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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第一章

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第45話 見透かされたこころ

 今日は、瀬那がよく泣く日だな。

 その原因が『俺の怪我』と『あのストーカー』なのは困った事だが……。俺は断じて、こいつを悲しませるために刺されたわけじゃない。だが、泣かれるとどうしても罪悪感がある。月並みだが、こいつは笑っている顔の方がいい。


 頭を撫で続けてしばらくすると、落ち着いてきたのか、瀬那は涙を拭って俺の手のひらに視線を落とす。


「ぐす……。それでは消毒しますが……これだけ深いと、絶対に()みますよね」

「だろうな、それはもう仕方ないさ。覚悟は決まってるから、一思いにやってしまってくれ」

「はい……いきますっ!」


 瀬那が気合を入れ、病院でもらった消毒液をたっぷりと湿らせた綿棒で、裂けた傷口をそっとなぞる。

 その瞬間、傷の奥底までピリッと鋭い痛みが走った。

 だけど、この熱を帯びた痛みが俺が生きている証拠なのだと思うと……実はあまり嫌いな感覚じゃなかったりする。

 そもそも昔から、怪我をしたときにマキ〇ンのようなちゃんとした傷口用の消毒液が見当たらなかった場合、その辺にある手指消毒用のアルコールを直接傷口にぶっかけるような荒療治をしてきた。

 なので、俺はこと痛みに関しては、常人よりもだいぶネジが飛んでいる自覚がある。


「っ……い、痛くないですか?」

「痛いっちゃ痛いが、全然問題ないレベルだよ。この程度でギャーギャー泣き叫ぶほど子供じゃないさ」

「そうですか。それならよかった……よかったのですかね? 痛覚、おかしくないですか?」


 涙目になりながらも至極真っ当な疑問をぶつけられても困る。

 手のひらも甲も一通り丁寧に消毒してくれた後は、新しいガーゼを当てて、自着性包帯を綺麗に巻いてくれた。とりあえず、今夜はこの状態で寝てみるか。血がシーツに滲むのがダメそうなら、寝る時もビニール手袋をつけておこう。


「はい、終わりました。どうですか? 締め付けがきつくないですか?」

「大丈夫だよ、完璧。瀬那は包帯巻くのも器用なんだな」

「ふふっ、これぐらい誰でもできますよ」


 照れたように笑う彼女の顔を見ると、泣きはらした目元がまだ少し赤く腫れていた。ただ、あの絶望的な状況から無事に帰ってきて、こうして笑えるようになったのなら一安心だ。

 壁の時計を確認すると、もうすぐ深夜の三時になろうとしている。いくら高校生で体力が有り余っているといっても、月曜日の学校に響く時間はとっくにすぎている。


「じゃあ、そろそろ寝るか。はぁ~、さすがに眠いわ」

「そうですね。明日、ちゃんと起きられるか心配です」

「たしかにな」


 そうして二人並んで洗面所で歯磨きを済ませ、俺は自室に入る。

 ……振り返ると、俺の背中の後ろを、当たり前のような顔をして瀬那がトコトコとついてきていた。


「……」


 そして彼女は、あたかも『私がこのベッドに入るのは当然の権利です』とでも言わんばかりの自然な動作で、スッと俺の布団に潜り込んでいく。いつもの……いつものことになって良いのかは未だに甚だ疑問だが、もはや定位置となった壁側のスペースへ。

 最近はもう、朝起きても彼女の枕を自分の部屋へ戻すことさえしなくなっている。完全に既成事実化していた。


 まあ、いいか。

 今日は本当に色々なことがあったし、何より瀬那は一人でとてつもなく怖い思いをしたのだ。こんな夜に『自分の部屋で寝ろ』と野暮なツッコミを入れる気にもなれず、俺は電気を消して、そのまま瀬那の横のスペースへ身体を滑り込ませた。


「……おやすみなさい、朔也くん」

「ああ、おやすみ。瀬那」


 いつもはお互いに天井を向いて、瀬那が俺のパジャマの袖を軽く摘みながら寝るのが定番になっていた。袖を掴んでいないと俺がどこかへいなくなってしまうような、そんな不安を感じさせるいじらしい癖だ。

 だが、今日は違う。パジャマを掴んでいるのは一緒だが、彼女は横向きになって、じっとこちらを見つめている。


「……」

「……」

「朔也くん、こっちを向いてくれませんか?」

「……どうした?」

「いいから」


 摘んだ服をくいっ、くいっと引っ張ってくる。しょうがないので、俺も寝返りを打って瀬那の方を向いた。

 ……ただでさえ同じベッドなのに、至近距離で顔を突き合わせて向き合うのは、俺の心臓に悪いからあまりしたくないのだけどな。

 瀬那は俺が向き合うと、少しだけ身体を寄せて俺の胸元にコテンとおでこをくっつけ、静かに口を開いた。


「今日は、本当にありがとうございました。朔也くんがいなければ、今頃どうなっていたか……考えたくもありません」

「……最初から、俺が一緒にいてやれたら一番良かったんだけどな」

「いいえ、それは違います。今日たまたま狙われたのではなく、いつか朔也くんと一緒に帰らない時があれば、その時に同じことになっていたと思います」


 瀬那は、胸に顔を埋めたまま理路整然と言う。

 あの執念深い男が今日現れたのは偶然ではない。いつもどこかの物陰からこちらの様子を窺い、俺がいない日を虎視眈々と狙っていただけ。つまり、今日ではなくいつでも起こり得た事態だったのだと。


「だから……逆に、今日で良かったのかもしれません。須藤先生の手が空いていて、セレクトショップの方々も近くにいました。そして何より、朔也くんが隣にいなかったとしても、遠いところではなく()()()()()()()()()()()()にいてくれたことです。このいくつもの偶然が重なった今日この日だったからこそ、私は助かったのかもしれません」

「そう、か」

「はい。だから、朔也くんはどうか()()()()()()()()()()()()()。朔也くんが駆けつけて、身を呈して助けてくれたからこそ……私は今、こうして朔也くんの胸の中にいるのですから」


 ……気づかれていたのか。俺が『一人にした俺のせいだ』と、密かに自分自身を責めていることを。

 失敗したな……逆に気を遣わせてしまった。瀬那だって、本当の意味ではまだ心から落ち着いていないはずなのに。

 彼女にここまで真っ直ぐに言いくるめられてしまったら、俺にはもう反論の余地なんてない。


「あぁ、わかったよ。もうこれ以上、自分を責めたりしない。ただ単純に、瀬那が無事で生きていてくれたことを喜ぶよ」

「はい、そうしてください。その方が、私もずっと嬉しいですから」


 俺の胸元のパジャマを掴む小さな手に、ギュッと力が込められるのがわかる。どうやら納得して安心しれくれたようだ。

 しかし、俺の内心の罪悪感まで完全に見透かされていたことに、何となく気恥ずかしくなってくる。俺はその照れを誤魔化すように、わざと意地悪く茶化して言った。


「ストーカーの件も解決したし、これで不安もなくなっただろ。……もうそろそろ、一緒に寝なくても大丈夫そうだな」

「……」

「……瀬那?」

「……すー……明日は学校なので、もう寝ましょう。おやすみなさい」

「おい嘘だろ……」


 スッと目を閉じ、あからさまな狸寝入りを決め込む瀬那。

 えっ? この状況、事件が解決してもまだ続けるおつもりなのですか、瀬那さん?

 俺がそれ以上何を言っても、胸元にすり寄ってきたまま、二度と返答が返ってくることはなかった。


 ◇


「――っ!!」


 ズキリと走った左手の激痛で目を覚ますと、まだ瀬那がいつも起きる時間よりも早い早朝だった。

 痛み止めが完全に切れたらしい。寝るのが遅かったせいもあって、泥のように眠い。でも、ここで二度寝の誘惑に負ければ、確実に遅刻するだろう。……今日はもう、学校の授業中は寝て過ごすかもな。


 俺は隣でスヤスヤと寝ている瀬那を起こさないように、そっとベッドから降りた。


「……んん」


 隣の体温が急に離れたせいか、瀬那が小さく身じろいで毛布を引き寄せる。その安心しきった無防備な寝顔を見ていると、狂気に満ちた昨日の修羅場がすべて嘘だったかのように感じられた。


(さて、学校の準備をするか)


 静かに寝室を出て、いつもの朝のルーチンをこなす。

 片手で苦労しながら着替えをして、歯磨きを済ませ――洗面所の鏡の前に立ったところで、俺は完全に固まった。


「おはようございます、朔也くん。……どうかしましたか?」

「あ、おはよう。悪い、一つ頼み事があるんだが……後で俺の髪、セットしてくれないか?」


 そう、この包帯でぐるぐる巻きになった状態の左手では、寝癖を整えることができない。そもそも、ワックスを手のひらに伸ばすことさえ不可能なのだ。


「えっ、いいんですか!? やりたいです!!」

「朝から急にそこまでテンション上がられると、ちょっと怖いんだが……」

「もう、なんでですか。私、男の子の髪をワックスでセットしたことなんてないので、ただ新鮮だっただけですよ」


 朝食後、瀬那が洗面所で俺の後ろに立ち、嬉々として髪をいじり始めたのは言うまでもなかった。

 いつも自分でするのとは違う、どこか柔らかい雰囲気になった髪型に新鮮さを感じつつも、鏡に映るピアスだらけの自分とのギャップに、どうにも違和感は拭えなかった。


「あの……今日はすみません。お弁当、作れなくて」


 準備を終え、玄関で靴を履いて家を出る直前、瀬那に唐突にシュンとした顔で謝られた。

 ひどく申し訳なさそうにしているが、その内容を聞いて俺は心底安堵する。


「いやいやいや、昨日の今日で、早起きして弁当まで求めるほど俺も鬼畜じゃないよ。そもそも、いつも美味い弁当を作ってくれてるだけで助かってるんだから、こういう時は本当に気にしなくていいよ」

「ありがとうございます。でも……悔しいんです」

「なにが?」

「朔也くんの胃袋を完全に掴んで、私のお弁当なしでは生きていけなくする計画が、一日遅れてしまったのが……」

「……」


 真顔で何を言っているんだ、この学年トップは。

 お願いだから、俺に『瀬那の手料理依存症』みたいな変な属性をつけないでほしい。……普段は優等生なのに、たまにとんでもなく変なこと言うよね、このセナチーは。


「……朔也くん。今、何か私のことで変なこと考えてますね?」

「……朝から変な計画を考えてるのは、セナチ……瀬那じゃないか」

「あっ! 今、あのあだ名で――」

「さあ、遅刻するから早く学校に行こうか!」


 心を読んだような鋭いタイミングで顔を覗き込まれ、焦った俺は痛恨のミスをした。

 これ以上『今のなんですか!?』と追及されないように、俺は無理やり言葉を遮り、半ば逃げるようにして玄関のドアを開け放つのであった。


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