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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第二章

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第63話 朔也の想定外な悩み

 Side : 東條 朔也


 俺は予定通りに駅前の洋菓子店でケーキを買ってから帰宅した。何が良いかわからないので、無難な四種を買っておいた。

 洋菓子店の男性店員が俺の左手の包帯を見て、「どうしたの、急に!」と叫んでいたのが印象的だった。三回ぐらいしか入店したことがないのだが、どうやらこの店でも、ピアスと制服の印象が強かったらしい。とりあえず、テキトーなことを言って誤魔化しておいた。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 帰宅後は瀬那が出迎えてくれた。そのまま準備をして作ってくれた昼食をいただく。いつも通りおいしい。

 食べ終わってもまだ時間はあるので、義妹(いもうと)とは言え、一応出迎えの準備をする。トイレや洗面台辺りの掃除を始めると、瀬那に白い目で見られた。

 ……言いたいことはわかるが、片手だと洗い物が出来ないし、やらせてくれないじゃないですかー。


「無理してやらなくてもいいと思うのですけど……」

「無理してるわけじゃないんだよなー。瀬那が家事やってて何もしないって、落ち着かないんだよね。分かるだろ?」

「落ち着かないのはわかりますが……。本当に無理をしないでくださいね」

「はいよー」


 怪我をしてからもう五、六日は経っている。いい加減慣れてきたし、そろそろ抜糸できると思うんだよね。……まだ、血は滲んでいるけど。

 念のため、ばい菌が入らないように、ニトリルのゴム手袋をつけて掃除をした。


 定期的に掃除をしているためか、あまり時間をかけずに終わった。

 瀬那の方も、洗い物が終わった後にリビングや廊下を軽く掃除してくれていた。


「定期的に掃除していると、あまり手間をかけなくて済んでいいな。……瀬那に任せている俺が言うのもなんだけど。いつもありがとう」

「ふふっ、気にしないでください。そもそも、ここで暮らす条件が『私が掃除すること』でしたし」

「……そう言えば、そんな約束してたかもしれない。忘れてたわ」

「……なんで忘れているんですか」


 ジト目で呆れられてしまった。

 そもそもあの約束だって、女の子から家賃を貰わないための、俺なりの安い方便だったのだ。その建前を提案した本人がすっかり忘れていれば、そりゃあ呆れもするだろう。うん、だから仕方ないな。


「そろそろ時間だから行ってくるわ」

「はい、行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」


 俺は家を出て学校へ向かう。制服から着替えているので、動きやすい私服姿だ。土曜日に私服で学校に向かうのって、なんだか新鮮だな……などとのんきに歩を進めていた俺の足が、ふと、ピタリと止まった。


 ……いや、頭の片隅ではずっと気にしていたのかもしれない。けれど、致命的すぎて無意識に目を背けていたのだ。だって、どうシミュレーションしても、完璧な言い訳が思いつかない。


「……詩織に瀬那が家にいる理由、なんて説明して誤魔化せばいいんだ……!?」


 歩道のど真ん中で、俺は天を仰いで悲痛な独り言を器用に小声で叫んだ。

 『頭を抱えて呻くピアスの男』という事案を発生させた自覚はあるが。


 ◇


 どう言い訳するか悩みながら正門に着く。結局、何も思いつかなかった。頭を抱えそうな手をどうにか止め時だった。

 ……よく考えたら、そもそも誤魔化す必要なんてないじゃないか。

 同居していることさえバレなければ、大した問題にはならない。クラスこそ違えど、瀬那とは委員会が同じで当番も一緒だし、最近は噂を否定するために、昼食も一緒に食べている。話す機会も多いのだから、自然と詩織の話題が出て『じゃあ妹さんが来るなら遊びに行くね』となってもおかしくない。

 よし、大丈夫だ。……大……丈夫、なはずだ。


 横の壁を背にして立っていると、数分して正門から詩織と麻里ちゃんが出てくるのが見えた。軽く手を上げると、二人も俺に気づいて近づいてくる。


「お待たせ、義兄さん」

「お久しぶりです、お兄さん」

「久しぶり、詩織、麻里ちゃん」


 挨拶を終えるや否や、すぐに詩織が俺の左手を凝視してきた。

 ……そう言えば、怪我のこと言ってなかったな。

 詩織は左手から俺の顔へと視線を移し、非難するような目でジッと睨みながら、頬を少し膨らませて訊いてきた。


「義兄さん、その左手どうしたのですか? 訊いていませんけど? 体育も見学されていましたし、大丈夫なのですか?」

「……言ってなかったからな。少し捻っただけだから心配する事じゃないよ。ただ、この手でソフトボールはできないから見学していただけさ」

「……そうですか。それならよかったです」


 彼女は安堵したようなため息をつく。表情も先ほどのむくれたものから、いつもの顔に戻った。深く追及されなくて助かった。流石に『ストーカーに刺された』とは言いたくないからな。


「それじゃあ、行くか。ケーキを買ってあるからおやつに食べよう。何種類か買ってあるから、食べられないケーキがあったら後で言ってな」

「わざわざ、ありがとうございます、お兄さん」

「色々見てたら頭を使ったから、甘いもの嬉しいです!」


 俺たちは連れ立って歩き出した。周りには他にも、見学会帰りの中学生らしき子供たちが何人か学園から出てきている。中学生の制服を着た女子二人が、見た目不良の俺に連れて歩かれているのだ。すれ違う保護者から変な目で見られていた。言いたいことはわかるが、義妹とその友達だから何も問題ないぞ。


「どうしたの、義兄さん? きょろきょろしちゃって」

「いや何でもないよ。ここからだと家まで十分ぐらい歩くからさ。……で、どうだった見学会。最初にうちのクラスに来たのはわかっているけど、その後は」

「うーん」


 詩織は頬に人差し指を当てて考え始めた。麻里ちゃんをチラチラ見ているのが気になるが、麻里ちゃんは「えへへ」と恥ずかしがっているので何かあったのかもしれない。


「あの後、麻里が図書室に行きたいって言うから向かったんだけど、途中で化学室から出てきた生徒さんにナンパされちゃって。でも、すぐにイケメンの男子が割り込んで助けてくれたから、大したことにはならなかったの。ナンパしてきた人も、本気じゃなかったみたいだし」

「見学会に参加している中学生相手にナンパって……すげぇな」

「私もそう思う。でね、その後なんだけど。……すごく綺麗な女の子が話しかけてきてくれて。話し方も丁寧だし、笑顔も素敵で」

「へ、へぇー」


 ……猛烈に嫌な予感がする。


「身長は私より低いけど、髪は金色に見えるような……亜麻色。それにスタイルも良かったよ。あんな美人さん、私、初めて見た」

「うん。モデルさんっていうより、精巧なビスクドールって表現がぴったりなお人形さんだったね」


 二人の話からして、思い浮かぶ人物は一人しかいない。今から向かっている俺の部屋で、おもてなしの準備をしている当の本人だ。

 ただ、まだその子だと決まったわけじゃない。一抹の希望を持って会話を続ける。


「お、おぅ。すごい人もいたもんだな。そこまで言うぐらいだから、学園内でも有名な子かもな」

「多分、義兄さんも知っていると思うよ。リボンの色からして一年生だと思うから。ねぇ、どう? 義兄さん、心当たりあ……って、ちょっと、何で頭抱えてしゃがみ込んでるの?」


 はい……確定です。言い逃れ不可能な完全一致です。

 まさか俺の部屋で顔を合わせるより先に、学園内でエンカウントしているとは……。やるなセナチー。昨日の意気込みがここに来て神がかった奇跡を起こしたらしい。さすがセナチー……。

 それにしても、いくら何でも引きが強すぎないか我が義妹(いもうと)よ。ここで『知らない』とトボけるのも不自然だし……どうせ数分後には鉢合わせるのだ。


「大丈夫、義兄さん? 手が痛かったりする?」

「いや、大丈夫だ……。ふぅー。……その子は、知っているよ」

「やっぱり知っていたんだ。どんな方なの?」

「人気ありますよね?」

「四月の段階で二桁の人に告白されてるかな。あとは、特進クラスじゃないのに学年一位だよ」

「すごい! 義兄さんよりも勉強できるなんて!」


 純粋な尊敬の眼差しを向けてくる詩織を見て、俺の中の何かがプツンと切れた。

 ……ええい、もうここまで来たら、家に入ってから盛大に驚けばいいさ。これ以上下手な事前情報を与えず、扉を開けた瞬間の二人の顔を楽しんでやる。完全に出たとこ勝負だ。

 俺はそれ以上瀬那のことは語らず、「いつかもう一度会ってお礼を言いたい」と目を輝かせる二人に対して、『安心してくれ、五分後には会えるさ』と心の中で乾いた笑いと共に囁いた。

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