第205話 鷹司の行動の真意①
勉強会は数日間続き、瀬那がいてもいなくても、特進クラスの奴らが来た。
鷹司以外の参加者は、日替わりだったり、続けて来る奴がいたりと、傍から見たら何がしたいのかわからない。
浩紀や愛莉がいないのなら、俺としては開く意味もないのだけど、諸事情によりやめられなかった。
特進の連中に絡まれるようになったのは俺だけではなく、瀬那にも虎真が絡んでくるようになったらしい。このしつこさはある意味長所だと思う。全く羨ましくないが。
週が明ければテストという土曜日。
今日は浩紀と愛莉というメンツで、俺の家で勉強会だ。ここには鷹司も、ほかの特進クラスの連中もいない。さすがに自分のテリトリー内には入れたくない。
「さくやん、いい加減にしろ!」
「だから、さくやんって呼ぶな……」
代わりと言ってはなんだが、金森がいる。……でも、木内はいない。お前らワンセットじゃないのかよ。
瀬那から聞いたらしい、冴さんと同じ呼び方を繰り返す金森に抗議しつつ、怒られた理由を考える。思い当たる節は一つしかない。
「私も正直、どうかと思う」
今日は参加している雫が、それに続いて口を開いた。
雫は腕を組んだまま、むっと唇を結んでこちらを睨んでいる。声にも、はっきり不満がにじんでいた。
「瀬那がかわいそうだよ!」
「……ですって、朔也くん」
瀬那も「ほら」と言わんばかりに俺を見ていた。
いや、俺だってわかってますよ? やりたくてこうなっているわけではないのは、瀬那もわかっているだろうに。
愛莉は事情を知っているからか、ノートに視線を落としたまま苦笑している。
「あれ? 金森さんはともかく、雫にも話してなかったのか」
「言うタイミングがなかったからな。教室だと言いづらいだろ」
「それもそうか」
「?」
事情を知らない雫と金森は、浩紀の言葉の意味がわからないようで、俺たちを交互に見ていた。
「まあ、なんていうか、鷹司のためなんだよ、この状態は」
「鷹司さんの?」
「ああ、実は二学期の終わりに、彼女から相談されてな――」
俺は、二学期の終わりに、紙を渡された日のことから説明した。
◇
― 二学期の終わり ―
放課後、自宅に帰ってきた俺は、いつも通り着替えた後、リビングのソファーに座って渡された紙を取り出した。
丁寧に折られた紙の表には、
『東條くん、南雲さんへ』
と、書かれていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「なんですか、それ? ま、まさか! ラブレターですか!? 私という相手がいるのに……挑戦状ですね」
同じく着替えを済ませた瀬那が近づいてきた。
すでにコンタクトを外している瀬那の瞳が、少しずつ朱くなるのがわかる。
挑戦状って……興奮しすぎだろうに。瀬那の中では、すでに決闘のゴングが鳴り響いているらしい。
「なんでそうなる……。もしそうなら、書いた相手は俺と瀬那の両方と付き合うつもりってことになるぞ」
そう言って、瀬那に紙の表を見せた。
俺たち二人宛てだとわかると、瀬那の興奮もすぐに収まった。
鷹司も、誤解がないようにしてくれたのだと思う……きっと。
瀬那が隣に腰を下ろし、俺の手元を覗き込んだ。
……落ち着いたのはいいが、近い。これでは紙を開く前に、俺の方が落ち着かなくなる。
「どなたからですか?」
「鷹司だ。昼休みに会っただろう? その時に渡されたんだ」
彼女が落としたチケットを返した時、俺の手を握ってきたのだが、そのとき、チケットと入れ替わりにこの紙を渡してきた。
「そういえば、手を握っていましたね。その時ですか……」
「そう。だから怒らないでくれ。それで……これに何が書いてあるのか怖くてな」
「アーヴェル司書関連ですかね?」
「もしそうなら勘弁してくれ……」
俺と瀬那と鷹司の共通点といったら、それぐらいしかないのはわかっているが……御免被りたい。
破かないように丁寧に開くと、整った文字で『ご相談があります。連絡をください。ID:XXXAVLVXXX』と書かれていた。
添えられていたのは、俺たちも使っているメッセージアプリの ID だった。……『相談』ね。
「文字通りに受け取るなら、相談したいことがあるってことだろうが……それなら、あの時でも放課後でもよかったはずだよな?」
「そうですよね……鷹司さんのことなので、本当に相談なのだとは思いますが……」
鷹司とは文化祭ぐらいでしかちゃんと話していないが、攻撃的だったり、何かを企んだりするような奴には見えなかった。どちらかというと、おどおどしているイメージが強い。瀬那も同じ印象なのだろう。
「とりあえず、メッセージをやり取りするだけなら大丈夫だろう。登録してみるか。瀬那はひとまずやめておくか?」
「いえ、私も登録します。それに、どちらか一人だけなら、私の方が自然ですよ?」
「それもそうか」
友達登録を利用してこちらを陥れるなら、俺につきまとわれていると言いふらすような方向だろうから、瀬那だけの方がいいだろう。とはいえ、宛名は二人宛てだ。俺だけ登録しないのも不自然か。
この辺りに気づく瀬那は、策士の素質がありそうだ。
「まあ、考えすぎか」
「そうですよ。特進クラスだからって、鷹司さんが変なことをするとは思いませんよ……アーヴェル司書関連でなければ」
「おい!」
最後だけぼそっと付け加えた瀬那にツッコミを入れつつ、二人ともメッセージアプリに鷹司を登録した。
プロフィールの名前には『あやね』と書かれていた。確か、彼女の名前は『綾音』だったはずなので、間違いないようだ。
俺は瀬那と鷹司との三人のグループを作って、連絡を入れた。
『特進の鷹司で合っているか?』
しばらくして既読になり、返答が来た。
『そうです。ごめんなさい、急にこんなことをして』
『それは別にいいが。それで、相談事って?』
『打ち込むと長くなりそうだから、通話にしてもいい?』
俺は隣の瀬那に目配せをして、頷くのを確認した後、通話ボタンを押した。
グループ通話にはなっているが、瀬那は自分のスマホでは参加せず、俺のスマホをスピーカーにして一緒に話すことにする。
それに合わせて、瀬那は自分のスマホで録音アプリを起動させた。
瀬那が画面をこちらへ向けたので、俺も小さく頷いた。
杞憂で終われば、それでいい。こういうものは、後から用意できないからな。
画面の隅で、録音中を示す赤い点が小さく明滅している。まるで、面倒ごとの開始を告げる合図みたいだった。
「鷹司、聞こえるか?」
『大丈夫です。すみません、急に通話をお願いしてしまって』
「気にすんな」
瀬那も、俺のスマホに少し顔を近づけた。
「私も隣にいますが、よろしいですか?」
『もちろん。二人に関係していることだし……それで、相談事なのですが、実は――』
鷹司が話した内容は、あまりにもアホなものだった。
……でも、また面倒なことになったと、頭を抱えてしまった。
要約すると、こうだ。
赤口は、今回の期末テストで一位と二位を総合に取られたのが気に入らなかったようで、冬休みの課題を増やすことにしたらしい。
……まあ、勉強を主眼に置くクラスなので、連中はご愁傷様だけど、これは理解できる。
奴が一番気に入らないのは、俺がとうとう二位まで上がったことだという。
それで、今まで二位だった榊原がえらく責められたようだ。彼を責めるのはお門違いだろうに。やっぱり、あの教師はおかしい。
隣を窺うと、瀬那は無言のまま録音画面を見つめていた。
俺は前から上位ではあったが、点数も上がっているので、その理由を探ろうということになったそうだ。
……まあ、これもまだ理解はできる。成績が上がる方法があるなら、知りたいという気持ちが出てくるのは当然だろう。
ただ、俺からしたら、瀬那と一緒に勉強することが多くなったのが理由なので、隠すことでもなかったりする。
そして、その探りを入れる役に指名されたのが――鷹司だった。
理由は単純で、文化祭で関わりを持ったことで、特進クラス内で一番俺と仲がいいと判断されたらしい。
……まあ、これはしょうがない。鷹司に理由を訊かれたら、普通に答えていただろうし、人選としては適任だろう。
『なんか、簡単に聞けちゃったね』
「隠すことではないからな。自分より点数のいい人と勉強したってだけだし。彼女だから、余計にモチベーションが上がるぐらいか?」
『……なんか惚気られちゃった』
「すまん」
ここまで聞いて、「アホだなー」という感想は浮かんでも、まだ納得できる箇所はあった。……だけど、最後の一つで、思わず天井を仰いだ。
『南雲さんと東條くんが付き合い始めたことで、南雲さんがますます特進クラスに来なくなったから……東條くんをどうにかしようって』
「……はぁ。うん? どういうこと?」
『私もよくわからなかったんだけど……結論として、二人を仲たがいさせて、別れさせようって』
「……馬鹿ですか」
隣の瀬那が、聞いたことのないぐらい冷たい声で呟いた。
その抑揚のない響きに、俺はぞっとした。
ちらりと窺った瀬那の瞳は、さっきよりも一段、深い朱に染まっている。
……相当、怒っているぞ、これ。ビデオ通話ではなくてよかった。
『ひっ!』
通話の向こうで、鷹司も悲鳴を上げているじゃないか……。
「落ち着け……。バカでアホなのはよくわかっているから、いいから落ち着け」
「……はい」
まだご不満なようで、目が怖い。
俺は瀬那の頭を撫でて、少しでも落ち着かせようとした。だが、あまり変わらないので、ひとまず話を続けてもらうことにした。
「……それで、なんでそんな結論になったんだ」
『わ、別れさせることができたら、南雲さんが特進に来て、みんなのレベルも上がるし、ショックで東條くんの成績は落ちるからって。一石二鳥どころか、三鳥、四鳥になるって』
とにかく、何もかもがよくわからない考えだった。
俺たちを別れさせるのはまだしも……いや、それも一介の教師がどうこう言うことじゃないが。別れても瀬那が特進に行くことなんてないだろうし、俺の成績が下がったところで、何が特進のためになるのかもわからん。
膝の上で、瀬那が拳を握りしめていた。
そもそも、うちの学校という狭い範囲で順位が上がったところで、本人の学力が上がったわけではない。
全国の受験生を相手にするなら、何も変わらないだろうに。
「それで、クラスの連中は納得したのかよ?」
『それが……なぜか、クラスのほとんどの人が納得してたの。そこが怖くて……』
「……それはおかしいな」
通話の向こうで、鷹司が小さく息を吐いた。
仮にも、学年でトップクラスに勉強ができる奴らの集まりなのに、これに違和感を覚えないのは変だ。
『昨日のホームルームは、こんな感じ。誰に相談したらいいかわからなくて……お母さんに言っても、うまく伝わらなくて』
鷹司の母親に伝わらなかった理由はわからないが、赤口の言動やその場の雰囲気を直接見ていない分、異常さを想像しにくかったのかもしれない。
『それで、当事者になってしまった東條くんと南雲さんには、伝えておこうと思って。でも、学校で話しているのを聞かれたら……』
「これは、学校で話さなくて正解だろう」
『だよね……』
もし、このことを話したのがバレたら、後でどんな目に遭うかわからない。「さっそく、勉強の極意を訊いていた」で通じるとは思えない。
「ありがとう。俺たちも気をつけるよ」
『うん、そうして。それと、ごめんなさい。何もできなくて』
「そんなことはありませんよ。こうやって教えてくれただけでも助かります」
『……うん』
そうして、俺たちは通話を終えた。
◇
「ってことが、まずあったんだ」
「うわぁ……こわっ!」
「特進って、頭いいはずなのに、やることは馬鹿なの?」
二人は、それぞれ感じたことをこぼしていた。
うん、わかるぞ、その気持ち。
「特進のみんなというよりは、たぶん、赤口がおかしいんだと思う」
むしろ、そうであってほしいと思っている。
俺が特進で付き合いのある鷹司や文芸部の先輩とかは普通だから、おかしいのはあいつだけだと思いたい。
「あれ? それだけじゃ、鷹司さんの行動っておかしくない? 勉強会に参加するのはいいとして、朔也くんに馴れ馴れしくする必要はないと思うけど?」
「実は、その後、さらにアホなことがあってな……」
この二人は、まだ知らない。
ここから、さらに馬鹿げた話になることを。
思い出しただけで、胃のあたりが重くなる。
補足。
紙を渡したのは、「第165話 期末テストの結果」です。




