第3話 初めての委員会活動
俺は平穏に過ごしたかった。
目立ったとしても、向こうから関わられなければそれでいい。中学のときみたいな面倒はもう御免だからだ。
だから一人で良いと思っていた。
浩紀とつるむようになったのは想定外だったが、友達が一人や二人できるくらいは普通だろう。
だが――これは普通じゃない。
図書室の受付。
その隣に座っているのは――
南雲 瀬那。
容姿も成績も目立つ、いわゆる“良い意味で有名人”。
そして俺は“悪い意味で有名人”だ。
そんな二人が並んで座り、貸出の対応をしている。
しかも、これがほぼ一年続くらしい。
……何も起きなければいいんだが。
◇◇◇◇◇
――数日前。
委員長の説明が終わったあと、貸出・返却の当番決めが始まった。
クラス単位かと思っていたが、放課後の担当は部活に入っていない生徒を優先するのが恒例らしい。
そして始まった、「二人組を作ってください」の時間。
……待て。
よくネタにされるアレが、こんなところで発生するとは。普通こういうのは、クジとかじゃないのか。どうやら、部活の有無で二手に分かれ、そこから各自で組んでいく流れらしい。
――さて、困ったぞ。
“悪い意味で有名人”の俺に、わざわざ声をかけてくる物好きはいないだろう。下手に声をかけるのも相手に悪い。こういう時は最後まで残って、余った相手と組むのが一番平和だ。
そう決めて距離を置き、様子を眺めていた。周囲の男子が南雲を狙って、値踏みするように見ている。こういう時は美人は大変だな。
そのまま、周りが決まるまでスマホをいじり始めたところ――
「東條さんは、お相手は決まりましたか?」
澄んだ声が、すぐ横から聞こえた。
「!? ……い、いや、まだだよ。知らない人ばかりで、途方に暮れてた」
「そうですか」
彼女は少しだけ考えた後、
「それなら……私と組みませんか?」
「……え?」
仰天の声は、俺だけではなかった。一瞬、図書室の空気が凍りついたような錯覚に陥る。南雲に声をかけようと手ぐすね引いていた周りの男子たちからも、小さなどよめきが上がった。
……そりゃ驚くわな。
“良い意味で有名人”が、“悪い意味で有名人”に声をかけたのだから。
「光と影」、「正義と悪」みたいな対極の間柄なのに。
「なぜ俺?」
「うーん……そうですね」
少しだけ考えるように頬に手を当て、視線を落とす。
「知らない人より、知っている人の方が安心できると思いまして。お互いに」
「それはわからなくもないが……俺で良いのか?」
「おかしなことを言いますね」
ふっと、柔らかく笑う。
「私から声をかけたのに、嫌なわけないじゃないですか」
「そりゃそうだけどさ」
「――あと、他の男性の視線が怖かったというのもあります」
俺にだけ聞こえるぐらいの小声で言った。
(……ああ、なるほど)
さっきの空気を思い出す。たしかに、あれは落ち着かないだろう。高校生の男子だ。距離を詰めようとするやつもいる。そういう視線が怖いのはわからなくもない。
……と納得しかけて、ふと思う。今日初めて話した俺も、似たようなものじゃないか?
「ん? 俺はいいのか?」
「大丈夫だと思います」
「今日初めて話したばかりだぞ。信用するには早くないか?」
「変なことを考えている人は、そんな確認しませんよ」
確かにそうなのだが……。それでも良いのかと考えてしまう。
「……」
「それと――カン、ですかね」
「カンか」
「はい、カンです」
南雲は少しはにかんで言った。
不覚にも、そこで言葉に詰まってしまった。目立つ南雲と関わるのは出来れば避けたい。けれど、このまま断る理由も見つからない。あと、そんな不安そうな顔をしないでほしい……なんだか、こちらが悪いことをしている気になる。
(そのカン、外れてなきゃいいけどな)
俺は南雲にわからなうぐらいに、小さく肩をすくめた。
「わかった。そういうことならよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
その直後、周囲から小さくため息が漏れた。
◇◇◇◇◇
このやり取りがあったのが、数日前。そして今日は初めての委員会活動だ。
最初に常駐の司書から説明を受け、貸し出しと返却の方法を教わった。話しながら、俺のピアスをちらちら見ているのが視線で丸わかりだった。
……すみませんね、ジャラジャラしてて。
図書室を利用する生徒は多くない。そして、本を借りる生徒はもっと少ない。
話によると、テスト期間に入ると利用者が増えるらしいが、俺にはいまいち理解できない。性格的に、図書室だと集中できないタイプだからだ。
貸出と返却の当番は、基本的に暇らしい。そのため受付にいる間は、勉強や読書をしても構わないとのこと。それは助かる。何もせず座っているのは、さすがにきついからな。
「……視線、気になりますか?」
「ん?」
「さっきから、少し見られているので」
辺りを少し見ると、サッと視線を逸らす生徒が何人かいた。良くも悪くも、目立つ二人の組み合わせが珍しいのだろうな。
「この程度なら慣れてる」
「ならよかったです」
「南雲は大丈夫か?」
「私も慣れていますので、大丈夫ですよ」
向けられる視線の意味は違うのだろうが、俺たちはどちらもよく見られている。特に南雲の方は、視線だけでなく声をかけられることも多い。
……美人は大変だな。
「なぁ、南雲さん。俺、二年の小早川って言うんだけど」
「は、はい。こんにちは」
「こんにちは。それでさ、せっかく会ったんだし、連絡先教えてくれない?」
何が「せっかく」なのかわからない。南雲が明らかに困った顔しているのがわからないのだろうか?……わからないのだろうな。
「すみません、今、当番中でして……」
「連絡先の交換ぐらい平気だよー」
「いえ、そういうわけには……」
やんわり断った南雲を無視して話を続ける先輩。南雲はどうしたらいいかわからないのか、視線を泳がせている。
どうしてこの人は、嫌がっているのが分からないのか……
――それに、図書室では静かにしてほしい。
「すみません、先輩。図書室での私語は控えてください。他の利用者の迷惑になります」
少しだけ低い声で言った。
「え!? ……ご、ごめん」
さすがに口を挟んだ。近づきたい気持ちは分からないことはないが、時と場所が悪い。俺がいたことに気づいていなかったのか、先輩は素直に引き下がった。
……少し怯えていた気がするが、見なかったことにしておく。
「ありがとうございます」
「いや、大したことしてないよ。気にしないで」
実際、俺はただ正論を言っただけだ。……まあ、少しだけ目つきを鋭くして、追い払いやすい空気を作った自覚はあるが、それは彼女には黙っておくことにした。
――微妙に気まずい。
「……せっかくだし、課題でもやるか」
「そうですね。この時間を無駄にするのも、もったいないですし」
課題を取り出していると、見知った二人組がにやにやしながらやってきた。
浩紀&愛莉の冷やかしコンビだ。
「やあやあ朔也、お疲れ様」
「朔、おつかれー」
「げっ……」
「『げっ』とは何だね。せっかく、からか……様子を見に来てやったのに」
今、ハッキリ「からかい」って言ったよな……。
「お客様、お帰りの扉はあちらです」
俺は冷たい声で、今二人が入ってきたドアを指差す。
「怒んなって。一人でポツンと困っていないか、わざわざ見に来てやったんだからさ」
「そうそう、調子はどう? って……あ、南雲さんがいる!」
「えっ? あ、はい、南雲です。……東條さん、お二人はお友達ですか?」
南雲が少し驚きつつも、俺の方を向いて尋ねてきた。
「……あぁ、一応、友達と言えなくもない」
「なんだよ、その微妙な言い方は!」
「そーだそーだ!」
途端にカウンター前がうるさくなった。二人とも不満があるのか、手を上げてぶーぶーと抗議をしてくる。そのリアクションが妙に息ぴったりで様になっているのが、少し腹立たしい。
これ以上雑に扱うと本当に利用者から苦情がきそうなので、俺は渋々ちゃんと紹介することにした。
「南雲、こいつは前川浩紀。俺と同じD組。で、こっちが浩紀の彼女の倉木愛莉。E組」
「初めまして、南雲さん。前川です」
「初めまして~。倉木です」
「初めまして」
二人とも微妙に緊張しているのがわかる。どうしたお前ら、そういうキャラじゃないだろ。もっと能天気にしてろ。
「それにしても面白いペアだな」
「そりゃ、光と影みたいな組み合わせだからな」
「違う違う、そういう意味じゃない。総合のワンツーがそろってるって意味だよ」
手を振りながら否定する浩紀。その横の愛莉がニヤッとして続けて言った。
「片方は見た目詐欺だけどね~」
「誰が詐欺だ」
「ファッションヤンキーだもんね!」
「ファッションヤンキー?」
南雲が不思議そうにこちらを見た。
「この人、この前コンビニでお年寄りに順番を譲ってたよ」
「見るなよ……」
「あ、やっぱり優しいんですね」
「違う、急いでなかっただけだ」
これ以上、あることないこと言われるのは恥ずかしい。何人かの利用者も迷惑そうにこちらを見ている。ここは早めに帰ってもらうか。
「お前ら、他に用がないなら帰れ。利用者に迷惑だろう」
「あー確かに。仕方ない、今日のところは帰ってやるか」
「仕方ないねー。あ、南雲さん。朔は見た目こんなだけど、実は優しいから安心して。それでも何か不満があれば私に言ってね! 蹴っ飛ばすから!」
蹴っ飛ばす仕草をしながら、愛莉は南雲に話していた。……図書室でアクティブな動きをするなよ。
「蹴っ飛ばすなよ……そこは口を使え、口を」
「こいつ口悪いけど嘘はつかないから」
俺のことを指さして、にやにやしながら言い放つ。知り合って一ヶ月も経っていないのになにを言っているんだか……。
「余計なこと言うな」
「では、邪魔したな」
「お前らもう来るなよ」
「いや来るよ。保護者だから」
「誰がだ」
そそくさと、二人並んで図書室を出て行った。なんか疲れたわ……
「つ、疲れた……。嵐が過ぎ去った感じがする……」
「面白い方たちでしたね」
「騒がしいだけだと思うぞ」
「ふふ、仲が良いのですね」
南雲は浩紀たちが消えたドアを見つめ、少しだけ羨ましそうに微笑んでいた。
そのあとは特に何事もなく、静かな時間が過ぎて、お互いの課題が終わる頃には、図書室を閉める十七時になっていた。受付を軽く整え、施錠を司書に任せて外へ出る。昇降口で靴を履き替え、校門まで自然と並んで歩いた。会話はない――けれど、不思議と気まずくはなかった。南雲も、ペラペラと多くを話すタイプではないのかもしれない。
外に出ると、西日が目に刺さるほど眩しい。青かった空も、少しずつ夕暮れの色を落とし始めていた。校門を出てしばらく歩き、分かれ道で足を止める。いつもと違うこっちの道だと少し遠回りになるが、散歩は嫌いじゃない。ずっと座りっぱなしだったので、ちょうど良い気分転換になるだろう。
「じゃあ、俺はこっちだから。まだ明るいけど、気をつけて帰れよ」
「はい、ありがとうございます。また明日ですね。さようなら」
「じゃあな」
南雲は手を軽く振って、背を向ける。夕闇に溶けゆく彼女の制服の白さが、なぜかいつまでも俺の網膜に残っていた。まるで、そのまま夜の闇に吸い込まれて消えてしまいそうな危うさを、一瞬だけ感じたからかもしれない。
今日の夕飯の献立をぼんやり考えながら、俺も家路についた。
◇◇◇◇◇
Side : 南雲 瀬那
私は、小さく安堵の息をつきました。
組決めのとき、思い切って勇気を出して声をかけてよかったと、心から思います。
委員会の間、彼の言葉は素っ気ないものでしたけれど、先輩からさりげなく庇ってくれたり、踏み込みすぎないよう心地よい距離を保ってくれたり――
一緒にいて、不思議と気が楽だったのです。
(……やっぱり、優しい人だった)
心の中で、ほっと肩の力が抜けていきます。
アパートに着き、誰もいないと分かっているのに「ただいま」と口にしました。
……当然、返事はありません。真っ暗な部屋に響く自分の声が、やけに空々しく、ひどく余計なものに思えました。
もう、一人になって一年以上経つのに。
私はまだ、この静かすぎる孤独には慣れません。




