第59話 学校見学会前夜の相談
学校見学会が明日に迫った夜。瀬那が晩ご飯を作ってくれている最中に、詩織から電話がかかってきた。
予め学校見学会には来ると聞いていたので、そのことで連絡があるのだろう。ただ、電話は珍しい。いつもはメッセージでやり取りをしていて、わからない問題が出た時だけ、テレビ電話をすることがあるぐらいだ。
俺は自分の寝室に入って電話に出た。
「はい」
『もしもし、義兄さん?詩織です。明日のことで電話しました』
「やっぱりそうか。……と言っても、こっちに来るってだけだよな?」
『基本はそうかな。麻里も一緒に行くことになったよ。あと、終わったら会えないかな?』
『麻里』とは、詩織の幼馴染で同級生の浅田麻里のことだ。親友と言っていいほど仲が良く、俺も一度会ったことがあるが、大人しい子だった。メガネをかけていて、普通のおかっぱではなく、おかっぱボブという髪型らしい(以前、詩織から聞いた)。
そして、詩織の周りで俺たちが義兄妹ということを知っている、数少ない人物でもある。
詩織としては親友に隠し事はしたくなかったらしいし、そもそも幼馴染なので、俺という『一つ上の兄』が以前はいなかったことを知られているからだ。
これと言って俺には不都合があるわけではないので、実家にいる時に会って挨拶したわけだが。
「そうなのか……俺と会って大丈夫か?」
『何、心配しているの。……大丈夫だから。初めて会った時だって、最初は緊張していたけど、最後は打ち解けていたでしょ?』
「まあ、それなりには……」
初めて会ったのは、勉強でわからないところがあるということで、詩織が連れてきた時だ。最初は明らかにビビっていたのだが、途中からそれなりに話せるようになっていたので、彼女も彼女で見かけによらず度胸があるのかもしれない。
『それと……これはお父さんとお義母さんからなのだけど。義兄さんの部屋に行って来いって。どうなっているか、ちゃんと生活しているか見てきなさいって言われたよ』
「……マジか」
『大マジよ。「両親は駄目でも、私なら大丈夫でしょ」って。……やっぱり気になっているみたい。こないだの件もあって、余計にね』
詩織が言っている『こないだ』は、俺が最後にキレて食事会を飛び出した日のことを言っている。
俺はストーカーに刺されて怪我をしたことは言っていないし、須藤先生も伝えていないと聞いた。両親が知ったら面倒になるのはわかり切っているから、警察からも話がいっていないみたいだ。正直、助かる。……警察の職務として良いのかどうかは微妙なところだけどな。
あの血相を変えて出て行ったのだから、気にするのも仕方ないか。母さんにも結構キツイことを言った記憶がある。
(ぶっちゃけ、瀬那のことで頭がいっぱいだったから、あまり覚えていないのだけど)
「気にしないでほしい……とは、今回はさすがに言えないか。まあ、詩織なら嫌じゃないし、準備しておくよ。ただ、麻里ちゃんにも家の場所は口止めしておいてな」
『うん、わかった。ついでに聞きたい問題あるから、明日教えてもらっていい?』
「あぁ、もちろん」
『ありがとう!』
その後、少し雑談をして電話を終えた俺は、ふぅと息を吐いてリビングに戻る。
瀬那がちょうどキッチンでホカホカのご飯をよそっていたので、俺はおかずやら何やらをテーブルに運ぶのを買って出た。つい無意識に包帯の巻かれた左手を使おうとすると、瀬那が「ぷくっ」とわかりやすく頬を膨らませて無言の抗議をしてくるので、大人しく右手だけで一つずつ運ぶことになる。
今日の晩ご飯は、なめこのお味噌汁に、メインの特製ハンバーグとポテトサラダ。それと作り置きのお惣菜がいくつか並んでいる。
……なめこの味噌汁って、とろみがあってすごく美味しいんだよな。ポテトサラダもただジャガイモを潰しただけではなく、中にこんがり焼いた角切りベーコンを入れて、黒コショウをふんだんに効かせている大人の味だ。
「さあ、冷めないうちに食べましょうか」
「ああ。美味そうだな」
二人で向かい合い、同時に「いただきます」と手を合わせて、俺たちは食べ始めた。
――さて。一口食べてハンバーグの肉汁に感動しつつも、俺は目の前で美味しそうに白米を頬張る同居人をチラリと見る。
明日、この部屋に妹とその親友がやって来る。
……どうやってその『爆弾』を切り出そうか。俺はハンバーグを咀嚼しながら、密かに頭を悩ませていた。
わざわざ外で待っていてほしいとは言えない。お願いすればしてくれるかもしれないが……なんとなくだが、瀬那は詩織が来ると知ったら、嬉々として会いたがる気がしてならない。
(考え過ぎても仕方ないので、ドストレートに言うとするか……)
「そうだ。……瀬那、明日のことで相談があるのだけど、いいか?」
「はい、大丈夫ですよ。先ほどの電話で何かありましたか?」
察しが良くて助かる。「大したことではないんだが」と前振りをして、詩織にお願いされたことを伝える。
「さっきの電話、詩織からだったんだけど、明日の学校見学会に来るってさ。それで、終わったらうちに寄りたいって話になって――」
「詩織さんがいらっしゃるのですか!? それはきちんとご挨拶しなければ! しっかりおもてなしもさせていただきます!」
(やっぱりか!)
「――それは助かるのだけど、……詩織に会うのは嫌じゃない?」
「全く嫌じゃないですよ! むしろ、いつかきちんとご挨拶したいと考えていたぐらいですから!」
「お、おぅ……ありがとう」
瀬那のテンションが異様に高いのが少し気になるが、嫌ではないのなら助かる。
家に来る以上、同居のことは伏せるとしても、瀬那と接触しないわけにはいかないだろう。特別なおもてなしをする必要は無いと思うが、普通の来客対応ぐらいはしないとな。
「そうそう、麻里ちゃんっていう、詩織の幼馴染も来るらしいから、四人分の茶菓子は用意しておくか。少し遠回りになるけど、あの駅前の洋菓子店でケーキを買って帰ってくるよ」
「それなら、私は先に帰ってお昼の準備しますね。学校までお迎えに行った方が良いですから、待たせないようにしないとです。……仲良くなれるか心配です」
「ありがとう。それは大丈夫だと思うけどな。礼儀正しいところは似ているし」
「それなら良いのですが。朔也くんの妹さんなので、粗相しないようにしないといけませんね」
学校見学会の日はいつもの平日と違い、午前の授業だけだ。部活動は昼食をはさんで、午後から行うことになる。
学校見学会の参加者も昼までで一旦終わりになる。その間、授業の様子を見たり、学校施設を見学したりする。午後はそのまま帰宅しても良いし、部活動の見学をしても良い。
昼食は学食が開放されるので、参加者は学食を使うこともできるが、もちろん持参した弁当でも問題ない。在校生は逆にこの日だけ学食が使えないので、部活動がある生徒は弁当を持参するか、近くにある飲食店やコンビニを使う必要がある。
「さっき話をした限りだけど、昼食はせっかくなので学食を使ってみたいって言ってた。そのあと軽く部活動を見て回るかもってさ。だから、迎えに行くのは早くても14時ぐらいじゃないかな」
「うぅ……どうしましょう。なんだか今からすごく緊張してきました」
「なんでだよ」
何故かそわそわと落ち着かない様子の瀬那を、俺は苦笑いを浮かべながら見つめた。
詩織に会うことにひどく緊張しているらしいが、理由がいまいちよくわからない。いくら俺の身内とはいえ、相手はただの一つ下の中学生女子だ。瀬那がそこまで畏まって緊張するような相手ではないと思うのだが……。
「これから長い付き合いになるのですから、ファーストコンタクトは絶対に失敗できないからです」
「……長い付き合い?」
「ええ、そうですよ。長ーい付き合いになります」
さも『当たり前でしょ?』と言わんばかりの風に、瀬那はコロンと小首をかしげ、意味深に微笑みながら俺の顔をじっと見つめている。
……あぁ、なるほど。詩織がもしうちの高校に『入学したら』ってことか。
俺がいる以上、学校でも絡む機会は多くなるはずだから、確かに間違ってはいない。それに瀬那と気が合えば、図書室なんかで交流する機会も自然と増えるだろうしな。
――うん。今は、これ以上深くは聞いてはいけない気がする。
「……そうか。まあ、気負いすぎずに頑張ってくれとしか言えないな」
「はいっ、頑張ります!」
瀬那は「ふんすっ!」と可愛い擬音が出そうな感じで、胸の前で両手の握りこぶしを作って気合を入れていた。
俺は彼女のこの空回りしそうなほどの気合が、明日の本番で爆発しないことを密かに願うしかなかった。まあ、この二人なら『混ぜるな危険!』ほどの相性問題が起きるようには見えないので、きっと大丈夫だろう。……たぶん、きっと。




