第60話 常識外れな生徒会長
見学会当日。朝から先生に混じって、生徒会のメンバーらしき生徒たちが、校門付近で忙しなく動いていた。受付の準備などをしているみたいだ。
そう言えば、俺は生徒会長の顔を覚えていないことを思い出した。
せっかくなのでと周りを見てみるが、生徒会以外にも手伝いをしている生徒がいるらしく、誰が会長か予想がつかない。マンガみたいに「会長」と書かれた腕章でもつけていて欲しかった。
……まあ、いいか。特段、困ることはないだろう。
俺はその場を横切って校舎に入ろうとする。
「会長! この荷物ってどこに置いたらいいですか?」
「うーん、そこら辺に適当に置いておいて。……今年も面白い人が来ると良いのだけど♪」
タイミングがいいのかわからないが、『会長』と呼ばれた女子がいた。赤のリボンをしているので、二年生だ。どうやら彼女が生徒会長なのだろう。……後半、少し不穏なことを言っていた気がしたが、気のせいだと思いたい。
「さーて、純真無垢な中学生たちを歓迎する準備はいい? 正門のボクが掘った落とし穴、ちゃんとカモフラージュした? うちの学校を生き残れる、野性の勘が鋭い子だけを入学させたいからねー」
「菫、見学会で物理的なふるいにかけるな。あと、穴は俺が埋めました」
「えー! なんてことすんの! くっ……」
気のせいではなかったみたいだ。ここって結構、偏差値高かったよな? その学校でこんなアホなことする生徒会長って……去年の役員選挙で何があったのか本気で気になる。
それに、さっき言っていた『面白い人』って誰のことだったんだろうか。少なくとも俺ではない。俺は中学生の頃、ここの学校見学会に参加していないからな。
「うーん、校門の飾りがちょっと地味だねえ。やっぱり中間テストの赤点組を、見せしめとして正座で並べておくべきだったかな。……よし、今から狩ってくる!」
「菫、頼むから大人しくしててくれ……」
常識外れなことやりすぎだろこの人……。ゲームじゃないんだ、気軽に生徒を狩ろうとするな。マジでなんでこんな人が生徒会長になれたんだ……。
「あっ! 良いところに適役がいるじゃないか!」
彼女はこっちをビシッと指さして叫んでいた。テキヤク? 敵役? ヒーローは誰だ!?
……俺もアホなこと考えるのはやめておこう。
会長の言葉を無視して、再び足早に校舎に入ろうとする。
「待って! そこのピアスくん! ……いやいやいや、今バッチリこっち見てたよね? 目も合ったよね?」
(無視だ無視。こういう手合いは野生のヒグマと同じだ。目を合わせたら食われる)
俺は一切顔を向けず、あからさまに歩くスピードを上げた。
「あ、逃げた! 素早い! 逃げる獲物を追うのはハンターの性だよー!」
(……だから、あんたがハンター側なのかよ。無視だ無視)
俺が足早に通り過ぎようとした、次の瞬間。
「はい、とおせんぼっ!」
「うおっ!?」
いつの間にかヒュンッと先回りしていた会長が、通せんぼをするように両手を広げて立ち塞がっていた。どんな身体能力してんだよ。
気にせず無言で横に避けてそのまま進もうとすると、制服の袖をガシッと力強く掴まれた。
「ボクを綺麗に無視していかないでよ、東條くん!」
「……初対面のはずですが、何で俺の名前を知っているんですか?」
「え? 何言っているの? 有名人でしょ、キミ。せっかくだから、ちょっとボクからお願いがあるの!」
顔の前で両手をパンッと合わせて、片目だけ開けて可愛らしいお願いのポーズをとる生徒会長。何が『せっかく』なのかは全くわからないが、絶対に面倒な事なのはわかる。
俺がジト目で無言を貫いていると、彼女は片目だけ開けたままチラチラとこちらの様子を伺っている。
「はぁ……」と、少しため息をついてから言った。
「……聞くだけ聞きます。聞くだけなら」
「ほんと! ありがとう! 今日の学校見学会さ、キミには受付のテーブルにドカッと座っていて欲しいのさ!」
「なんでですか?」
「もちろん! キミのその威嚇で怯まない、骨のある中学生だけを選別したいから!」
「はぁ!?」
駄目だこいつ、マジでアホすぎる。その謎の選別試験をくぐり抜けた中学生を集めてどうする気だ。うちをただの不良の巣窟にしたいのか?
「……おい、菫。いい加減怒るよ? 東條も朝からごめんな。こいついつもこんな常識外れなことしか言わないから、呆れただろ」
「なんだと、尊! ボクのどこが常識外れでアホな子だって言うんだよ!」
誰もアホの子とは言っていない。俺が考えていただけだ。
プンプンと頬を膨らませて怒る生徒会長を、ひどく呆れた目で見て深くため息をついた後、尊と呼ばれた長身の二年生の男子が、俺の方を向いて申し訳なさそうに言う。
「こいつの戯言は気にしないで良いから、このまま教室に行ってくれ。もちろん受付の件も完全に無視していいから。……頭が残念な子なんだよ、こいつ」
「おい尊! 流石に生徒会長であるボクに向かって失礼じゃないかな!?」
キャンキャンと吠えながら背後から尊先輩にガスガスと蹴りを入れる生徒会長を見ながら、俺は一言「では、後はお任せします」とだけ伝えて、逃げるようにその場を離れた。
その間、生徒会長は尊先輩に襟首を猫のようにガッチリと掴み上げられているため、前へ進めず手足をジタバタと暴れさせるだけだった。
「……はぁ。朝からどっと疲れた」
ただでさえ今日は『義妹が家に来る』という特大のミッションを控えているというのに。俺は疲労感たっぷりの足取りで、そのまま自分の教室に入るのだった。
「よっ。朝から会長に絡まれるなんて、人気者は辛いな!」
教室に入るなり、ニヤニヤとウザい笑顔で近づいて来て余計な一言を放つ浩紀の脛を、俺が無言で蹴りの一撃をいれたのは言うまでもない。
◇
授業が二時間目になると、廊下が騒がしくなるのが聞こえてきた。
一時間目の間に簡単な説明をして、二時間目から自由に見学が始まるのが今日のスケジュールだ。俺のクラスのこの時間は現国という、見学しても特段面白くない科目だろうが、それでも何人かの中学生と保護者が教室を覗きに来ていた。
参加者が一体何に興味を持ったのかはわからないが、担当の三波先生は、少し緊張した面持ちで授業を進めていた。
そんな三波先生のことを言っておいてなんだが、かく言う俺も、無意識に姿勢を正しながら授業を聞いていた。もちろん、俺が見られているわけではないのはわかっている。しかし、どうしてもいつもと違う環境に、地味に緊張しているようだ。
「……(じーっ)」
……訂正する。どうやら、バッチリ見られているようだ。
いくらピアスをしている生徒が珍しいのかもしれないが、背中からそんなに集中して視線を送ってくるものではないと思うのだが……。
俺は居心地の悪さと少しの緊張をほぐすために、無意識に包帯を巻いた左手でピアスを触りつつ、右手でシャーペンをクルクルと回す。
すると、ブレザーのポケットの中でスマホが『ブルッ』と短く振動した。癖で机の下でこっそり通知の画面を確認すると、背中から注がれる視線の正体がはっきりとわかった。
『手遊びしてないで、ちゃんと先生の授業聞かないと』
詩織からのメッセージだった。
俺は思わず教室の後ろを振り返りたい衝動を何とか抑え込んで、机に突っ伏して頭を抱えた。どうやら、この教室を覗きに来ている中学生の集団の中に混ざっているみたいだ。
義兄がいるからといって、わざわざ新鮮さの欠片もなさそうな現国の授業を見に来たのだろう。本当に暇な奴だ。
俺は教卓の三波先生に見つからないように、手元で素早くフリック入力をして返信する。
『お前、わざわざ見にきたのか。俺のことは気にせずに他のところに行けよ』
『いいえ、しばらくはこのまま観察します』
『見られてるの、微妙に恥ずかしいのだけど……』
『へえ。……良いことを聞きました』
何を言っているんだ、詩織は……。
わざと俺が恥ずかしがるのを面白がっているとしか思えない。
どうにかしてアイツを追い出す口実はないかと、真剣に頭を悩ませていると――
「……東條くん。スマホはしまって、ちゃんと授業に集中してください」
「あ、すみません……」
完全に油断していた。手元のスマホに気を取られていたせいで、三波先生に名指しで怒られてしまった。クソっ、恥ずかしい……!
浩紀と和人の『ブフッ』と吹き出すのを必死に押し殺した笑い声が聞こえてくる。
その後も、背中を突き刺すような詩織からのジトッとした視線は、授業が終わるチャイムが鳴る少し前までずっと続くのだった。
……無駄に緊張して、ここでも疲れた。
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