第202話 始業式と、悩ましい昼食
講堂での始業式は、特に何事もなく終わった……わけではなかった。
校長の話の前に壇上に上がったのは、規格外の生徒会長こと、柊先輩。この人が何をするのかと戦々恐々としていると、彼女は演台に立ち、しゃべり始めた。
「テステス、テステス。ただいまマイクのテスト中ー! あめんぼ赤いな、あいうえお」
講堂の空気が、一瞬で「ああ、またか」という色に染まった。
発声練習を始める柊先輩。意味不明だし、無駄にうるさいしで迷惑でしかない。ただ、無駄にいい声なのが悔しい。
「柿の木、栗の木、山椒の木!」
……違うし。
そこはせめて『か行』であれ。
そして、それを見てなぜか恥ずかしくなる俺。
俺が何かしているわけでもないのに、そう感じてしまうのはなぜなのだろうか。これが共感性羞恥というやつか。
……あの人に『共感』してしまうのは、それはそれで嫌なんだが。
「さて、マイクのテストを兼ねて出てきたのは、皆さんの生徒会長、柊です。この場を借りて重大発表があります!」
ワー! ワー! と自分で言って勝手に盛り上がる柊先輩とは対照的に、壇上の端では桐生先輩が頭を抱えていた。
……今年も苦労しそうだな、あの人。今度、何か差し入れを持っていこうと、俺は心に誓った。
「公約に掲げたピアス自由化ですが、まだ進展がありません。思ったより教師陣の頭が固いです。困ったちゃんですねー。その代わりと言ってはなんですが、学食に新しくメニューを追加してもらいました!」
ピアスの件、本気で交渉していたんだ、この人……。無意識に、左耳へ伸びかけた手を止める。
その代わりがなんで学食のメニューなのかはわからないが、柊先輩は得意げに胸を張っている。
彼女はマイクをスタンドから外して手に持つと、演台から離れて、壇の前方へ出てきた。なんでそんなに堂々としていられるのか。やっぱり、この人はある意味大物だ。
そして、それを見ても止めに入らない教師陣……何があったのか察してしまう。
「今回、追加してもらったのは二つ! まずは要望が多かったハンバーガーセットです! チーズバーガーのセットで、パティ増量も OK だぜ!」
ノリノリで言い放った言葉に、「オー!」と会場の至るところから歓声が上がった。そこまで食べたいのか、ハンバーガー!? 定番っちゃ定番だけど、そんなに待ち望まれていたのかよ。
「そして、もう一つは! ドゥルゥゥゥゥゥ!……ステーキ丼だ! しかも、九州で有名な牛肉だー!……名前は忘れた」
今度は「ワー!」「キャー!」という歓声に、「なんでだよー!」というツッコミが混ざった。
隣の浩紀も叫んでいる。こういうのに乗るのは、こいつらしい。
「ごめん、ごめん。何の肉かは、学食で公開されるまでのお楽しみってことで! それでは、そろそろ校長先生のお話が始まるから、みんなちゃんと聞くんだよー!」
言いたいことを言い終えたのか、柊先輩はマイクをスタンドに戻し、スキップしながら壇上を降りていった。
「相変わらず、変な人だな、柊先輩って」
隣の浩紀が、まだ笑いながら呟いた。
「Wow! ヒイラギって面白いね」
「エレノア、一応『先輩』は付けてね」
「OK! ヒイラギパイセンね!」
和人の「一応」も気になるが、それより、その「パイセン」は愛莉が仕込んだのか?
◇
その後は、さすがに何事もなく終わってくれた。
校長の話は例によって長かったけど、内容は至って普通。三年生の受験に向けた激励と三学期の行事の話で、本当に普通だった。
本日最後のホームルームも終わり、後は帰るのみ。
この後に部活がある奴もいるが、まずはみんなで近くのファミレスへ行き、昼ご飯を食べる予定だ。今日は雫や斎藤も一緒に行く。
瀬那と愛莉が合流し、そのまま下駄箱へ向かおうとした時だった。
「と、東條くん、あの……この後、時間ある?」
声をかけてきたのは鷹司だった。
基本、気弱な鷹司らしく、少し恥ずかしそうにもじもじしていたが、目は真っすぐに俺を見ていた。鞄の持ち手を握る指には、やけに力が入っていた。声をかけるだけでも、こいつなりに覚悟が要ったのだろう。
俺は隣の瀬那に視線を送り、彼女が頷くのを確認してから、鷹司に答える。
「今からみんなとファミレスに行くんだが……よければ一緒に行くか?」
「う、うん。お願いします」
「そうか。みんなもいいか?」
周りを見渡して確認する。
先に誘ってしまって申し訳ないけど。
「……ああ、もちろん!」
「うん!」
浩紀が答えると、他のみんなも頷いてくれた。
そのままファミレスへと向かう俺たち。
道中、鷹司は俺と瀬那以外とはあまり話したことがないようで、自己紹介のようなやり取りをしていた。
「鷹司さんって特進だったよね? やっぱり授業は難しいの?」
「難しい……そうかもしれません。授業の密度が濃いというか、小テストが多いというか……」
鷹司はマフラーに口元を埋めたまま、ぽつぽつと答えていた。
特進クラスがどういうふうに授業を進めているのか、俺は知らない。
総合と特進は同じ定期テストを受けているから、少なくとも、その出題範囲に当たる内容はこちらと同じはずだ。
何が違うのかは謎だったけど、小テストを多くやっているのなら、問題を解く量を増やして経験を積ませているのかもしれないな。
……知らないけど。
「特進って、クラス内にカーストがあるって話は本当なん?」
「あー……本当ですね。ランキングの上位かどうかとか、そもそも載っているかどうかで……扱いが変わるところはありますね」
鷹司は苦笑しながら答えた。
濁してはいるが、何を言いたいのかは、この場にいるみんなも察しているだろう。
「同じ学校なのに、どうしてうちのクラスとそんなに違うの? なんだか殺伐としてるね」
「……なんででしょうね」
それを鷹司に訊いてもわからないだろうけど、俺の予想では、『あの』辺りの先生がおかしいのだと思う。
そこまでして『特進』というステータスを保ちたいのか……。
「……鷹司さんは、大丈夫?」
「あはは……今のところ、大丈夫ですよ」
嘘だろうな。
俺が最初に鷹司を認識したのは、まさしく『それ』の最中だった。
誰もそこまでは訊かないが、正直、クラスに友達がいるのかさえ心配になる。
文芸部では大丈夫だとわかっているけど。
……そんなことを考えつつ、後ろからついてくる生徒を気にしながら歩くのは面倒だな。
ファミレスに着くと、全員で座れるテーブル席がちょうど空いていた。俺の両隣は瀬那と鷹司という……まあ、予想していた通りの配置だ。
瀬那がテーブルの端にあったメニューを取り、俺の前に開いて置いた。ぱたん、と、メニューが心なしか強めの音を立てた。
「メニューはこれですが、朔――」
「と、東條くんはどれにするの?」
鷹司が俺の腕を引っ張りながら訊いてくる。
それを見て、テーブルを挟んで向かいに座る雫と斎藤がぎょっとしていた。鷹司の手を見た後、ちらっと瀬那へ視線を向ける。
二人の顔が引きつるのを見て、瀬那がどんな表情をしているのか、大体察した。こういうところは素直だよな、こいつら。
……でも、俺は瀬那を直視できない。こ、怖いわけではないぞ。
「……俺は無難にアジフライにするつもりだ。瀬那と鷹司はどうするんだ?」
「私はハンバーグにするよ」
「……私はクラブサンドでしょうか」
瀬那の声が若干低くなっていることには、この場にいる全員が気づいただろう。
「そうか……みんなは決まったか?」
テーブルの下では、瀬那が俺の膝に手を置き、軽くつねっていた。
わかっています、わかっていますが……今は我慢してくれ。
「なあ、和人。俺、少し胃が痛いかも」
「……同感だね」
斜め前の親友たちにも負担をかけているようで……ごめん。




