第53話(第一章終幕・下):瀬那の記憶・出会い
― 南雲 瀬那 中学三年生 ―
高校の入試の日、私は高校から徒歩十五分ぐらい離れたホテルに前泊しました。ひいおばあちゃんが亡くなってから引っ越しをしましたが、高校への通学のことを考えて家を選んだわけではないので、少し遠いところに住んでいたからです。
スマホを新しく買い直しましたが、以前の問題がトラウマになっていたため、本当に信用できる友達以外には連絡先を教えていません。
……そのことで、さらに一悶着ありましたけどね。
朝、ホテルから高校までの道のりを歩いていると、前を歩いている、ピアスをジャラジャラつけている詰襟の学生服の男子が見えました。
あの人もこんな感じにピアスをしていたなーと懐かしく思い、制服のポケットの中にあるお守りのピアスを、巾着袋の上からそっと握りました。
スマホを見て立ち止まった男子を追い抜こうと横を通って、ふと顔を見ると――『彼』でした。
驚きで頭が一杯です。
まさか、こんなところでまた会うとは! 確かに前回出会った場所から、ここは電車で3、4駅ほど離れたぐらいの距離なので、この辺りに住んでいてもおかしくはありません。
「あ、あのー」
勢い余って、声をかけてしまいました。何も考えずに。
「……なにか?」
訝しげに私を見下ろす彼を見て、「ああ、そうそう、こんな感じの不愛想で怖い顔をしてた!」と胸の奥で嬉しく懐かしむも、彼は私を全く覚えていないようでした。
無理もありません。確かにあの時と違い、今日はメガネはかけていますが、帽子は被っておらず、おさげではなく髪を下ろし、薄くお化粧もしています。
私にとっては人生を変えるほどの大事な思い出でも、彼にとっては大したことではない日常の小さな出来事――。一目で覚えているはずがないのも、仕方ありません。
ただ、それがなんとなく乙女心として悔しくて、すぐに「あの時の迷子です」と正体を打ち明ける気にはなれませんでした。しかし、勢いで話しかけてしまった手前、不審者にならないように何か理由を作らないといけない……。
(私のバカバカ! 何も考えずに話しかけてどうするの……っ、そうだ!)
「す、すみません! ちょっと道に迷ってしまったので、教えていただけませんか? スマホの電池がなくなってしまって……」
……嘘です。充電が90%以上残っているのを、さっき確認しています。
彼に嘘をついて申し訳ないと思いつつ、以前の出会いと同じ『迷子』という体をとれば、どこかでデジャヴを感じて思い出してくれないか、と期待したのも確かです。
「……どこに行きたいんだ?」
「黄隆学園という、高校です」
「もしかして、今日入試?」
「はい、そうです!」
彼は今回はスマホで検索せず、自分の頭の中の地図で道順を教えてくれました。私はあらかじめホテルのフロントで道順を聞いてバッチリ把握しているので、その説明で合っているとわかります。
でも、このままだと「ありがとう」でここでお別れになってしまいます。入試当日の朝に何を浮かれているのかと思われそうですが、ここで別れたら、それこそ今度こそ一生会えない気がしたからです。
しかし、ここで嬉しい誤算がありました。私が黙っているのを『説明されても道がわからない』と解釈したようで、
「……口頭で説明しても、わからないよな。嫌じゃなかったら、一緒に行くか?」
「えっ?」
「俺も今日、入試でそこに行くからさ」
そう言って、彼はカバンから自分の受験票を取り出して見せてくれました。受験票には証明写真も載っているので、間違いなく彼本人のものだとわかります。
氏名欄をチラリと見ると、『鳳』という名字が書いてありました。残念ながら下の名前は彼の手の指で隠れていてわかりませんでしたが。
それにしても、大人びていたので年上だと思っていましたが、同学年だったとは予想外です。二人とも受かれば、四月から同じ高校の同級生になれるのですね。
少しだけ弾む足取りで、軽い雑談をしながら二人で並んで歩きます。試験日なので、「テストのここが出そうですね」とか「この辺りの道は複雑ですね」とか。……鳳さんは相変わらず不愛想で寡黙な方だったので、ほとんど私ばかりが一方的に話していましたが。
やがて黄隆学園の近くに着き、校門前で別れる寸前。
「鳳さん。ちょっと気になっただけなのですが。そのピアス、つけたままで試験を受けるのですか?」
「……あっ。ヤベ、一応外しておいた方がいいか」
私が自分の耳を指さして尋ねると、彼はハッとして慌てて両耳のピアスをジャラジャラと外していました。ちょっと抜けているところは可愛いです。
そして彼は、ぱっと見では校則違反だとわからない『透明な樹脂ピアス』だけを、両耳に一つずつ器用につけ直しました。
私のスマホは『電池切れ』という嘘の設定だったため、連絡先は交換できず少し残念でしたが。お互い無事に合格すれば、四月にまたこの学校で会えるはず。
私は少し気分が上がったまま、ポケットの中のピアスに軽く握り、明るい気持ちで試験会場へと向かうのでした。
◇◇◇◇◇
そして、高校の入学式を迎えました。
クラス分けの掲示板を見たら、まずは自分の名前を探し、次に鳳さんを探しました。
(私はA組ですね。鳳さんは……いません。……残念です……)
偏差値も高い進学校なので、仕方ないかも知れません。でも……残念すぎます。
ただ、この辺りに住んでいるとわかったので、いつか会えると信じます。
それに、初めて会ったあの場所の近くのカフェでアルバイトをするので、いつかお客さんとして来ていただけるかもしれません!
少し残念な思いを胸に、高校生活がスタートしました。中学の時に学んだように、少し壁を作りつつ、人間関係が円滑に進むように優等生の猫を被ります。男子とはあまり関わらず、女子の敵対心を煽らないよう、目立たないように気をつけて。
朗報が入ったのは、入学してからすぐのことでした。
クラスの噂話に、「ピアスをジャラジャラつけた怖い同級生がいる」という話題が挙がってきたのです。
私の知る『鳳』という名前はクラス表に書かれていなかったので希望は薄いですが、期待を胸にその教室を見に行きました。
D組の教室の前を、偶然通った風を装ってそっと覗き込みました。
すると、席の後ろの方にスペースが少し空いていて、そこを見ると……。
――鳳さんです!
見間違うはずがありません。あのジャラジャラしたピアス! ……あれ? 少し数が増えているかも? まあ、それは置いておいて、三ヶ月前にこの学校まで一緒に歩いた鳳さんに間違いありません!
でも、名前がクラス表になかったので、疑問で仕方がありませんでした。そのため、人違いかもしれないという不安があり、確証がなくて話しかけることができませんでした。せめてクラスが同じなら……。
話す機会を窺っていましたが、なかなかタイミングが掴めず、しばらく経ちました。
実力テスト結果の順位表が貼り出された掲示板を見に行くと、タイミングよく彼もいます。彼を見た瞬間、自然に話しかける口実ができたと、思わず「よかった」と口に出してしまいました。幸いにも近くにいたクラスメイトは、私の順位が良かったことに対する言葉だと勘違いしてくれて助かりましたが。
しかし、結局勇気が出ず、その場でいきなり話しかけることはできませんでした……。ただ、最大の収穫として、ついに彼の今の名前がわかります。『東條朔也』さんです。お友達の会話が聞こえてきて、その順位を順位表で見たらそう書いてありました。やはり、入試の時の『鳳』ではありませんでした。
その後、運良く図書委員会が同じになったので、私は当番のシフトを少し無理を言って彼と同じ日にしてもらいました。これで、怪しまれずに近づくことができます。
しかし、彼ったら、なにが『今日初めて話したばかりだぞ。信用するには早くないか?』ですか! 私にとっては、今日が初めてではないのです。過去に二度も助けてくれたのですから、他のどこの誰よりも信用するに決まっています!
でも、たった三ヶ月前のことなのに全く覚えていないとは……少しショックです。いくら髪の長さや結び方が違って、金色の瞳も黒のカラーコンタクトで隠し、メガネも外し、お化粧を少し大人っぽく変えているからと言って、あそこまで綺麗さっぱり気づかれないとは……。
やっぱり女の子として何か悔しいので、自分からあの日のことを思い出して気づくまでは、絶対に私から過去のことは言いません。
そして、あの全てを失った火事の日――またしても、彼は私の前に現れました。
いつも私のピンチに唐突に現れるのですから……本当にびっくりです。
最初は突然のことに驚きと戸惑い、そして火事で帰る家が無くなったショックで、つい壁を作って冷たくあしらってしまいましたが、彼は私を見捨てず、頑なな私をずっと待ってくれました。
そして、彼からしたら「まだ出会ってから一ヶ月も経っていない、ただの図書委員会のメンバーの一人」でしかない得体の知れない私を、大切な彼のテリトリーである自分の家に住まわせてくれました。
口では理屈をこねてぶっきらぼうなことばかり言うくせに、行動が優しすぎます。
それに、弁護士事務所で聞いたお話から、名字が『鳳』から『東條』に変わった理由もわかり、あの日の彼と同一人物であるという確証も得ました。
私にとって、私が私であることに勇気をくれた、人。
そして今は――世界で一番、大切な人。
◇◇◇◇◇
『シラタマ』がワンポイントで刺繍してあるミニ巾着袋に、再度彼から貰ったピアスを大切にしまった時、「コンコンコン」と部屋のドアがノックされました。
「瀬那、悪いけど取りたい本があるから、ちょっと部屋に入れてもらっていいか?」
「はい、大丈夫ですよ。どうぞ」
「サンキュ。……やっぱりお前、ウサギ好きなんだな。その巾着のキャラ、昔どこかで見たことあるな」
私の手に持っていた巾着袋を見て、朔也くんが首を傾げながら言いました。
有名な、口が×になっている白いウサギに比べればまだまだマイナーとは言え、一時期コラボカフェをやるくらいブームになっていましたからね。
「名前、なんて言ったっけな……しろ? しら? ……」
「『シラタマ』ですよ。……私にとっては、幸運のウサギです」
「そうなのか。なんで?」
「うふふ♪ 今は、まだ教えません♪」
「お前、最近俺に対してそのはぐらかすパターン多いな……」
「そうかもしれませんね♪」
私はまだ、あの日の答え合わせの秘密を彼には言わずに、こうして一人で楽しんでいます。
これから先もずっと、彼と一緒にいるつもりですから。いつか笑って「あの時は〜」と言える日が来ることを願っています。
だから朔也くん。できるだけ早く、私のことを思い出してくださいね♪
ご覧いただきありがとうございます。
第一章はここで終幕になります。
SSをいくつか挟んだあと、第二章を開始しますので、よろしければ引き続きご覧いただければと思います。
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