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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第二章

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第58話 浩紀が見た

 Side:前川 浩紀


 朔也が南雲さんを助けてから数日。左手を痛そうにかばいながら生活している姿を見ていると、何か手伝えないかと考えてしまう。ノートの代筆も考えたが、俺の字がそこまで綺麗ではないというのもあるし、そもそも利き手の右手が無事なためか、普通にノートを取っている。その姿の朔也を見ると、あいつはやっぱりどこかおかしい(褒め言葉)と再認識した。


 入学時、朔也は目立っていた。進学校と言うくらいだから校則も結構厳しいのではないかと考えながら迎えた入学式。講堂でクラスごとに集まって座ったその中にいたのは、ピアスをジャラジャラつけた一人の男子。髪は染めているわけではないが、目つきは悪い。それなのに綺麗な所作で椅子に座っている。不良なのか? 不良じゃないのか? よくわからない存在、それが俺が初めて見た東條朔也だ。

 ……ちなみに、朔也の周りには誰も座っていないという異質な状態で、最初から完全に腫れ物扱いだったが、それでも朔也は堂々としていた。俺はそれを見て『すごい奴』と感じたのを今でも覚えている。


 教室に集まって、三波先生からの話が始まっても俺は、少し離れた所に座っている朔也にどう話しかけようかと考えていた。せっかく同じクラスになったんだ、こういう男とは仲良くなりたいと。

 ホームルームが終わっても何も思いつかず、結局当たって砕けろの精神で話しかけた。朔也の面倒くさがりな性格を知った今、よくあの時に答えてくれたものだと不思議に思わなくもない。ただ、呆れを通り越して、嫌な顔をしていたけどな。

 なんだかんだ言って優しいところがあるから、不良っぽい生徒に話しかけて注目の的になっていた俺のことを気遣ってくれたのかもしれない。


 「朔也は優しいと思うぞ」と俺が言うと、あいつは嫌な顔をする。だけど、家族でもなければ付き合ってもいない同級生を、わざわざストーカーから助けるか? 左手に大怪我をしても、自分より助けた女子を優先するか? 優しくなければ絶対に助けないと思う。ほぼ初対面の女子からちょっかいをかけられても、嫌な顔はしつつ無下にしないしな。

 俺はこいつの不器用ながら、周りをちゃんと見て、必要な時には動ける優しいところを尊敬している。


 ――だからこそ、今、俺はキレている。


 もちろん、朔也に対してではない。

 人助けだからと言って、自分を大切にしないのは正しくないっていう人もいるだろう。その考えも理解できるが、自分を犠牲にしてでも他人を助ける行動ができるのはやっぱりすごいことだ。うちの親父みたいに。


 ――だからこそ、それを貶すような行動には虫唾が走る。


 ついさっきのことだ。ジュースを買いに、朔也と一緒に教室から出た時だった。

 教室に入ってくる女子と入れ違いに、俺が廊下に出た瞬間――


 ドゴッ!


『……っ!』


 硬い鞄の角か何かがぶつかるひどく鈍い音。それと同時に、朔也の苦痛を堪えるような、くぐもったうめき声が耳に届いた。


『へ? どうした、朔也……!?』


 慌てて振り向くと、左手を庇うように強く押さえ、ドア枠に寄りかかる朔也の姿があった。普段は滅多に表情を崩さないあいつが顔を顰め、額にはうっすらと脂汗まで浮かべている。痛いなんてレベルじゃないのは明らかだ。


『おい、大丈夫か!』

『あぁ……少し、ぶつかっただけだから。問題ない』

『問題ないって、お前それ……!』

『あら、ごめんなさい。すれ違いざまにカバンが当たってしまったようね』


 俺の焦る声を遮って、わざとらしく高い声が響いた。

 見れば、クラスメイトの梅沢が、重そうなスクールバッグを手に下げて立っている。その口元はニヤニヤと歪んでいて、今の謝罪の言葉に欠片も心がこもっていないのが明確にわかった。

 こいつ……わざと朔也の怪我した腕を狙って、カバンをぶつけやがったのか!


『梅沢! お前、こいつが怪我しているって知ってて、わざとぶつけたのか!』

『だから、わざとではないわよ? ここ、狭い通路だから。たまたま……そう、”たまたま”ぶつかってしまったのよ。不可抗力なんだから、そんなに青筋立てて怒っても仕方ないでしょ?』


 嘲笑うような、人を小馬鹿にした態度。わざとやったと全身で主張しながら、言葉だけは被害者ぶるその胸糞の悪さに、俺の中で何かがブチッと切れた。


『てめぇ……ふざけんなっ!』


 胸ぐらを掴んでやろうと、梅沢に向かって一歩踏み出した、その時だった。


『――落ち着け、浩紀』


 横からスッと伸びてきた右手が、俺の腕を万力のような力でガッチリと掴んで制止した。

 ――朔也だ。


『離せよ朔也! こいつ、お前の手をっ……!』

『俺は大丈夫だから、気にするな。……それに周りを見ろ。ここで感情任せに梅沢に手を出せば、お前が一方的に非難されるぞ』


 最後の方は小声で、俺にだけ聞こえるように、ひどく冷静な声で告げられた。

 ……こいつ、自分が痛い思いをしているに俺の立場を気にしているのかよ。


『でもさ!』

『わかってる。大丈夫だから、ほら、自販機に行くぞ』


 そう言って、朔也は俺の腕を強引に引き、梅沢から距離を取るように歩き出した。振り返ると、自分の手を汚さずに俺たちを苛立たせたことに満足したのか、ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべる梅沢の顔が見えた。今すぐ引き返してあの顔面を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、俺を引っ張る朔也の手の力が強くて、どうすることもできなかった。


 ――そのようなことが先ほどあったわけだが。

 今、俺たちは自販機に続く道を歩いている。俺はまだ怒りが全く収まっていない。


「すまん、浩紀。自販機には一人で行ってくれ」

「え? なんで?」

「……血が滲んできた。保健室に行って包帯取り換えてくる」


 朔也が左手をひらひらさせて俺に見せてきた。そこには、赤く血が滲んでいる包帯があった。

 刺されてからまだ数日しか経っていないのだ。ある程度血が止まっているとは言え、まだ完全に傷は塞がっていない。その手に、硬いカバンが強く当たったんだ。せっかくくっつきかけていた傷が開くのも当たり前だ。


「俺も一緒に保健室に行くよ。心配だからさ」

「歩けるから大丈夫だぞ?」

「お前なぁ……そういう所だぞ」


 前言撤回するわけではないが……少しだけ、自分を大切にしないこいつに呆れてしまった。

 あの時、朔也に本気で怒った南雲さんも、こんな気持ちだったのかもしれないな。


「いいから行くぞ」

「マジかよ……。傷口は見ない方が良いぞ」

「むしろ、写真撮ってやる!」

「なんでだよ!」


 俺たちは、少しだけ空気を軽くするような変なやり取りをしながら、保健室へと向かうのだった。


 ◇


「あらら、そりゃ酷いことをする子もいるもんだ。……血が出てるから、包帯取る時いつもより痛いからね」

 保健室に着くと、友利先生がてきぱきと包帯を外し、傷を消毒していた。いつもだらだらしている印象しかないが、この姿を見ると同じ人かと疑いたくなる。

 ……それにしても、傷口えぐいな。さっきは冗談で言ったが、撮った写真を梅沢に見せてやりたい気持ちがある。お前はこの傷にカバンをぶつけたのだって。


 ガララッ


「失礼します」


 扉を開けて入ってきたのは南雲さんだった。タイミングが良いな。

 ただ、それを見た朔也は、露骨に嫌な顔をしていた。


「げっ」

「『げっ』とはなんですか! 『げっ』とは」

「……保健室に何か用か?」

「もぅ……。左手を押さえて保健室の方に歩いていく、東條さんと前川さんを見たって、金森さんがおっしゃっていたから……。やっぱり、何かあったのですね」


 二人の会話を全く気にせず傷口の手当てをしている先生を見て、南雲さんは確信したようだ。言い逃れはできないぞ、朔也。『応援はしてやるよ』と、心中でエールを送る。


「何があったのですか? 傷口、開いてますよね?」

「……大したことではない。ちょっとぶつけただけだ」

「……気を付けてくださいね」

「違うよ南雲さん! 実は――」

「おい! 浩紀やめろ!」

「はーい、動かないでねー。ちゃんと手当てできないからー」


 先生に押さえつけられて動けない朔也を無視して、俺はさっき起きた出来事――を南雲さんに包み隠さず伝えた。


「――ってことがあったんだ」


 言い終えた瞬間。

 ……ふと、急激な寒気が保健室の空気を撫でた気がした。


「へぇー……。東條さんに、そんなことを」


 南雲さんの声から、一切の感情が消え失せていた。

 いつも朗らかに笑う彼女の目と声が、急速に、そして冷たくなっていくのが肌でわかる。


「相変わらず、理解不能な行動をしますね、あの人は」


 ……南雲さんって、こんな恐ろしい雰囲気を出すことができるのか。

 いつもの品行方正な優等生の顔でもなく。朔也に絡んで楽しそうにしている悪戯っぽい顔でもない。ただそこに立っているだけで、俺の背筋に氷を当てられているような、本能が警鐘を鳴らすほどの冷酷な表情。


 ――間違いなく、怒っている。それも、静かに、完全にキレている!


「ちょっと、梅沢さんとお話ししてきますね。東條さんはそこで手当てを受けていてください」

「おい待て! 馬鹿、お前が行ったら絶対ややこしいことになるだろ!」

「放してください。私はただ、少しお話しするだけですから」

「目が笑ってないんだよ! 頼むから落ち着けって!」


 手当て中の朔也が、静かな怒りを纏って教室へ行こうとする南雲さんを必死で引き止め、なだめるのにかなりの時間を要したことは、言うまでもない。

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