SS 東條 朔也:彼女が寝た後で、一人放浪中
― 第10話、その後 ―
マンション近くの公園で、ベンチに腰を下ろし、俺は先ほどのことを考えていた。
南雲を部屋に一人にしたのは、俺としてはかなり大胆な行動だと思う。
彼女に言った『信用してくれたから、信用する』は本心だが、俺にしてはリスクを無視しているのも確かだ。本当に俺らしくないな。
でも――彼女をあのままにはしておけなかった。自分事ながら、面倒な性格をしていると思う。
(さて、いい加減移動するか。このままだと俺が補導される……)
このまま公園にいたら、職質される可能性は高いだろう。とりあえずどこか……横になって寝られるところが良いかな。
簡単に検索した限り、彼女が言っていた通り、未成年一人でホテルに泊まるのは難しそうだ。……とりあえず、暇つぶしに漫喫へ行くか。
ベンチから腰を上げ、ネオンがきらめく通りを、俺は駅の方へと向かって歩いて行った。
「未成年の方は、県の条例で夜十時までとなっておりますが、よろしいのですか?」
今の時刻は二十一時。受け付けで身分証を見せたところ、店員から注意喚起された。一時間ぐらいしかいられないし、しかも朝まで泊まれない……。それならと諦めて、別のところへ行くとしますか。
とりあえず、二十四時間営業しているファーストフード店へ。私服なので高校生には見えなかったのか、それとも厳密に注意すると面倒だと思われたのかはわからないが、特に何も言われずに注文ができた。
晩ご飯はすでに食べて満足しているので、とりあえず時間つぶしにつまめる程度のポテトとナゲット、それからジュースを頼み、席に座る。
(さて、これからどうするかな)
候補の一つだった漫喫は使えない。それならと、スマホを取り出し検索する。
『二十四時間 暇つぶし 場所』
一番上に表示されたAIの回答だと、
・ネットカフェ
・スパ / 銭湯
・カラオケ
・深夜営業のカフェ
と表示された。他には激安の殿堂や、駅の待合室、複合施設などが挙がっていたが、調べてみると二十四時間ではなかったり、そもそも休むところがなかったりしたので、候補から外した。
(この中だと、カラオケが無難か? ……身分証を求められたらアウトかもしれないが)
とりあえず、尻が痛くなるまでここで過ごそうと、テキトーに電子コミックや小説を読みつつ時間をつぶす。
(……ん?)
さっきから、斜め前の席からチラチラとこちらを窺うような視線を感じる。
夜のファーストフード店。変な輩に絡まれるのは面倒だな、と警戒しながら、スマホをいじる自然な動作で視線の先を確認すると――そこには、派手な身なりの若い女性が二人座っていた。
なぜあいつらが俺を見ているのか、全く理由がわからん。俺は別に、和人みたいに誰が見ても爽やかなイケメンというわけでもないし、ブランド物を身につけてお金を持っているようにも見えないはずだ。
理由があるとしたら、耳にジャラジャラついたピアスの多さに物珍しさが勝って、ただの動物園のパンダ感覚で見ているだけだろう。うん、絶対にそうだ。だからさ、立ち上がってわざわざこちらに来ないでくれよ、頼むから……。
「ねぇ、君ってさ。そのピアス、全部自分で開けたの?」
嫌な予感がして心臓が跳ねた。頼むから来るなという俺のささやかな祈りは天に通じず、立ち上がった女性二人は、いつの間にか俺のテーブルのすぐ横に立っていた。
声をかけてきたのは、少し背の低い、栗色の髪をゆるく巻いた年上の女性だ。俺の肩に馴れ馴れしく手を置き、好奇心と、少しばかりの男としての品定めを含んだ瞳が、俺にねっとりと注がれている。
「……はぁ、まぁそうすね」
俺は目を合わせず、努めて感情を押し殺した低い声で短く答えた。
「すっごい数だよねー。それ、痛くなかった?」
もう一人の、背が高く黒髪のボブヘアの女性が、テーブルに手をついて身を乗り出すようにして覗き込んできた。彼女たちの、ツンとくるようなキツい甘い香水の匂いが、俺の鼻を突く。
「……慣れれば、別に」
「へー、そういうクールなとこ、なんかカッコいいね。……ねぇ、君、この後何か予定あるの? 一人で暇してるんでしょ?」
栗色髪の女性が、さらに距離を詰めて一歩踏み込んできた。その瞳には、はっきりと夜の誘いの色が浮かんでいる。
「……あります」
俺は、即座に、そしてきっぱりと冷たく答えた。冗談じゃない。俺はただでさえ知らない人間と話すなんて面倒極まりない性格をしているのだ。見ず知らずの年上の女性と遊ぶ気なんて、さらさらない。
「えー、冷たいなぁ。ちょっとどこかでお茶するくらい、いいじゃん。うちら、君のこと、もっと色々知りたいなって思ってさ」
黒髪ボブの女性も、不敵に笑って俺の腕に手を伸ばそうとしてくる。
「……すみませんが、急いでいるので。失礼します」
俺は彼女の伸びてきた手をヒラリとかわすようにして立ち上がり、まだ残っているナゲットのトレーを持って、速足でその場を後にした。
「あ、ちょっと! 待ってよー、ねえ!」
背後から追いすがろうとする女性たちの制止の声を完全に無視して、俺は食べかけのトレーをゴミ箱の上に叩き込むように置いて、逃げるように店を出た。
(……くそっ、ポテトもナゲットも半分以上残ってたのに、もったいない……)
夜の冷たい風に当たりながら、一人ごちる。
なぜ、よりによって俺だったのか。ピアスの多さが物珍しく、ちょっと声をかけやすそうな不良に見えただけだろう。そう自分に言い聞かせても、あの品定めをするような肉食獣の視線は、しばらく俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。
その後、予定通り近くのカラオケチェーン店に行くと、これまた受付の店員が面倒だと思ったのか身分証の確認はなく、無事にフリータイムで部屋を借りられて一安心だ。
「……なんか、絡まれたせいでどっと疲れた……」
誰もいない防音室。俺は備え付けのモニターの電源を切り、硬いソファの上で一人、泥のように眠るのだった……。
― 東條 朔也:彼女が寝た後で、一人放浪中 完 ―




