第61話 詩織の学校見学会①
Side : 東條 詩織
私がスマホでちょっかいを出したせいで、義兄さんが先生に注意されてしまった。少しだけ申し訳ないなと思いつつ、そのあともしばらく教室の後ろから観察を続けていた。
もともと勉強ができるのは知っていたけれど、思った以上に真面目に授業を聞いている姿を見て、やっぱり人は見た目で判断しちゃいけないんだなと、少し見直してしまった。
それは隣で一緒に見ていた親友の麻里も同じだったらしく、教室の窓から離れた後に「お兄さん、結構真面目に聞いていたね」と、少し感心したように漏らしていた。
そんな私たちは今、麻里が見てみたいと言っていた図書室へと向かっている。
受付で簡単な校内マップはもらっているのだけれど……実はさっきから少し道に迷っているのは、麻里には内緒だ。
キーンコーン、カーンコーン。
授業が終わるチャイムが鳴り、教室から人が出てくる気配がわかる。私たちがいる近くの教室からも、人がぞろぞろと出てきていた。ネクタイが紺色なので、義兄さんと同じく一年生のようだ。
教室の上の名札を見ると『化学室』と書かれていたので、実験でもしていたのかもしれない。
その集団の中で、一際目立つ女性の先輩がいた。身長は私より少し低いけれど、綺麗な亜麻色の髪をしていてスタイルが良い。入口付近で、友達や先生と話している。あんな綺麗な人もいるんだなと、思わず見惚れてしまった。
私たちは先輩方の邪魔にならないよう、なんとなく廊下の端に寄って立ち止まる。すると、横を通る先輩たちから、中学生の私たちが珍しいのかジロジロと見られてしまった。見学者用の入校証を首から下げているので堂々としていていいはずだけど、さすがにこれだけ体格の違う高校生に囲まれると少し萎縮してしまう。
「おっ、かわいい子がいるじゃん! 見学者ってことは中学生だよね? ここの高校受けるの? 勉強教えてあげるからさ、とりあえず連絡先教えてくれない?」
「えぇ……」
急に距離を詰めて、話しかけられるのはともかく、まさかこんな堂々とナンパされるとは……。先生だってすぐそこの入口にいるというのに、よくやるものだと逆に感心してしまう。周りの女子の先輩たちが氷のように冷めた目で見ているのに、この人は気づかないのだろうか。
「やめろ、アホ! 見学に来た中学生に絡むな、困っているじゃないか」
「冗談じゃん、怒るなよ天童。……って、痛い! 痛い痛い痛いって!!」
ギブギブ! と騒ぐ声。見ると、少し背の高いイケメンの先輩が、横からナンパ男のこめかみをアイアンクローのようにガッチリと掴んで注意してくれていた。面倒なことにならなくて正直助かったので、密かに心の中で安堵する。
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ、友人が馬鹿な真似をしてすまない。気にせず見学を続けてくれ」
爽やかにそう言い残した彼は、こめかみを掴んだまま「ほら、さっさと行くぞ」「痛いってば!」とナンパ男をズルズルと引きずって行った。周りの友達らしき先輩たちも笑いながらそれに続いて行ったので、きっとこのグループのいつものやり取りなのだろう。
そんな彼らを目で追っていたら、ふいに声をかけられた。
「大丈夫でしたか? クラスメイトが申し訳ありません。いきなり声をかけられて驚かれましたよね」
「いえ、大丈――大丈夫です」
振り返ると、先ほど見惚れていた亜麻色の髪をした女子生徒がすぐ近くにいて、思わず息を飲んでしまった。間近でみると、さらに綺麗なのがわかる。まつ毛なっが! 瞳の色も綺麗な琥珀色をしている。……日本人でこの容姿は反則でしょ。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ……えっと……図書室って、どうやって行ったらいいのですか?」
「……え? 迷ってたの?」
不思議に思ったのか、小首を傾げる仕草で問いかけてきた。見惚れていたなんて絶対に言えないので、何とか誤魔化そうととっさに出たのが「私は迷子です」というのは、我ながら正直どうかと思う。横にいた麻里も驚いていたが、今はスルーする。
「……図書室ですか? それならここの廊下を――」
予想外の言葉だったのだろう。少しぽかんとした彼女は、すぐにふんわりと微笑んで、図書室までの道のりを丁寧に教えてくれた。その顔でその微笑みは反則だと思う。
……クラスは違えど、義兄さんもこの笑顔にはやられるんだろうか? と、どうでもいい事を考えてしまった。
「――と、その奥が図書室です」
「ありがとうございます、助かりました」
「困った時はお互い様ですよ。大したことではありませんので。……それでは、見学会を楽しんでくださいね」
「はい」
彼女はそう言って友達と歩いて行った。立ち去り際も様になっているのが格好いい。
「詩織ちゃん……迷っていたの?」
「迷子って程ではなかったのだけど、話しかけられて焦ったみたい」
「そういうことね。それにしても、すごい美人さんだったね」
麻里が、彼女が去っていった先を見つめて言う。「すごい美人さん」というのには同感だ。アイドルやモデル……モデルは身長の関係で難しいかもしれないけれど、街を歩いていたらスカウトは凄そうだ。
「うん、驚いたよ。義兄さんは知っているのかな? あとで聞いてみようか」
「それがいいよ。あのお兄さんがどういう反応するか気になるし」
「何が気になるのよ……」
顎に手を添えてニヤニヤし始める麻里。また麻里の駄目な癖が出てきそう……。
「う〜ん、だってさ。あのお兄さんって、私が知る限りすごくクールというか、あんまり表情を変えない人だったじゃない? そういう硬派な人も、ああいう反則級の美人さんを前にしたら、やっぱりデレて表情が崩れるのかなーって。普段はクールな強面が、美人な彼女の前だけで激甘になる展開……最高じゃない!?」
「相変わらず、そういうベタな恋愛小説好きよね」
「もちろん、大好物です!」
麻里がそういう恋愛小説や少女漫画を好きなのは、昔からだ。とりわけ『クールなイケメンが特定の彼女にだけ甘々になる展開』には目がない。
他人の恋愛話で勝手に盛り上がるのは別に良いのだけど……その対象として、うちの義兄さんで妄想されると、さすがに困るというか……なんだろう? 胸の奥が少しモヤモヤして、なんだか無性に嫌だ。
――義兄さんがあの美人の先輩にデレデレになる? ……うん、やっぱりなんか嫌だ。
心の中でそう結論づけて、私は隣でヒートアップする麻里の熱い恋愛小説談義を適当に聞き流しながら、目的の図書室へと向かうのだった。
◇
図書室へ着くと、他にも見学者が何人かいた。麻里情報によると、この学校の図書室は、私たちの通っている中学校の図書室より広く、本の種類も豊富にあるらしい。
進学校らしく、難しい本から参考書、専門書まであるが、世間で話題に挙がった本もちゃんと置いてあるようだ。
図書室に入ってすぐの場所に、『新刊のコーナー』が設けられていた。「あっ」と、私は一冊の本を手に取った。これはこの間、賞を取った本で書店でもわかりやすく推されているミステリー小説だ。私は読んだことは無いが、麻里は面白かったと言っていたはず。
私が反応したのは『本』自体ではなく、その横に添えられていた本のPOPだ。そこに書かれていた言葉――
『なぜ、その【嘘】をつかなければならなかったのか?
彼女を気遣ったその【嘘】に気づいた時、
たどり着いた真実は、あまりにも切なく、温かい。
これは、ただの犯人探しじゃない。
愛と後悔が織りなす、人間ドラマの最高峰。
ハンカチを用意してからお読みください。』
と書いてある。内容にも惹かれるが、それよりもこの字だ。この字――
「……義兄さんの字かも」
「えっ? お兄さん!? ……小説も読むって言っていたからあり得るかもね。ただ、図書委員ってのは意外かも」
「うん、意外だよね」
「どうしましたか? なにかお困りで?」
急に横から声がした。振り向くと『司書』とかかれたネームプレートを付けた、丸い眼鏡をかけて髪を一つにまとめ、肩にかけている女性が立っていた。ネームプレート通り、司書さんなのだろう。
「いえ、このPOPが気になってしまって」
「このPOPね……くすっ、良いところに目を付けたわね。これね、今年の一年生が書いたのよ」
(一年生……やっぱり?)
「いつもはぶっきらぼうに仕事している、ちょっと強面の子が書いたのよ。この本が新刊コーナーに置かれていた時に、『東條さんこの本読んでましたよね? せっかくなのでPOP書いてみましょう!』って、当番が同じ女子に言われてね……ふふっ♪」
何かとても愉快そうに笑っている。その時の光景を思い出しているのだろう。
『一年生』で『ちょっと強面』な『東條さん』……うん、間違いなくうちの義兄さんだ。この感じからすると、その一緒に当番だった女子の言う事を無下にできなさそう。
「ごめんなさいね、その時の光景があまりにおかしくて。最初は彼も『いや、面倒だから』ってそっけなくあしらっていたのよ。でもその女子が『強面の東條さんがPOP書いたら、ギャップ萌えで全校生徒が泣きます!』とか『さあ、そのキャッチーな語彙力をここでふんだんに見せつけて! ほらペン持って!』って、まぁ〜子犬みたいにまとわりついてね」
(義兄さん……おいたわしや……)
「でもね、押し切られて渋々ペンを握ったくせに、いざ書き始めたら眉間に深いシワ寄せながら、めちゃくちゃ真剣に文字のレイアウト悩み出して……くすくすっ」
(義兄さん!? なに謎の職人魂に火をつけてるの!?)
「私も読みましたけど……無駄に、いえ、すごくクオリティ高いですよね、このPOP!」
「そうなのよ! 嫌々だったくせに謎の文才と熱意を発揮しちゃって。もううちの専属POP職人に任命しようかしら」
うんうんと言いながら真剣に思案している司書さん。麻里は麻里で、「次は〇〇という恋愛ミステリーの本が良いのではないでしょうか?」となぜか図書委員の仕事にまで提案している。
……ごめんなさい、義兄さん。私ではこの二人を止める事はできそうにありません。
「あぁ~それと、せっかくならそこの栞も持っていって良いわよ。うちの生徒、あまり持っていかないから」
「えっ、詩織!?」
急に下の名前を呼び捨てにされたのかと思って驚いて声を上げてしまったが、司書さんが指を向けた方には、『ご自由にお取りください』と書かれた札の奥に、ケースの中に栞がいくつも置いてあった。
一人で勘違いして少し恥ずかしくなる。
「……あ、栞ですね。こういうのも委員会で作っているのですか?」
「そうよ。……っと言っても、何人かが善意で作っているだけだけどね。さっきのPOPを書いてくれた彼も、いくつか作っていたわね。えっと……確かこれよ」
司書さんは一枚の栞をとって、私に渡してきた。栞にはローマ字で『SIORI』と書かれている。そしてなぜかやたらと格好良く作ってある。
深みのあるマットなブラックの金属製の板。中央には縦に細身のサンセリフ体で、スタイリッシュな『SIORI』という掘られた文字。文字の上下に白い細い線で装飾がされている。上部に空いた小さな穴には、ダークブラウンの細い紐が通されている。
結構凝った作りだった。
(そう言えば、義兄さんってシルバーアクセサリーを作っていた気がする)
「格好いいですねこれ!」
「そう、格好いいのよ。……でもね、彼は不良っぽい見た目だから、これを作ったのが彼だとわかると、持っていこうとする人がいないのよ」
こういう所、無駄に損している気がする。本人はわざとなのかもしれないけど、何か納得がいかない。
「そうなのですね……。せっかくなので、こちらをいただいていきます。たまたまですが、私の名前も”詩織”なので、なにか親近感がわきました」
「ふふっ、詩織ちゃん……ふふ」
「……なによ?」
「別に―♪」
麻里が何かニヤニヤとした目を向けてくるが、それ以上何も言ってこない。
「ちなみに彼、他にもすごくかわいい栞も作ったのだけど、それは同じ当番の子が『可愛い!』って言って持って帰っちゃったわね。ウサギの……なんて言ったっけ? 少し有名なウサギのキャラ。……そうそう『シラタマ』よ。そのキャラの絵を描いていたっけな。それがまた無駄に結構上手だったのが……ふふっ」
(……可愛いウサギの絵を描くなんて、そんなキャラでしたっけ?)
私の中の義兄さんって、『高校生なのに大人びていて、クールで何でも一人でこなせる』ってイメージが強かった。
それなのに、学校では同級生の女子に振り回されて渋々POPを書いたり、可愛いウサギの栞を作らされたりしているなんて。家族も知らない新しい一面が知れて、なんだかちょっと面白かった。
……あのクールな義兄さんが、同級生の女子のワガママに弱いのも意外だ。
……いや、よく考えたら、私のワガママにも少し弱いところがあるかも?
そんなふうに、これまた少しだけ独占欲の混じった変なことを考えるのであった。




