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学年一の才女を拾ったら癒されました  作者: PPHiT
第一章

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第44話 傷口の対処法

 須藤先生に家まで車で送ってもらう。道中、瀬那は疲れのためか、俺の肩に寄りかかって寝ていた。

 マンションの前に着くと、先生に「今日はもう遅いですので、ゆっくりとはいきませんが、ちゃんと休んでくださいね」と諭された。


 家に入ると、時刻はもうすでに日付が変わっていた。流石に疲れたが、ここまでくればあとは休むだけだ。瀬那を先に風呂へ押し込み、俺は玄関に座り込む。

 服が汚れているから本当は外で待っていたいところだが、血まみれの状態なのでやめた。こんな時間に誰かに見られたら、通報されても文句は言えない。


 寝落ちしないように気をつけながら、今日のことを頭の中でまとめる。


(瀬那を一人にさせてしまったのが最大の反省点だ。ただ、ストーカーの件はこれで解決へ向かうはず。後は、面倒をかけた人たちへのフォローと……月曜に学校で噂になった時の対処だな)


 対応する内容を列挙するため、メモを取ろうとスマホを取り出すと、メッセージの通知が来ていることに気づく。

 話し合いの中、全くスマホに触れていなかったので気づかなかったのだ。相手は詩織だった。俺が飛び出したことへの心配と、その後実家でどういうことがあったかが簡単に書いてあった。


(本当はこれの何倍か、面倒なことになっていたんだろうな)


 改めて、詩織には申し訳ないと心の中で手を合わせてから、返信をする。


『今日はごめん。あの後大変だっただろ。今度謝罪も込めて埋め合わせするよ。こっちの問題はとりあえず解決したから、心配はいらない』


 時間的にもう返信はないだろうと考えて、スマホを放置する。

 今日は三時間の濃密な映画を連続で見せられたような疲労感だ……しんどい。色々ありすぎて、これがたった一日の出来事だとは到底思えないぐらいだ。


 バスルームのドアが開く音が聞こえてきたので、俺は立ち上がって風呂に入る準備を始めた。

 頭の中でシミュレーションした通り、まずは包帯まみれの左手に使い捨てのビニール手袋をすっぽりとはめ、その上から手首をラップでぐるぐる巻きにして防水テープでガチガチに固定する。

 これで左手は使えなくなったが、傷口が濡れる心配は一切ない完璧な布陣だ。


 洗面所から、少し上気した顔の瀬那が出てきた。「上がりました」と言う彼女と入れ替わるように中へ入る。すれ違いざま、シャンプーと石鹸の混ざった甘い匂いが鼻を掠め、不覚にも少し顔が熱くなってしまった。

 いかんいかん、と雑念を振り払い、脱衣所の扉を閉める前に振り返る。そして、俺はラップでぐるぐる巻きになった不格好な左手を瀬那の目の前に突き出して、先制攻撃を仕掛けた。


「先に言っておくけど、シャワーくらい一人で入れるからな」

「――っ!! ………ど、ど、どういう意味ですか?」

「いや、瀬那のことだから、『左手が使えないなら、私が背中や髪を洗うのを手伝います!』とか言い出して、強行突破してくるかと思ってな。見ての通り、完全防水だから手伝いは不要だ」

「……むっ」


 完全に図星を突かれて目を見開いた瀬那は、数秒間フリーズした後、露骨に頬をぷくっと膨らませた。

 やっぱりか……。そんなラブコメの主人公みたいなベタなハプニング展開は間に合っている。


「じゃあ、俺もさっとシャワーだけ浴びてくるよ。今日は本当に疲れただろうから、先に寝てていいぞ」

「……」


 瀬那の琥珀色の目が、『非常に不満です』と雄弁に物語っていた。

 ……乱入されても困るし、念のため風呂の鍵は内側から閉めておくか。

 脱衣所で、俺の血で真っ赤に汚れた服をゴミ箱に突っ込み、深くため息をつく。流石にもうこの服は使えないな。


 俺がシャツを脱ぎ捨てた、その時だった。

 扉の向こう、玄関の方から、スマホの短いバイブレーションが「ブーッ」と鳴る音が聞こえた。

 そういえば俺のスマホ、さっき玄関の棚の上にポンと置きっぱなしにしたままだったわ。


「……っ!?」


 扉越しに、瀬那がハッと短く息を呑む気配が伝わってきた。

 どうしたのだろうかと気になったが、俺はすでに一糸纏わぬ全裸である。今さら扉を開けて確認しに行くこともできず、俺はそのまま浴室へと足を踏み入れた。

 彼女が玄関で、一体何を見てあんな反応をしたのか。一抹の疑問と、ほんの少しの嫌な予感を残したままで。


 ◇


 約十五分間の悪戦苦闘の末、何とかシャワーで全身の血と汚れを洗い流し、俺は風呂場を出た。

 片手が使えないせいで着替えに手間取ったが、まあ、なんとか一人でこなせるレベルだ。


 リビングに戻ると、瀬那はまだ寝ていなかった。

 パジャマ姿の彼女は、救急箱をローテーブルの横に置き、ソファにちょこんと座って俺を待っていた。

 壁の時計を見ると、すでに深夜の二時近くになっている。どおりで身体中が泥のように重く、眠いわけだ。


「どうした、まだ寝ないのか?」

「……朔也くんを待っていたのです。これから傷の消毒をするのでしょう? お風呂のお手伝いをさせてくれなかったのですから、せめてこれぐらいは私にさせてください」

「あー……でも、血も出てるし、結構見た目がグロいぞ?」

「そんなことは気にしません。朔也くんは、私を庇ったせいでこんな怪我をしたのです。……どうか、やらせてください」

「……了解。それじゃあ、お願いします」

「はい」


 琥珀色のその目は、揺るぎなく真剣だった。

 決して瀬那に非があったから怪我をしたわけではない。非難されるべきはあの狂ったストーカーで、次に彼女を一人にしてしまった俺だ。

 だけど、瀬那が自分を責めて責任を感じるのもわかる。俺の手当てをすることで少しでもその罪悪感を和らげることができるなら、甘んじて受けよう。


 手首に巻いた防水テープとラップを剥がし、ビニール手袋と血の滲んだ包帯を取る。

 最後に、傷口を直接覆っていたガーゼをそっと剥がすと――「っ……」と、隣で瀬那が声にならない悲鳴を上げて息を呑んだのがわかった。

 そりゃそうだろう。手のひらの中心を縦に切り裂くように、人差し指と中指の間から手首の付け根に向かって、五センチほどパックリと裂け、痛々しい黒い糸で縫い合わされているのだから。


「……っ、う……、……ぁ……っ」


 横から聞こえた小さな嗚咽に驚いて瀬那を見ると……彼女は、大粒の涙をボロボロとこぼして泣いていた。


「泣くつもりなんて、ないのに……っ。……ごめん、なさい……。刺された朔也くんの……方が、ずっと痛くて、泣きたいはずなのに……っ。痛い……ですよね……っ」

「気にすんな。見た目に反して、痛み止めも効いてるしそんなに痛くないからさ。それに、瀬那が俺に謝る必要なんてどこにもない。……だから、俺のために泣かないでくれ」


 俺は血のついていない右手で、泣きじゃくる瀬那の亜麻色の髪をそっと撫でた。

 警察署では大人たちを前にして、一切の弱音を吐かずに気丈な仮面を被っていた彼女だが、今は俺と二人きりだ。ずっと張り詰めていた緊張の糸が、俺の傷を見たことでようやく切れたのだろう。


 俺の左手を、壊れ物を扱うように両手でそっと包み込み、ポロポロと涙をこぼす瀬那。

 俺は彼女の涙が止まるまで、ただ不器用にその頭を撫で続けることしかできなかった。


「……っ、助けてくれて……ありがとう……ございました。本当に……」


 静かな深夜のリビングに、彼女の震える声だけが溶けていく。

 願わくば、彼女がこんな痛ましい涙を流すことなく、明日からまた、心からの笑顔を見せて暮らせることを。

 今はただ、それだけを切に祈った。


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