第200話 人ごみの中の視線
三が日には友達の来訪もあったものの、それ以外は正月らしくなく、普通の休日と変わらない生活をしていた。瀬那はバイトに行き、俺は迎えに行くついでに『The Foundry Attic』に顔を出したり、といった感じだ。
せっかくなので、休みが明ける前に近くの神社へお参りに行った。近所づきあいは大切らしいからな。
「おみくじ、引きますか?」
「……やっていくか」
おみくじを引くなんて何年ぶりだろうか、と思うぐらい久しぶりだ。
ここはお金を入れて自分でくじを引く方式で、取り出したのは――凶。……なんともまあ、幸先の悪いスタートで。
「瀬那、どうだった?」
「小吉です。なんとも言い難い位置ですね。朔也くんは?」
「うん、凶だ」
「凶!?」
新年最初に悪いものを引いたなら、あとは上がるだけだから大丈夫、という説があるよな。誰が言い始めたのかは知らないが、今だけは全面的に支持したい。
「まあ、所詮おみくじだ」
若干、力を帯びていることからは目を逸らしつつ……。
「で、内容はっと」
【運勢】凶
災難:思わぬ災難に遭う兆しあり。油断せず、身を慎むべし。
恋愛:互いの想いは深まる。されど、思いもよらぬ出来事あり。
学問:励めば相応の成果あり。気を緩めるべからず。
うーん、微妙だ。
災難はこれ以上増えてほしくないのだけど、そうもいかなさそうなのがなんとも。
「『互いの想いは深まる』ですって! 災難に負けないように深めましょうね♪」
「お、おう。学問は今まで通りでいいな。瀬那は?」
「私のは――」
【運勢】小吉
災難:人災の兆しあり。周囲に心を配るべし。
恋愛:心通じ合い、仲睦まじく過ごせる。相手を信じてよし。
学問:今の歩みを続けてよし。日々の積み重ねが実を結ぶ。
「……とりあえず、朔也くんのことは信じているのでいいとして、人災ですか……」
「思いつく奴らはちらほらいるな。また、生徒会長とかが変なことをしてきそうだけど」
「柊先輩なら、まだいい方でしょうけどね。学問も今まで通り頑張ります」
たかがおみくじ、されどおみくじではある。とにかく、気をつけて過ごせば大丈夫だろう。
「……」
首の後ろを、冷たい指でなぞられたような感覚が走った。
顔を上げて周りを見回してみるが、特に変わった様子はなかったので、すぐに手元のおみくじへ視線を戻した。
◇
その後もまだ時間があったので、ルナポートとは別のショッピングモールへ行くことにした。冬物のセールを覗いたり、足りなくなった文具や学校用品を買ったりするつもりだ。まあ、ただのデートだな。
ウィンドウショッピングがてら、手頃な価格の服を扱う店に入ってみる。
冬物の初売りセールをしているので、買い足すにはちょうどいい。今季あまり着なくても、来年用にする手もある。
瀬那は店内を軽やかに歩きながら、ハンガーを一つずつ指先でめくっていく。まるで宝探しでもしているようだった。
やがて一着を選び出すと、俺が普段あまり着ない色のアウターを、俺の体に当ててみせた。
「朔也くんには、この色が似合うと思うのですよね」
「そうか? 俺には派手じゃないかな」
「そんなことありませんよ。次に買う時は候補に入れてくださいね」
「了解」
セールとはいえ、冬服はもう揃っているので、買うかどうかは悩む。流行りはあまり気にしないが、来年も着るとなるとサイズの問題があるからな。ないとは思うけど、去年と同じぐらい身長が伸びたら悲惨だ。
「……でも、朔也くんが買うなら、大きめの方がいいかもしれませんね」
「なんでさ?」
「えっ? だって、また身長が伸びるかもしれないでしょう? ワタシト、チガッテ……」
「……落ち着け」
とりあえず頭を撫でて落ち着かせてみるが、まだご不満なようで、俺を見上げる瀬那の頬は膨らんでいた。
周りに人がいないところへ移動して、瀬那を隠すように抱きしめる。膨らませていた頬は見えなくなったが、俺の服を掴む指には、まだ少しだけ力が入っていた。
「俺は今ぐらいの身長差も好きだけどな。こうやって抱きしめると、ちょうどいいし」
「……私もそれは好きですけど――それとこれとは別です! まだ、私は諦めていません!」
「……諦める必要はないと思うぞ。俺も、できることなら手伝うし」
「はい!」
なんとか持ち直したか?
若干バカップルなことをしているが、嫌ではないので問題ないだろう。学校からも遠いし、知り合いに見られることもないはずだ。
「……」
◇
年始のセールは色々な店でやっていた。
買い替える予定はないが、メガネ屋で今のものとはだいぶ違う、似合いそうなフレームを探してみたり、食器やキッチン用品を扱う雑貨屋を回ったりした。
「食器はもう十分あるので、お客様が来た時用に、こういうカッティングボードがあってもおしゃれだと思いませんか?」
「おしゃれだと思うよ。一学期に比べれば人もよく来るようになったし、あってもいいかもな」
一学期は瀬那と同居していることがバレるわけにはいかなかったので、俺の家で遊ぶ機会は少なかった。それこそ、勉強会ぐらいだったと思う。
それより前は、そもそも俺が他人を家に上げるつもりもなかった。引っ越した当初は、食器なんて自分が使う分だけあればいいと思っていたし、実際、食器棚にはほとんど何もなかった。
だけど瀬那と同居して、それが一変した。
彼女の家から持ってきた食器が増えたことに加え、そこには俺一人では選ばないようなものもあった。同居を明かす前に、和人に女性の存在を察されたのは、それも理由の一つだと思う。
瀬那は手にしたカッティングボードを裏返し、表面を指先でそっとなぞっていた。これも、俺一人だったら手に取らなかっただろうな。これに何を載せるかより、置き場所に困らないかを先に考えただろう。
今は、あいつらが来た時に何を出すかが先に浮かぶ。
俺と瀬那が付き合ってからは、彼女が俺の家にいることも『普通』だと思われるようになっただろう。
いつものメンツだけではなく、雫や木内たちもそうだろうから、彼女が選びそうなものが増えていても不思議には思われないはずだ。
同棲しているとは思わなくても、一人暮らしの彼氏の家に遊びに来るぐらい、普通だろう。……高校生でも。
瀬那はカッティングボードを胸の前で持ち上げ、置き場所を測るように棚を見回していた。
「そうですね。同棲……いえ、同居を始めたころに比べると、人が来るようになりましたよね。とはいっても、主に愛莉さんたちですけど」
「そりゃな。俺は人付き合いがいい方でもないし、色んな人を家に入れるようなタイプでもないしな。瀬那だってそうだろ?」
「確かにそうですね」
瀬那は俺と違って、人付き合いが嫌いなわけではないと思う。でも、誰彼構わず、自分の領域に入れたいと思う性格でもない。そこは俺と同じだと思う。
「……そう考えると、よく俺の家に来たよな。それに、俺もよく入れる決心をしたもんだ。ある意味、奇跡に近いな」
「朔也くんに関してはそうだと思いますが……私はいっぱいいっぱいだったので、朔也くんに会ってほっとしていましたよ?」
「そうか? 最初は結構、警戒していなかったか?」
「警戒というより……どうしたらいいか、何が正解なのかわからなかったのです。本当に頼っていいのか、それとも頼っちゃいけないのかも、わからなくて」
人に迷惑をかけるという意味では、「頼っちゃいけない」と思うのはわからなくもない。俺が女子だったら、瀬那ももう少し頼りやすかったのかもしれない。入学前からの知り合いとはいえ、男の家に行くには勇気が要るはずだ。
「ただ、朔也くんが来てくれて、安心したのは本当ですよ。よく知らない人たちに絡まれた後だったので、余計に」
「それはそうだな。知らん奴よりは安心だよな」
「それだけじゃないですけど、そうですね」
瀬那が言いたいことは、なんとなくわかる。
彼女は俺が思っていたよりも前から、俺のことを――。
「よし、それじゃあ、これは買っておくか」
「はい。もちろん、家計から出してくださいね?」
「……覚えておく」
「もう……」
どちらかが家計を一方的に管理しているわけではなく、毎月お互いにいくらか出し合って生活費にしている。主に食費と生活雑貨用だ。同居を始めた時とは少し変わっているが、そういうものだろう。……多分。
ただ、高校生のカップルが「家計」なんて言っているのは、なんだかこそばゆい。
……嫌ではないけどな。
「……」
カッティングボードをかごに入れ、そのまま他の商品も見て回る。ほかに買うものは決まっていないが、こうして見て回る時間も楽しい。あらかた見たところで、ほかには欲しいものもなかったのでレジへ向かった。
その後は下着売り場に連れて行かれて、今、瀬那は試着の最中だ。
瀬那としては、こういうところに彼氏を連れてきて恥ずかしくないのか? 気になったので、それとなく……ではなく、直接訊いてみたら――
『朔也くんは、つけていないものには興味がないのでしょう? だから大丈夫です。ただ、ジロジロ見ていると他の方の迷惑になるので、気をつけてくださいね』
――とのことだった。
確かに、つけていない状態の下着はただの布だけどさ……さすがに、ほかの客もいるところに居続けるのは気まずいって。
『朔也くんはどれがいいですか? 色とか形とか』
『……それを聞くのかよ』
『はい、もちろんです。先ほどは私が朔也くんのものを見たでしょう? 今度は私のものを選んでくれますか?』
『アウターと下着を同列にしないでほしいです』
そんなことがあり、今試着しているのは、俺が選んだものだったりする。さすがにこの場で見せはしないだろうけど……試着室の近くで待っているのはきつい。瀬那と一緒ならともかく、一人だと他人の目が怖いです、マジで。
俺は逃げるようにそそくさと店を出て、入り口で待つことにした。
「……」
さて、朝から知り合いには見られていないが、知らない奴には見られているようだな。
視線が向いているのは俺か瀬那かわからないが……いい加減うざい。
とはいえ、こちらから接触するのは危ないかもしれない。
ガラスに映る人波の中に、一人だけ動かない影があった。
うーん、どうしたものか。
祝・200話!(プロローグ入れると201話なのは目を逸らしつつ……)
本編の話数ですがとうとうここまできました!
いつも読んでいただいてありがとうございます!
この小説全体の話数の合計が、273話……。下書きのものを除いたとしても50話ぐらい差があります。SS も結構書いているんだなって思いますねー。
その点は自分の行動が面白いです(なにが?)。
本編についてはまだ続きます。
多分予想だと 300話前後かと思いますが、これからもよろしくお願いします。<(_ _)>
以下、本編の蛇足。
― その後 ―
「朔也くん、逃げないでくださいよ。試着が終わって出たらいなくて、びっくりしました」
「さすがに試着室の前にいるのは気まずいって……」
「朔也くんにも、そういう羞恥心はあったのですね。安心しました」
「俺を何だと思っているんだ……」
ため息をつく俺とは対照的に、瀬那は楽しそうに笑っていた。
「ちなみに店員さんが、『彼氏さん、選ぶ時にちゃんと考えていて、すごいですねー』って言っていましたよ。ネタに走らなかったのも高評価ですね」
「ネタって、あんなシースルーのものを履かせられるかよ」
「うふふ、家の中だけなら大丈夫じゃないですか?」
「えー。瀬那さん、そんなキャラだっけ?」
俺がまじまじと顔を見ると、瀬那は慌てて首を横に振った。
「嘘ですって。さすがに私も恥ずかしいですから……あれ、下着の意味なくないですか?」
「それはそう」
下着が入った袋を受け取って、俺たちは歩き出した。




