さそうだし、うーん。いくらなんでも早すぎる。……異常だ」
「えぇ……」
最後の一言はぼそっと呟いた感じだが、普通に聞こえてしまい、少し引いた。異常ってなんだよ……。人外みたいに言わないで欲しい。俺は一応、人間なんだけどな……。一応な。
「先生、問題はないのですよね!?」
「え? ……あぁ、はい。予想より大分早かったですが、手も指もちゃんと動いていますし、問題はないですよ」
「良かった……」
切迫した瀬那の声にたじろいだのか、医者は少し困惑しながら答えていた。その後、椅子を滑らし、机から鋏を一挺取り出して戻ってくる。
「では、抜糸をしましょう。糸を抜く時、少し痛いかもしれませんが麻酔しますか?」
「あーいえ、このままで良いです」
「……良いのですか?」
「麻酔の方が痛いと思う……たぶん、きっと」
縫ったときの麻酔がやばかったのを思い出してやめた。アレは痛かったからな……マジで。
医者は慣れた手つきでナイロン製の糸を切っていく。そして、それを引き抜いた。
「……っ」
少し痛みが走るが、顔をしかめないように気を付ける。下手に痛がると瀬那が反応しそうだからだ。できる限りバレないように、歯を食いしばって耐えた。
――ふと横を見ると、瀬那が祈るように自分の両手をギュッと握りしめていた。俺以上に痛そうな顔をしているのが申し訳ない。
すべての糸が取れると、若干の血は出ているものの、糸の引っ張りがなくなったため、手を動かしても違和感がない。これで日常生活もある程度楽になるだろう。
「いいですか、傷口は確かに塞がりつつありますが、決して無理に左手を使わないでください。感染症を防ぐためにも、こちらのハイドロコロイド絆創膏で傷口を保護し、その上から包帯で固定してください。表面の傷が塞がるペースが異常なだけで、中の組織はまだ非常に脆い状態の可能性が高いです。強い衝撃を与えればすぐにまた裂けますからね。万が一裂けたらすぐに来院を。そうでなければ、一週間後に再度経過を診ましょう」
「わかりました、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「それと……はい、こちらです」
医者は診察券用ポケットの付いたクリアファイルから、封筒を四通取り出し俺に渡してきた。封筒には『診断書在中』と書かれている。今回の怪我の診断書だ。
前回、お願いをして作成してもらっていたんだ。
「診断書は四通で良かったのですよね? 同じ内容のものを四つ用意しました」
「はい、合っています。ありがとうございます、助かります」
「いえいえ。それではお大事にしてくださいね」
俺たちはお礼を言って、そのまま治療室を後にした。
俺としては包帯をしたくはなかったのだが……まだ完治していないのなら、しかたない。抜糸ができただけでも御の字だ。
受付前に移動していると、瀬那が口を開き、疑問に思っていただろうことを口にした。
「あの診断書ですが、四通も必要だったのですか? なんとなく、気になってしまって」
「ん? あぁ、普通はそんなに必要ないもんな。これは須藤先生と警察、あと保険屋。それと、念のため学校にも渡すから四通。今回は現行犯だったし、警察には不要かもとは思っていたけど、出すことになったんだ。それと学校は……本当に念のためかな。幸い、欠席したわけではないし、怪我も見せているから大丈夫だろうけど……いちゃもんつける奴らがいそうだから、念のため」
「……朔也くんは、本当に周りがよく見えていますね」
瀬那は少しだけ感心したように目を伏せたあと、小さく息を吐いた。
「正直あの人たち、先生としてどうかと思うのですよね……」
「それはそうだな。事実確認の時の校長と教頭の態度を見ていると、前から問題視されているような雰囲気あったよな」
「わかります。もしかして、今までも強引に物事を進めるようなことをしていたのかもですね」
俺たちは事実確認の日のことを思い出して、苦笑いをした。朱門さんの一喝があったから黙らせられたけど、グダグダ何か言いそうな感じはしていたのだ。
マジでこれ以上関わってきてほしくない……。
◇
会計を済ませた後、俺は瀬那と別れて警察署に向かい、診断書を提出してきた。須藤先生にも渡しに行こうかと思ったが、連絡をするとどうやら外出しているらしく、急ぎでもないので後日で良いと言われた。
そのため俺は、元々予定した通りルナポートとは別のショッピングモールに来て、明日のデート用の服を探しているわけだ。
普段ならともかく、さすがに明日のデートはそれらしい服装にしておいた方が良いだろうと考えた。一応、『デートの約束』をした日に『着てきてほしい服がダメ』になったのだ。同じ服は無理にしても、それっぽい服装の方が、彼女の気持ちも楽になる……と言うか、あの日起こったアクシデントごと、上手く上書きできないかと考えたからだ。そうすれば、あいつの無用な気負いも消えてくれるんじゃないかとな。
いつもの俺なら、ファストファッションで買うのだが、今日はそれよりも少し高めの店に向かう。これは俺の考えだが、普段着はすぐに駄目にしても気にしないもので揃えておき、テキトーに使い倒す。一着二着は少しちゃんとしたものを用意しておいて、急にそれっぽい服装が必要になった時に、対応できるようにしておく。……先週の食事会みたいにな。
それに、高校生がミドルプライスの服ばっかりだとおかしい。年齢的にも見合っていない。
そんなことを考えつつ、店を数軒回って今は遅めの昼食を、フードコートで取っている。休日なので人が多いが、一人なので何ら問題ない。
(さて、どれが良いか……。あれと同じ系統の服が良いと思うけど……)
探した候補から、どれを買うか悩みながらサンドイッチを頬張る。……うん、テキトーに選んだわりには、思ったより美味しい。
「あれ? 朔也?」
「うん?」
急に名前を呼ばれて驚き、振り返るとそこにいたのは浩紀と愛莉だった。トレーの上に空の食器が乗っているので、食べ終えた後なのがわかる。まさか、こんなところで会うとは……。
「なんだ、お前らか。デートか?」
「なんだとはなんだ! ひでーぞ!」
「そーだ! そーだ! 慰謝料を請求する!」
本気で非難しているような声ではないが、文句を言ってきた。それと同時に、俺の皮付きのくし形ポテトを取って食いやがる。
「勝手に取るなよ……」
「慰謝料だからしかたないぞ。……モグモグ。それより朔は何で一人でこんなところにいるのよ?」
「……服を買いに来ただけ」
「デートのためか? デートだろ? デートしかないな! よし愛莉、こいつの退路を塞げ!」
いつも通り、無駄に勘の良い浩紀に呆れてものが言えない。
「図星だな」
「図星のようね」
「……ちげーよ」
俺の弱い否定の声は無視され、ニヤニヤされながら食事を続けるしかなかった。
そして食後、二人に連行されたのは言うまでもない。
「私が的確にアドバイスしてあげる!」
……まあ、女性目線も大事だしな。




