第66話 義兄が知らない義妹の気持ち
Side : 東條 詩織
瀬那さんが語ったストーカー事件の全貌は、思ったよりもずっと酷いものだった。ストーカーの身勝手な言い分と行動に、被害にあった瀬那さんは可哀想すぎる。だからこそ、義兄さんが偶然近くにいてくれてよかったと、心から思う。
ただ、刺された後の義兄さんの行動と先ほどの発言を思うと、瀬那さんが呆れる……いや、怒るのも無理はない。彼があんな風に自分の身を顧みないのだから、被害者とは言え、事件の原因の一つを作ってしまった瀬那さんからすれば、責任を感じて気が気じゃないのは当たり前だ。
(そういうところがわかっていないのは、義兄さんの悪いところなんだろう)
……それにしても、仲が良いとは聞いていたが、まさか偽とは言え恋人のふりをしてまで一緒に過ごしていたとは。
――ズキッ。
「……という事件があったのです。ストーカーの件は、これで一応解決したと考えています。まだ、刑罰や損害賠償などの手続きは残っていますけどね。……ただ、朔也くんが受けてしまった手の怪我で、生活が不便になってしまったので、罪滅ぼしではないですが、代わりに私が家事をしているのが現状です」
「瀬那さんが悪いわけではないと思います」
「それはそうですが……だからといって、ストーカー男に介護してもらうわけにもいかないでしょ? 絶対、朔也くんが嫌がりますよ」
最後は冗談だとわかるように、瀬那さんは微笑みながら話していた。そのおどけた言い回しに、私もつられて笑みが溢れる。
「くすっ……容易に想像できますね。あの義兄さんのことですから、あからさまに嫌な顔をしそうです」
「ふふっ、そうですよね。……さて、次にお話ししたいことですが。先に謝っておきます、申し訳ありません」
「え? 急ですね……」
「実は、朔也くんから、お二人の関係性……親御さんの再婚についてお聞きしています」
「……義兄さんが話したのなら問題ありません。そもそも再婚は、どちらかというと良いことですし」
そう、普通、再婚は良いことなんだ。それに、家族が増えたことで私も――。
「そうかもしれませんね。私が『詩織さんの考えていることがわかる』と言ったのは、そのことに関係しています」
「……」
「私は実の家族とあまり仲が良くありません。だから、育ててくれた曾祖母が亡くなってからは、もう『家族』というものに幻想を抱けなくなっていたんです。……でも、そうやって冷めたふりをして心を閉ざしていた反面、本当は誰よりも、そういう温かい場所を求めていたのだと……最近になって気づいたんです」
「……何かあったのですか」
「……えぇ。恥ずかしいので、他の人には言わないでくださいね。……だからこそ、無条件で受け入れてくれる『家族』や、安心できる居場所がどれほど大切かに気づいたんです。……詩織さんにとって、やっと手に入れた朔也くんとの『家族の絆』は、それだけ大きなものだったのではないですか? だから、重要なことを隠されて……蚊帳の外にされたようで、寂しかったのですよね」
「……っ」
すとんと、腑に落ちた感覚があった。
私は、寂しかったんだ。
家族は居ても、いつも家では一人だったところに、新しい家族ができた。新しい義兄。ただの家族というだけではなく、私を放っておかず、私が頼ってもいいと思える存在。母がいなくなってから、ずっと欠けていた存在。
たった一ヶ月も一緒にいなかったのに、私の中でそれだけ大きな存在になっていることに驚いた。
「もしかして、戸惑っていますか? ……あまりこういう言い方もどうかと思いますが、朔也くんは天然でそれをやってのける、言い方は悪いですが『人たらし』だと思います」
「……あー」
「普段は『人を寄せ付けない』というオーラを出しているのに、少し内側に入ると『その人のために、自分がどうにかしよう』と、自然と動いているように見えます。そのくせ、相手が自分のことをどれほど大切に想っているかには鈍感なのです。……敵対心には敏感なくせに」
「……さっきまでならともかく、今ならその意味が痛いほど分かる気がします」
丁寧なしゃべり方をする瀬那さんが、「くせに」と愚痴をこぼすくらいだ。義兄さんが普段からそういった行動をとるタイプなのだろうと容易に予想がつく。
それと同時に、瀬那さんは義兄さんのことを本当によく見ているのだなと、私はひそかに感心していた。
「すみません、少し愚痴が入ってしまいました。……そういうことなので、可哀想ですが朔也くんは詩織さんの感情を理解できていないと思います。ただ、これを彼に説明するのは違うとも思っています」
「そうですね。……私もなんか嫌です」
「そうですよね!」
瀬那さんは我が意を得たりとばかりに、パッと花が咲くような笑顔を見せた。
「……こほん。それなので、もういっそのこと彼がぶっ倒れるぐらい、思いっきり甘えてやれば良いと思うのです。鈍感さへの鬱憤も込めて、周りが呆れるぐらいに。『家族』なのですから」
甘える……。確かにここ数年、自分から誰かにそうしたことがない。父が家にいないのだから仕方ないと思っていた。義兄さんに甘えてもいいのだろうか……。血がつながっていない、家族になって大して時間が経っていない、義兄相手に。
「……甘えても良いのでしょうか?」
その疑問は自然と口に出てしまった。瀬那さんなら答えをくれると思って。
「大丈夫ですよ。自分のことなのでわかりづらいかもしれませんが、彼はそんなことで疎ましく思うような方ではないです。それに、いつも詩織さんのことを心配していましたから。私が嫉妬してしまうぐらいに」
「私を……ですか?」
「彼は彼で、まだ落ち着いていない家に、詩織さんを一人にしてしまったことを申し訳なく思っています。それなので、おもいっきり甘えてしまえば、その気持ちをなくしてあげられるのではないでしょうか。……と、理由をつけて甘えてしまえばいいですよ。こちらの気持ちをわかってくれないのですから、それぐらい良いお返しです♪」
「ふふっ♪ わかりました!」
その後もお互いに義兄さんの駄目なところや良いところを言い合った。
瀬那さんと話していると、色々と心の整理ができて凄い。優しくて、頼りがいがあって、ちょっと悪戯っぽくて。
もし私にお姉さんがいたら、こういう風にやり取りをしていたのだろうか。
……あ。そういえば、義姉はすでにいたっけ……。
姉らしいことをされた記憶がなさすぎて、危うく存在を完全に忘れるところだった。
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