第5話 お互いに知らないところ
俺は商業施設のベンチで頭を抱えていた……。左手でピアスに触れて、落ち着こうとする。
(どうしてこうなった……)
カフェで南雲 瀬那に会ったのは、まだいい。状況から見てバイトだろう。うちの学校はいわゆる進学校だが、バイトを禁止しているわけではない。保護者の許可と学校への申請をしていれば問題ない。もちろん、学業をおろそかにしないこと前提だが。
知り合いに会ったら気まずくなるのは仕方ないが、それ自体は問題にならないはずだ。それなのに――
『二階の駐車場側にあるベンチで待ってて』
南雲からメモを渡された。
急いでいたのか、字が少し乱れている。委員会で見た時の字は、もっと綺麗だった。……俺もあれくらい綺麗に書けるようになりたいものだ。
そういえば、さっきの南雲は他にもいつもと違っていた。
まず、メガネ。目が悪いのかは知らないが、よく似合っていた。
……美人ってずるい。
それから、髪。
いつもは下ろしているのに、うなじの辺りでまとめていた。ローポニーだったか。あれもよく似合っていた。
――いや、現実逃避はここまでにしよう。
なぜ待たされているのか、先に考えておくか。深呼吸して意識を切り替える。
右手の人差し指を立て、指の付け根を口元に当てる。考え込むときの癖だ。ピアスに触るのと同じ、俺のルーティンの一つ。
何があったか――バイトがばれた。
だが、内容に問題はない。勤務先は有名なコーヒーチェーンだ。パ〇活や風営法に触れるような危ないものじゃない。
そもそもバイト自体も禁止されていない。うちの学校は申請さえ通せば問題ないはずだ。
印象の問題か?
金持ちアピールをしているタイプにも見えない。
……なら、なぜ呼び出された?
そうなると――単純に、バイト先が知られたこと自体が問題の可能性が高い。問題は、なぜそれが困るのかだ。
“良い意味で有名人”の南雲は人気が高い。先月だけでも二桁は告白されていると聞く。
もし、誰にもバイト先を教えていなかったとしたら。知られたことで、出待ちや店で絡まれる――そんな面倒が起きる可能性は十分ありえる。
……なるほど。バラされたくない、か。
「だから呼び出したのは、口止めってことか」
考えがまとまったので気持ちが落ち着く。
ちょうどそのタイミングで、南雲がやって来た。
「お待たせしました、東條さん」
「バイトお疲れ様、南雲」
「ありがとうございます。それで、早速なのですが……不躾ながら一つお願いがあります」
「……」
やっぱり来たか。俺は少し身構えて話を聞く体制になる。
「できれば、私がここでバイトしているのを学校の皆には黙っていてほしいのです」
「あっ……ごめん、もう浩紀にメッセージしちゃった」
「えっ!?」
少しの静寂の後――
「――嘘です。誰にも言ってないよ」
「……(じーっ)」
……めちゃくちゃ睨まれた。美人に睨まれると蛇に睨まれた蛙のように竦むと聞くが、この子の場合は小動物が威嚇しているようで、どこか可愛い。
「ごめんごめん、ちょっとした冗談」
「東條さん、いじわるです」
「悪かったって。ちなみに、バレたくないのは面倒な事を避けるため? 学校の奴らが冷やかしに来て騒がしくなるとか」
「それもありますが……」
南雲は少し伏し目がちになり、言葉を濁した。
(ん? 単なる口止め以外にも、何か理由があるのか?)
少し考えてみるが、思い当たる理由は浮かばない。
――まあ、これ以上根掘り葉掘り聞くのは野暮か。
「わかった。約束する、誰にも話さないよ」
「本当ですか?」
顔を上げ、ぱぁっと花が咲いたような、年齢相応の無邪気な笑顔を見せてくる。
……これは、免疫のない奴が見たら致命傷になるだろうな。
「人の秘密を面白がって言いふらすほど、俺も趣味悪くないよ」
「ありがとうございます。……口止め料、何かお支払いした方がいいですか?」
「いらないって。代わりにいいものも見れたしね」
「いいもの?」
コテンと首を傾げた南雲。俺はそれを見て、こういう所も小動物っぽいなと思いながら続けた。
「メガネ姿の南雲。すごく似合ってた」
「!?」
南雲は一瞬ピタリと固まり、それからみるみるうちに耳まで真っ赤になった。あ、俺、今無自覚に少し恥ずかしいこと言ったか?
「……からかわないでください」
「いや、本音だけど」
「だから、余計に困ります……」
ぷいっと視線を逸らされる。さっきまで大人びて落ち着いていたのに、急に慌てふためいて忙しなくなる。
――表情がコロコロ変わって、見ていて本当に飽きない。
「そういえば、今はメガネしてないんだな」
「あ、あれは伊達メガネです」
「伊達?」
「学校の人がお店に来るかもしれないので。少しでも気づかれないようにするための変装、といいますか」
……あれで変装のつもりだったのか。
その特徴的な亜麻色の髪と、一度聞いたら忘れない透き通る声の時点で、全く隠れきれていない気がする。
だが、本人がそれで完璧な偽装だと思っているのなら、これ以上突っ込むのはやめておこう。
「……そうか」
「……何か含みがありますね」
「い、いや、ないよ」
「そうですか」
じっと見られる。完全に疑っている、納得していない目だ。
「本当に?」
「本当だって」
南雲がさらに半歩、トンと距離を詰めてくる。
ふわりと、カフェの甘いコーヒーの香りに混じって、彼女自身の温かい体温が直接届きそうな距離。
「東條さんって、意外と顔に出やすいタイプですよね」
「……やめて」
近い。距離が、近すぎる。
微かに揺れる彼女の大きな琥珀色の瞳に、動揺している自分のマヌケな顔が映っているのがわかる。
……変な意味じゃないが、シャンプーのいい匂いがする。これ以上見つめられると妙に意識してしまって、俺は思わず顔を背けた。
「ふふっ、私も良いものが見れた気がします」
「……南雲は、学校の外のプライベートだと少し砕けるんだな」
「……変ですか?」
「いや。むしろ――親近感があっていいと思うよ」
一瞬、南雲が驚いたように目を丸くしたが、すぐに呆れたような、けれどどこか嬉しそうな顔に変わった。
「……東條さんは、あれですね」
「あれ?」
「いえ……何でもないです」
「?」
良く分からないが、俺はどうやら『あれ』らしい。スマホで時間を見ると、もう夕方に差しかかろうとしていた。
「いい時間だし、他になければそろそろ帰るけど」
「もうそんな時間ですか。では帰りましょうか。駅までは一緒ですよね?」
「ああ、〇〇駅まで乗るよ」
「同じですね。せっかくですし、一緒に行きましょう」
図書委員の帰り道でも思ったが、この学年一の才女は、俺と歩くのは嫌じゃないらしい。
「今日は東條さんが、実はいじわるさんだということが分かりました。新発見です」
「いじわるさんって……。俺も南雲が、意外と猫をかぶってることが分かって新発見だな」
「ふふっ」
どうでもいい雑談を交わしながら、駅へ向かって並んで歩く。
あれほど面倒ごとや人との関わりを避けようとしていたのに、その意思はどこへ行ったのか。
俺の意志が弱いのか、それとも――この時間が心地よいと、無意識に感じてしまっているのか。
◇
家に着いて一息つき、今日あったことを思い出す。
(とうとう、俺が一から作ったやつが店に並ぶのか……感慨深いな)
少しにやけたのは内緒だ。ここには俺しかいないからバレることはない。
(それにしても、まさか The Foundry Attic の近くで南雲がバイトしているとは)
メガネ姿の南雲を思い出す。学校の完璧な南雲と違って、新鮮だった。
ただ――
「でもあの姿。どこかで見たことあるような……?」
ナンパの常套句『俺たち、どこかで会ったことあるよね?』が頭に浮かぶ。
……いや、実際に言ったら引かれるに違いない。
◇◇◇◇◇
Side : 南雲 瀬那
「今日は……驚きました」
帰宅した私は荷物を下ろし、一人きりの部屋で小さくつぶやく。
(いずれバレるとは思っていましたが、こんなに早く、しかも東條さんに、とは思いませんでした。本当に、予想外な時に会います)
私は棚の上に置かれた小さなリネンの巾着を手に取り、大事そうに両手で包み込んだ。冷え切った部屋の中で、それだけが微かな熱を持っているように感じられる。
(彼の新しい一面も見られて……楽しかったです)
手のひらの中にある巾着には、昔から大切にしている『あるもの』が入っている。彼にはまだ、秘密。……いつか、話せる時が来るのでしょうか。
ふと、思いがけないタイミングで現れた彼の顔を思い出す。
(どうして東條さんは、あそこにいたのか聞きそびれましたね。……今度、聞いてみましょうか)
私は巾着を胸に当て、次に彼と会う時のことを静かに思いを馳せた――。
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