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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第二章

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第57話 隣にいるから歩ける一歩

 Side : 南雲 瀬那


 いつも通りバイトが終わる一時間ぐらい前に、朔也くんはカフェにやってきました。

 彼は着替えもせず、制服のまま来たのは左手が使いづらいので、着替えるのが面倒になったのかもです。

 私は店長に彼が来たことを伝えて、すぐに仕事に戻ろうとします。すると――


「待って、南雲ちゃん。一旦、事務室の方に来てくれる?」

「え? はい、わかりました」


 店長はそう言うと、今度は列に並んでいる彼に近づき話しかけていました。

 距離が少しあるのと、店内のBGMで何を言っているかわかりませんが、そのまま彼を連れて、事務室に向かっていきます。私も遅れてそれに続くように歩き出しました。


 店舗には事務室兼バックヤードが隣接されています。長時間の休憩はルナポート側が用意している従業員用の大休憩室へ移動しますが、軽い説明や事務手続きなどはこの小さな部屋で行います。


「本当に、申し訳ございませんでした!」


 店長はすごい勢いで体を90度に曲げました! 部屋に入るや否や、店長が朔也くんに謝罪しています。土下座する勢いとはこのことを言うのでしょうか。

 正面にいる朔也くんは、唖然としていました。すぐに苦笑いをして後頭部をかいています。目をつむって少し考えた後、軽くため息をして話しかけました。


「あの……店長さん。別に店長さんが俺に謝罪する必要はないです。お店側に落ち度があったわけではないですし。瀬那にしたって、お店に問題があったとは思っていないですし……だろ?」


 最後の言葉に、私を見て問いかけました。


「はい、もちろんです」

「そういう事です。どちらかと言うと、ストーカーのことを黙っていたこちら側が原因ですので……。俺の怪我を気にしているということですが、自分がしたくてやった事なので、気にされても困ります」

「そうですか。……南雲ちゃんの言った通りね」

「ふふっ、そうでしょう」


 言い当てられたことがなんとなく誇らしくて、軽く胸を張ってしまいました。すると、横の朔也くんに「ジロリ」と軽く睨まれてしまいました。失敗、失敗。


「怪我は本当に大丈夫なん……ですか? 手を刃物が貫通したって聞きましたけど……」

「せっかくなので、俺に敬語も不要です。瀬那に話す時と同じ感じで大丈夫です。怪我は……もちろんまだ完治していませんが、普通に暮らす分には全く問題ありません」


 先ほどは店長の手前、私も「普通に暮らすのは問題ない」と答えましたが……。本当は痛いくせに、平然と答えますねこの人(朔也くん)は……。わかっていますよ。これ以上重く気に病まないように、彼なりの不器用な気遣いで言っているのは、よくわかっています。

 でも、同じ部屋で同居している私はちゃんと知っています。本当は生活がどれだけ不便で大変なのかを。お風呂に入るにも、制服の着替え一つにも、片手では苦労しているということを。


 ですから近いうちに、お風呂の介助は無理やりにでも強行するつもりです。

 片手でちゃんと体を隅々まで綺麗に洗えているのか、同居人として非常に心配ですからね。もし不衛生にして傷口が化膿したり、病気になられても困りますもの。

 ええ、これはあくまで純粋な看病のためです。決して一緒にお風呂に入りたいとか、そういう他意は一切ありませんよ?


「そう、それなら少し安心したわ。でも何かあれば私に何でも言ってね? 個人的に手助けできることなら何でもするから。それにしても、こんなに大怪我しているのに、こうやってお店まで迎えに来るなんて――南雲ちゃん、本当に愛されているねぇ♪」

「はいっ♪」

「……おい」


 隣で朔也くんが『何ドヤ顔で肯定してんだお前』とでも言いたげな呆れた顔をしていますが、華麗にスルーします。

 別に変なことは言われていませんし、私も嘘は言っていません。なんて言ったって、私たちは立派な『恋人(偽)』なのですからね。

 ……いつまでこの曖昧な関係でいられるかわかりませんが、彼が何か言うまでは、絶対に私から訂正するつもりはございません!


 ◇


 その後は再びカフェのフロアに戻って、仕事を再開しました。朔也くんはまた列の最後尾に並び直そうとしていましたが、店長が「せめてもの謝罪とお礼だから」とのことで、お支払いはお店持ちにしてくれました。


「どれにするか悩んでいるようでしたら、私が丹精込めて作る『南雲スペシャルメニュー』にしますか? どうですか? 絶対にそれが良いと思いますよ? ね、そうしましょう!」

「いや、なんか甘そうだからそれはやめ……お願いします」

「ふふっ♪ ご本人から直々にお願いされたのでしたら、彼女として腕を振るうしかありませんね♪」

「えぇ……お前、絶対に引く気なかっただろ……」


 私の有無を言わせない満面の笑み()を見て、朔也くんは早々に抵抗を諦めたようにため息をつき、お願いしてくれました。

 私が無理やり決めさせたかって? いいえ、決してそんなことはありませんよ。

 隣で見ている店長が、その夫婦漫才のようなやり取りを愉快そうにくすくすと笑っていたので安心しました。これで少しでも、店長の重く沈んだ気持ちが軽くなると良いのですが。

 私は、朔也くんが「なんだよ南雲スペシャルって……」と首をかしげながら空いている窓際の席へ移動するのを、嬉しく見送りました。


「本当に仲が良いのがよくわかるわ。微笑ましい。……それにしても、あんなに見た目が怖い彼氏さんなのに、主導権が完全に南雲ちゃんにあるのも面白いのね」


 (はた)から見たら、私の方が主導権を握って彼を尻に敷いているように見えるのですね。それは想定外です。

 本当は、朔也くんが優しすぎるから、本当に危ないことや駄目なこと以外は、私のワガママに呆れながらも許してくれているだけなのですけどね。


 カウンター内で自分の仕事を再開すると、また、いらないことをコソコソと言う方がいます。


「なんか窓際の席に、手に仰々しく包帯を巻いてるピアスがジャラジャラした怖い男いるけどさ。あいつ、中二病かなにかかな。マジでウケるんだけど」

「……ちょっと石田くん。あの人が、さっき言ってた南雲ちゃんの彼氏よ。手の包帯、普段はしてないの。きっと、さっき南雲ちゃんが言っていた怪我よ。あんな痛々しい大怪我を……。かわいそうに、すごく痛かったでしょうね。ほら、ジロジロ見ないで早く仕事に戻る!」

「……はい」


 桜井さん、ナイスフォローありがとうございます。桜井さんがピシャリと止めてくれなかったら、私は笑顔のまま、また彼に暴言(きつい言葉)を投げかけていたかもしれません。

 私は石田さんの哀れな姿をそのまま完全に無視して、待っている朔也くんに渡すための、ずっと前から考えていた甘い甘い『スペシャルメニュー』を一生懸命に作るのでした。


 ◇


 暗くなった帰り道。朔也くんの包帯を巻いた左手に負担がかからないように、私は彼の左腕にそっと抱きつきながら家路につきました。

 いざという時に彼が自由に使える右手を塞がないようにした方が、安全だと思ったからです。

 ……はい、半分嘘です。もう半分は、暗くなったことで少し恐怖を感じて、ただ朔也くんといつもより密着しておきたかったからです。


 あの男が今ここに現れるはずがないのは理解していますし、すぐ横に頼もしい朔也くんがいるので安心しているのもたしかです。だけど……やっぱり、あの日襲われた暗がりの場所の前に着くと、どうしても足がすくんで止まってしまいました。


「……大丈夫か? 無理なら、少し遠回りになるけど別の道から帰るか?」

「……大丈夫です。ここで逃げても仕方ないです。この先、いつか通らなければならない道ですから」

「そうか。それなら、瀬那が落ち着くまでずっと待っているよ」


 脳裏に、あの焦点が合っていない、狂った男の目がフラッシュバックします。その瞬間、「びくっ」と小さく体が震えましたが……朔也くんの大きな右手が伸びてきて、震える私の左手にそっと優しく触れてくれました。

 言葉は無くとも、その温もりだけで『大丈夫、俺がいるから』と言ってくれているようで、凍えていた心がじんわりと暖かくなります。

 立ち止まっていたのは、時間にして一分もなかったと思います。しかし、私の体感としては数十分、一時間といった長い錯覚さえ感じました。その間、朔也くんの確かな体温と鼓動を感じて――


「……行きましょう」


 そう言って、私は勇気を出して前へ一歩を踏み出すことができたのです。隣に彼がいるなら、一歩進めばもう大丈夫です。


「さあ、帰ったら晩ご飯は何にしましょうか? 時間も遅くなってしまったので、パパッと簡単なものになるのは許してくださいね」

「俺を何だと思っているんだ。疲れてるのに作ってもらうんだから、そんな理由で怒ったりしないよ。……と言うより、ごめん。夕飯、もう作ってあるんだ」

「……えっ? 私、今日は作らなくて良いって言いましたよね?」

「……冷蔵庫の余り物で、片手でもなんとかなったから。ほら、炒め物くらいなら」

「すぐそうやって無茶するんですから! 包丁だって危ないのに! もうっ、今日という日は本気で怒りますからね!」


 さっきの震えるような恐怖なんて、最初からなかったように。私たちは呆れるほどいつもの調子で、文句を言い合いながら歩きました。

 あのおぞましい事件は、たった二日前のことですが、私の中ではもう二日も経った『過去のこと』です。どうでも良い男のことなんてさっさと忘れて、これからの彼との温かい生活のことを考えましょう♪

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