第50話 瀬那の生い立ち
瀬那は目尻に浮かんだ涙を指先で拭うと、一度、深く深呼吸をしてから――その重い口を、静かに開いた。
「私は南雲家の長女として生まれました。兄と……妹がいるはずです。兄には会ったことがありますが、妹には会ったことはありません。これは私が『忌み子』だからです」
「忌み子?」
「はい、そうです。父も母も純粋な日本人です。両方の祖父母も、父母の兄弟も全員日本人です。南雲家は格式高い、昔から続く名家なため、縁談も厳しく厳選されていたそうです」
今の時代はともかく、昔ながらの格式が高い一族だと、血のつながりを大事にしてそういう事もあると聞いたことがある。
「厳選に厳選を重ねた上の縁談です。外国の血を入れないため、それには厳しい条件があったそうです。それもあってか、血縁の方々は多少色素が薄い方もいますが、基本的には日本人らしい黒髪と黒目です。……そんな中、私が生まれました。髪の色が金髪に近い亜麻色。そして瞳は、金色で」
純粋な日本人の家系なら、髪や瞳の色は殆どが黒、もしくは多少色素が薄くても焦げ茶ぐらいなのが多いのは理解できる。
その中で、瀬那のような髪や瞳の色の子供が生まれるのは、確かに異端だ。隔世遺伝があったとしても、先祖に外国の血が流れていなければほぼあり得ないのではないだろうか。
だが、少し気になることがある。
「目の色が『金色』と言っていたが、瀬那の瞳の色は、今見てもそれよりももっと暗い茶色よりだと思うんだけど?」
「それは……これをつけているからです」
瀬那はポケットからコンタクトレンズのケースを取り出した。蓋を開けても何もない。つまり、今は使っているということだ。
瀬那は自分の瞳からレンズを取る――瞳の色が変わり、そこには透き通るような金色の瞳があった。部屋の電気を反射して、瞳の中がキラキラと輝いているようだ。
「いつも、黒や茶色のカラコンをつけています。この髪色にこの瞳の色だと、余計に目立つので」
「確かにな。それに加えて顔が可愛いんだから、目立たないはずがないな」
「……今、そういう冗談はダメです」
口を強く結んで、座った目でこちらを睨んでくる。
「冗談ではないんだけどな。……その瞳でジト目されると、何か新鮮だな」
「……知りません」
軽くそっぽを向かれた。意味がわからん……。
「こほん。朔也くんのせいで話が脱線しました。話を戻します。……私が生まれて、父と母はそれはもう驚いたそうです。母は南雲家の人間ではなかったのですが、血縁を調べられていたので間違いがない。その状態で私が生まれました。……つまり、母は不貞を疑われたのです。親戚一同から、責めに責められたと聞いています」
「……」
「ただ、父と祖父は母を信用していたようです。DNA鑑定をして、間違いなく自分の子だと証明しました」
そこまで妻を愛して、信じていたのだろう。
言い方は悪いかもしれないが、格式高い一族でそのケースなら、祖父の立場なら大激怒しそうなものだが……珍しいものだ。
「そして、一つの仮定が生まれました……私が『忌み子』だと」
「なぜだ? それだけなら、ただの突然変異ぐらいで話は止まりそうだけど」
「一族に伝わる、不吉な絵本があるのです。内容は詳しくは知らないのですが、子供向けではないので、おそらく口伝ではなく書物として呪いを後世に伝えるためのものだと思います。題名は、『金の髪、朱の目の呪い』です。……私が聞いた内容はこうです。とある村に、金髪で金色の瞳の男子が生まれた。見た目は違うが、その子は普通に育てられて大きくなる。大人になったその男は、見た目麗しい姿だった。村の娘たちはその姿に惚れ込み、夫がいるにも関わらず男と関係を持つ。幾人もの娘と関係を持ち、幾つもの家庭を壊した。壊された家庭の夫たちは怒り狂い、その男を殺そうとした。男は抵抗し逃げ出したが、数刻の激闘の末、森の奥で男を追い詰める。追い詰められた男は大地が揺れるほどの叫びを上げて……目の色が、鮮やかな朱色に染まった」
「……」
「それを見た夫たちは絶句するも、勇敢に立ち向かい、ついにその男を殺す。死の間際、男は夫たちに言った。『ただで殺されてたまるか。お前たちに呪いをかけた。お前たちの子孫に、俺と同じ見た目の子が産まれる』と。夫たちは世迷言だとそれを笑い飛ばしたが、その数年後、村で産まれる子供たちの中に、その男と同じ見た目の子が産まれるようになる。そして、その子供が産まれた家族は……例外なく、変死をしていた。……私が聞いた本の内容は以上です。実際にはもっと古い言葉遣いになっているとは思いますが、内容はそのままだと思います」
「……すごい、むちゃくちゃな話だな。でも、いかにも昔話らしい感じもする」
俺の言葉に、瀬那は苦笑いをした。何かを諦めたような、そんな笑いだ。
「父や叔母様は、この話を小さい頃から知っていたらしいです。祖父がそれを読ませていたらしく、すごく、すごく怖かったと、昔叔母様から教えてもらったことがあります」
あの朱門さんと、そんなふうに話すことができた時期もあったのか。
「……そしてこれは、南雲家の先祖の話だとも」
「は?」
「それがあったので、父も祖父も、母が不貞をしていないと最初から疑っていなかったらしいです。そして……問題は、絵本と同じ金色に近い髪と金色の瞳で産まれたの私」
「……」
「忌み子が産まれた家庭は崩壊する……つまり、長く続いた南雲家が終わるということです。これは別の意味で大騒ぎになりました。親族から一番多く挙がった声が……『忌み子を殺せ』と」
わからなくもない。古い格式高い家系なら、日本の中心までとは行かなくても、影響範囲が広いだろう。『東條』の宗家みたいにな。だから、影響が出ない内に問題の忌み子を殺せという理屈はわかる。理解できても、到底受け入れられないが。
「私は本当に危なかったらしいです。ですが、当時の当主だった曽祖父と曾祖母が私を庇い、当主の座を息子……つまり祖父に譲ることと、南雲家の本家の敷地から出ることを条件に、二人に引き取られることになり、生かされました。……念のためですが、出たのは本家がある敷地からなので、他に管理している家に移動しただけで、ひどい扱いになったわけではありません。その後は曽祖父と曾祖母、お手伝いさんたちと一緒に暮らしていました」
「いい人たちだったんだろ?」
「はい! ひいおじいちゃんも、ひいおばあちゃんも優しくて、良い方達でした。もちろん厳しいところは厳しかったですが、愛情のある、ちゃんとした意味のある教育でしたよ」
「それはよかった」
俺は、親と住むのが子供の絶対の幸せとは思わない。ちゃんと育ててくれるなら、親戚でも義両親でも何でもいいと思う。そういう意味では、瀬那は産まれてすぐに引き取られたようなので、親の顔も知らないタイミングで良かったと思う。
「この幸せは、私が中学の時になくなりました」
「え?」
「まずは曽祖父が、私が中学二年生の時に病で亡くなりました。お歳からして寿命です。そして、曾祖母も後を追うかの如く、三年生になる前に亡くなりました」
「そうか……辛かったな」
「はい……。大好きだったので……とても泣いた覚えがあります」
瀬那にとっての家族はこの二人だけだったのだと思う。それが立て続けに……しかも中学校と言う多感な時期にだ。しんどくなるのは当たり前だ。
「その後が大変でした。曽祖父が養子縁組をしていたため、戸籍上、私は祖父と兄妹、父とは叔母と甥の関係になっていました。その影響で遺産相続の問題が発生して……。この時に朔也くんに会っていたら、須藤先生に相談するって手も考えられたのでしょうね」
最後、冗談半分で言っているが、格式高い由緒正しい一族の、しかも権力が無くなったとはいえ影響力が高い方が亡くなったんだ。遺産問題が出てくるのは容易に想像がつく。
「私が右往左往している時に手を貸してくださったのが……叔母様と、祖父です」
「え? ……朱門さんはわかるけど、祖父も?」
「はい。その二人です。祖父は、両親である曽祖父と曾祖母の二人の遺書の通り、私へ遺産を分配することで良いと承諾しました。一切、ごねることなく」
「言っちゃ悪いが、今までの話からすると、想像できないな」
「はい、本当に。ただ、中学生の私では法的な対応ができなかったので、代わりに叔母様が手続きをほとんどやってくれました。相続税の支払いもそうですが、資産の管理もです」
中学生の女の子で管理できるほどの資産ではないのは想像できそうだ。
養子縁組をしているので控除はいくらかあるだろうが……その知識を中学生の瀬那が持っているとは思えない。
「勘違いしてほしくないのは、管理を任された叔母様は、横取りのような外道なことは一切せず、支払いなどの必要最低限の手数料ぐらいしか使用されていませんでした。これも私の名義でやる必要があるためなので、当然のものということを後で知りました」
(俺が知っている朱門さんの性格なら、公正に対応したのだろうな)
「これに一番反発をしたのは、想像できるかも知れませんが……私の実の両親です。自分たちが産んだことで、一族が滅ぶんじゃないかと恐れていたらしく、元々私のことを疎ましく思っていました。ことあるごとに同じ考えの親戚を連れて、罵倒しにきたり、お手伝いさんを使って、嫌がらせをしたりと……。それに拍車をかけてごたごたがありました……。今のところ、祖父の一喝でとりあえずは収まっています」
瀬那は困った顔で、実の両親を心底軽蔑したような顔をしていた。実の親が、自分が死ぬのを期待する状態……嫌だろうな。
すぐに元に戻り、深呼吸をする。
「その後は叔母様のところに厄介になる話もあったのですが、叔母様が暮らしている『朱門家』が反発して……三年生から、遺産の一部を使って一人暮らしを始めました」
「受験シーズンじゃねーか。よく勉強できたな」
「家事全般は曾祖母に仕込まれていたので問題なくできましたが、それと受験勉強の両立は……それはもう大変でしたよ……。それを知った叔母様が、密かにお手伝いさんを手配してくれたので、途中からは勉強に集中できました。そして手続きが比較的楽な、叔母様が理事長である、黄隆学園に入学しました。……これが、私の家族関連の出来事のすべてです」
瀬那は「ふぅー」と深いため息を一度して、こちらを向く。
……正直、一番に疑問に思ったのは、瀬那と朱門さんの関係だ。今聞いた話では、朱門さんは瀬那に対してちゃんとした対応をしてくれている。話している瀬那の声も、理事長室の時のような冷たいものではなかった。
だというのに、なぜ瀬那が今になって朱門さんをあれほど嫌悪しているのか、詳しい理由がわからない。だが、今の彼女の苦しそうな顔を見て、俺から無理に聞き出すような野暮な真似はしないでおくことにした。いつか、彼女が自分から話したくなった時でいい。
「なんて言ったらいいのか、正直わからないが……本当に大変だったな。たった十六年間でその人生、普通の人間ならどこかで心が瓦解しそうだけど、よく一人で持ちこたえたよ。……ただなあ、この話を聞いても、俺が瀬那を嫌いになって突き放すとは全く思えないんだが。そこまで俺を信用してなかったのか? 俺に呪いが移るからって」
正直、十六歳の少女にとっては、あまりに壮絶な人生だったと思う。良く生きて、良く道を外れずにここまで育ったと感心こそすれ、嫌いになる要素なんてどこにもない。あるとしたら、その馬鹿げた『呪い』の伝承を本気で信じている場合ぐらいだ。もし本気で俺がそんなものを気にすると思われていたのだったら、少しショックだな。
「いいえ。この過去の話だけでしたら、朔也くんが私を気味悪がって遠ざけるとは思っていません。呪いなんて摩訶不思議なオカルトを、朔也くんが気にするとは思っていませんから……私が嫌われる要素は、ここからです」
「まだ、なにかあるのか?」
「……先ほどの、絵本のタイトルを覚えていますか?」
「『金の髪、朱の目の呪い』だったかな。……あっ!」
「はい。今、朔也くんが頭の中で考えた通りのことです」
瀬那は静かに目を閉じ、一つ、深く深呼吸をする。
そのままの状態で、しばらくじっと呼吸を整えていた。それは、これから拒絶されることへの恐怖に耐えているのか、はたまた、自分の中にある『何か』を抑え込んでいるのか。
ほんの数秒。でも確かな、永遠にも似た時間をかけて、瀬那はゆっくりとまぶたを開いた。
その瞳は、先ほどまであった透き通った美しい金色の目ではなく――燃え盛る炎のように鮮烈な『朱色』だった。
「一定以上、感情が昂ったり、逆に冷徹になったりしたとき――私の瞳は、この色に変わります」
瀬那はひどく怯えた声で、すがるように俺を見た。その瞳は恐ろしいほど鮮やかな朱色をしていたが、逃げることなく、しっかりと真っすぐに俺を見ていた。
バケモノだと、気味悪いと罵られる覚悟を決めた、痛ましい眼差しで。
俺は、その朱色の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、静かに口を開いた。
「――ごめん」
と。
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