第42話 想定外の来訪者
話を訊いている間、なんで今日、俺は一緒にいなかったのだろうと後悔が絶えない。家族との食事会なんて、本当に要らなかった。
それにしても、石田……さんはともかく、あの男……放火犯だったのかよ……。
「思ったより、根が深いですね。……放火の罪はとても大きいです。それだけで立件できますね。加藤くん、南雲さんが言っていた住所の火災について、どうなっているか確認してきてくれないかしら。重要参考人がいるって伝えて」
「はい、わかりました」
加藤くんと呼ばれた警察官が部屋から出て行った。
……そういえば、あの火事の件、進展がなかったな。瀬那も特段困ったことがなかったのか、話題にも挙げていなかった。
瀬那の説明が終わり、俺の番になろうとした時だ。外が騒がしくなってきた。
みんなが首をかしげていると、「バン!」と会議室のドアが開き、ふくよかな女性が入ってきた。
「ここに! 南雲っていう子がいるの!? うちの範くんに言い寄ったらしいじゃない!」
「どなたですか、あなたは? 今、使用しているので関係者以外はこの部屋に入ってこないでください」
「だから、南雲って子は誰よ!」
「いえ、ですから……」
なんか濃い人が入ってきた。心底関わりたくないタイプだ。だが、瀬那のことを探しているのは確かなようだ。
女性に気づかれない程度に体を動かし、自分の体で瀬那が隠れるように姿勢を変える。
「だーかーら! その南雲って子が私の範くんを誑かしたせいで! 捕まったんですよ!」
「!!」
(なるほどな。あいつの親か……)
瀬那が俺の服を掴み、その手が震えているのがわかる。
警察官に抑えられながらもキョロキョロして、俺の後ろの……瀬那を見た。とうとう瀬那を見つけたようで、目を見開いてこちらに向かってくる。俺はすかさず立ち上がり、瀬那に近づけないようにするため、左手を前に出して制止する。ズキリと縫ったばかりの痛みが伝わってきたが、とりあえず無視する。
後ろで須藤先生も、瀬那を下がらせていたのを感じた。
「なに! 邪魔するの?!」
「あいつの親なら当たり前だろ。瀬那に近づくな」
「なっ!?」
努めて冷静に告げる。
「あんたの息子は、コイツにストーカー行為をしただけじゃなく、ナイフで刺そうとしてたんだ。どう考えても普通じゃない。しかも、こいつの家を放火してるんだぞ。その親を近づける訳ないだろ」
「そんなこと、うちの範くんがする訳ないでしょ! 冤罪よ! 冤罪! 証拠はあるの!? ナイフだって、本当はそんなピアスをつけてる不良のあんたが持っていたんでしょ!」
人を外見だけで判断して決めつけるなと、心底呆れる。
しかし厄介なことに、向こうの言う通り物的証拠は今のところない。ナイフ所持は現行犯だとしても、過去の放火に関しては、今のところ瀬那の証言だけだ――。
「証拠ならあります! 少なくとも、本人が放火を自白している証拠なら!」
俺が舌打ちをしそうになった瞬間、背後に庇っていた瀬那が、須藤先生の横から顔を出して凛と叫んだ。
彼女はポケットからスマホを取り出すと、迷うことなく画面をタップする。途端に会議室に響き渡ったのは、あの狂ったストーカー男のねっとりとした声だった。
『南雲ちゃん……。また男が変わっているよ……。あの不良とは別れたの? それなら僕がいるじゃないか。なんでそんな軽薄そうなやつを選ぶんだ……』
「あの……会った時から、ずっと……録音をしてたんです」
「まじかお前……」
驚きと呆れが入り交じった顔をしている俺や警察官たちとは別に、須藤先生は「ははっ!」と笑っていた。
「随分と朔也くんに影響を受けているね。手際が良いじゃないですか、やりましたね」
「朔也くんはいつも周到だったので……。あと、石田さんに何かされそうになったらと思って」
石田、めっちゃ警戒されててウケる。
……でも、お陰で確実な糸口ができたかもしれない。
そのまま再生は続く。範が出てきて気持ち悪いことを言うところや、石田が前に出たのにナイフを出されて腰を抜かすシーン。……そして、瀬那が逃げ込んだ暗い路地裏で、範が『僕が火をつけたんだから』と得意げに放火を自白したシーンへ。
流石にこれには、先ほどまでギャーギャーと喚いていた母親も青ざめて沈黙していた。
自白の音声の後、録音の中の瀬那が『……黙ってください』と毅然と言い放つ。これなら俺が駆けつけるまでの状況もバッチリ入っているな、と安心したその時――。
「……あっ!」
横の瀬那が小さく叫んだかと思うと、凄い勢いでスマホの画面をタップし、音声をブチッと強制終了させた。
「どうしたのですか、南雲さん?」
良いところで証拠の再生を止められ、槙野警視が当然の疑問を問いかけた。
瀬那はなぜか、気まずそうに俺をチラッと見てから、もじもじと答える。
「えっと……。このあとはちょっと……。その、私があまりにも口汚く啖呵を切ってしまったので、皆さんの前で聞かれるのは恥ずかしくて……っ」
「お気持ちはわかりますが、この後、東條さんが刺される瞬間も録音されていたのですよね? 非常に重要な証拠になります」
「そ、それはそうなのですが……っ」
「別に啖呵を切ったからって、ここにいる誰も瀬那のことをおかしいなんて思わないぞ? むしろよくあそこで言い返したって褒められるレベルだろ」
「そ、それは……そうなのですが! 駄目なものは駄目なのです!」
「?」
なぜか耳の先まで真っ赤に染め上げて、瀬那がチラチラと俺の顔を見ている。
どう言うことだ……? 聞かれたくないような暴言でも吐いたのか?
その様子をじっと観察していた須藤先生は、顎に手を当てて「ふむ」と何かを察したように笑うと、
「南雲さん、この録音は解決のために最後まで確認するべきものです。ただ、どうしてもここでは聞かせられないということでしたら、別室で槙野警視だけが確認するというのはいかがですか?」
「……っ! そ、それなら……!」
「では、私が確認しますね。……録音の公正を保つため記録係と、そうですね、須藤先生には確認していただいた方がいいです。よろしいですか」
「はい、お願いします」
三人が部屋を出ていくと、俺は瀬那に問いかけた。
「何か問題あったのか?」
「さ、朔也くんは、き、気にしなくて大丈夫ですっ!」
「お、おう」
瀬那のすごい勢いに押されて、それ以上は聞けなかった。
本当に、何があったんだ……?
◇
別室で確認している間、範という男の親は呆然としたまま、部屋の外へ強制的に追い出されていた。その時わかったのだが、苗字は『素十』というらしい。つまりあのストーカー犯のフルネームは、素十範と言うそうだ。
しばらくすると、三人が戻ってきた。
「確認してきました。啖呵、格好良かったですよ。その後に東條さんが刺されるのもバッチリ録音されていました。後ほど、データをいただけますか?」
「はい」
槙野さんは瀬那にスマホを返した時、小声で「あの言葉は後で上手く誤魔化しておきますね」と言っていた……。いや、バッチリ聞こえてるけどな。
「先生、結局何があったんですか?」
「っ! だ、だめです!」
「確かに皆さんに聞かせづらいのはわかりましたので、内容は教えられません。ただ、安心してください。朔也くんが心配するようなことは起きてませんから」
「そうです、気にしなくて大丈夫です!」
「さいですか」
須藤先生がそう言うなら、瀬那が大変なことになるような内容ではないのだろう。
「さて、乱入者がいて話がそれましたが、次に東條さんのお話を聞かせてください」
「はい、わかりました。俺がしたことは――」
食事会の途中で瀬那から無言のSOS連絡があったこと。すぐに須藤先生に連絡して最寄りの駅に着いたら騒ぎになっており、たまたまそこにThe Foundry Atticの三人がいたので助力をお願いし、路地裏で瀬那を探し出して、庇って刺されたことを淡々と話した。
「……あなたはあなたで、高校生とは思えないほど手際が異常にいいですね。録音の動かぬ証拠もあるので、今回の傷害については確実に立件できそうです。後はストーカーの件をどうするかですが……」
コンコンコン、と。
その時、会議室の扉が控えめにノックされた。槙野警視が「はい、どうぞ」と促すと、「失礼します」と礼儀正しい声と共に、一人の女性が入ってきた。
年齢は三十歳前後だろうか。綺麗に手入れされた赤みがかった茶髪に、スーツを着こなした、キリッと気の強そうなつり目の女性だ。
(誰だ? ……なんか、どこかで見たことある顔の気がするが)
「ここに南雲という……瀬那ッ! 無事なの!? 刃物沙汰に巻き込まれてナイフで刺されたって報告があったのだけど、怪我は!? 大丈夫なの!?」
警察に要件を伝えようとしていた女性は、視界の端に瀬那を捉えた瞬間、血相を変えてヒールを鳴らし、ものすごい早足でこちらに詰め寄ってきた。
ただならぬ勢いに、俺の脳裏に先ほどの『素十の母親』の理不尽な乱入がフラッシュバックする。
俺は無意識のうちに、左手の痛みも忘れて中腰でスッと立ち上がると、瀬那を背後に隠すように立ちはだかった。
「お、叔母様!」
「……えっ?」
俺の背中越しに、瀬那の驚いたような声が響いた。
叔母様? 待て。ということは、この人が瀬那が前に『保証人だけど仲は良くない』と言っていた、あの身内の人なのか?
姪を心配して駆け寄ってきた叔母と。
完全に不審者を警戒するモードで中腰のまま立ちはだかる、血まみれの俺。
二人の間に、なんとも言えない絶妙に気まずい空気が流れたのは、言うまでもなかった。




