第199話 三が日後の帰省
三が日も過ぎた、一月四日。気分は乗らないが、実家へと足を運んでいる。
義父さんから電話があったこともあり、正月ぐらいは一度帰らないといけないことになってしまった。
詩織も受験勉強で大変だろうから、様子を見ておいた方がよさそうだしな。連絡を取っている限り、思い詰めている感じはないが、メッセージだけではわからないこともある。
あと、旅行のお土産も買ってあるので、持っていく必要があったりする。……会うのが詩織だけなら、別にいいのだけど。
瀬那は午後から暗くなるころまでバイトだ。迎えに間に合うぐらいには戻る予定でいる。
『お迎えを待っていますね』
『ああ、早く終わっても待っていてくれ』
『はい♪ でも、詩織さんの様子もちゃんと見てきてくださいね』
『了解』
少し前、ルナポートの最寄り駅で別れる時に交わした会話だ。
俺の事情を知っているので、以前と違って「ゆっくりしてきて」とは言わない。もしかしたら、彼女としては歩み寄ってほしいと思うところもあるのかもしれないが、少なくとも、それを表に出している感じはない。
「まあ、どのみち歩み寄れるのは詩織だけなんだけどな」
「どうしたの、義兄さん。私が何か?」
実家の最寄り駅まで迎えに来てくれた詩織が、俺の漏らした一言を拾ったようだ。
わざわざ迎えに来る必要はないのだけど、『ずっと家にいるのも息が詰まるから』とのことだった。冬休みもほとんど勉強漬けで、少しでも外に出たかったらしい。
詩織はマスクをしていた。俺も電車に乗る前からつけておいて正解だったようだ。
「いや……詩織は正月ぐらい、ゆっくりできたのかなって思ってな」
「そういうこと。うーん、微妙かな?」
歯切れの悪い返事だった。
思い詰めている感じではないが、少し引っかかる。隣を歩く詩織の顔を窺うが、マスクに隠れて表情が読み取りづらい。
「何かあったのか?」
「あったといえば、あったのかな。冬休み前から、父さんとお義母さんの様子がおかしいんだよね。なんていうか……あ、そうだ。前より世話を焼いてくれるようになったって感じ?」
「……はぁ?」
詳しく話を聞くと、詩織が夕飯を食べる時間には、どちらかが帰ってきていることが増えたらしい。以前はほとんどなかったことだ。しかも、食事まで作ってくれることが多いのだという。ただ、二人とも大して料理をしてこなかったせいか、あまり上手ではないという。……そこは本質ではないけど。
詩織はまだ中学生だ。
一般的に考えれば、家事を手伝うことはあっても、主に担う側ではないと思う。だけど、再婚前も後もその立ち位置は変わっていなかった。
すべてを親がするべきとは言わないが、詩織の負担が大きいのは正直どうかと思う。
(その状態で家を出た俺が言うのも、どうかと思うが)
それが、何を思い立ったのかは知らないが……二人とも家事をやり始めたのだ。
料理だけではなく、朝起きて洗濯をして、干して、と。
「義兄さん、何かきっかけになりそうなこと、思い当たる?」
「うーん……」
「なさそうだね。……そうなると、ちょっと気味が悪いかな」
詩織がぼそっとこぼした言葉は、俺が知る彼女の発言の中でも、一番きついものだった。
思わず顔を向けると、詩織は「しまった」とでも言いたげに苦笑した。
「ごめん……聞こえてたよね。別に嫌ってるわけじゃないよ。養ってもらってる側が、言っちゃいけないことだとも思う。でも……今まで目を逸らしてたはずなのに、急にどうしたんだろうって考えると……ね」
「いや、わかるぞ。俺が詩織の立場なら、同じことを考える。何か狙っているんじゃないかって」
「だよねー。単純に、いい方向に変わったんだって思えないのが、《《私たち》》なんだよね」
「そうだな」
――《《私たち》》。その言葉に同意できてしまう時点で、詩織も俺も、一般的に見たら危ういのかもしれない。幸い、今の俺には瀬那がいるから揺るがないが……詩織はどうなのだろうか。
……そこも気にかけておかないと駄目だと、心の底から思った。
◇
実家に着くと、母親と義父さんが料理を準備していた。
幸いと言ったら悪いだろうけど、晃司義兄さんと姉さんはいなかった。
三が日の間に帰省していたらしいが、泊まりはしなかったようだ。二人の私物はほとんどここにないので、そういうものかもしれない。
二人の様子を眺めていると、母親と目が合った。
「朔也、食事を運ぶぐらいは手伝ってくれてもいいでしょう?」
「……ああ」
俺だって喧嘩をしたいわけではない。だから、言われた通りに食事を運ぶのを手伝った。
料理を並べ終え、みんなで食卓を囲む。
「いただきます」
確かに、両親の料理はそこまで美味しくはなかった。
だが、懐かしい味でもあった。
(……何年ぶりだろうな、母親の料理を食べたのは)
ふと三人を見ると、和やかに雑談をしているようだった。まあ、一年近く一緒に暮らしているのだから、それなりに慣れるだろう。
……いや。
義父さんが、詩織の皿をちらちらと気にしながら尋ねる。
「詩織、足りてる?」
「うん、大丈夫」
「本当に? おかわりあるぞ」
「大丈夫だって。もう結構食べてるから」
俺が知る詩織の食べる量としては、十分だ。
ほかのおかずもあるのだから、あまり勧めても……な。
「そうか……。じゃあ、果物でも切ろうか?」
「お父さん、そんなに食べられないよ」
「あ、そうか」
詩織が困ったように笑うと、義父さんも照れくさそうに笑った。
「そういえば詩織ちゃん、甘い物って好き?」
「好きですけど……どうかしたんですか?」
「今度、帰りに何か買ってこようと思って。ケーキとか」
詩織は一瞬、箸を止めた。ほんの一拍だけ、言葉を選ぶように視線が泳ぐ。
「……ありがとうございます」
「いいのよ、親子なんだから。そういえば、勉強は大丈夫? 時間は取れているかしら」
「大丈夫です。最近は家事までしてくれて、ありがとうございます」
「当たり前のことをしているだけだから、大丈夫よ」
一言でいえば、『気持ち悪い』だ。
一年近く一緒に暮らしているはずなのに。
それなりに同じ時間を過ごしているのだから、もう少し自然に話せないものか。
(一ヶ月ぐらいしか一緒に暮らしていない俺より、ぎこちなくないか?)
そりゃ、歳が近いっていうのもあるだろうけど、実の父親である義父さんまでぎこちないのはどうなんだ。
「そういえば、義兄さん。正月はどうだったの?」
しまいには、詩織が俺に話を振ってきた。ずいぶん急な話題転換だな。
「義父さんには言っていたけど、スノボー旅行をしてきた」
「えっ……ずるい」
「あんた……旅行なんて行っていたの?」
「去年の冬は行く時間がなかったから……はい、お土産」
持ってきた袋から、お土産を取り出す。
両親には無難なお菓子を、詩織にはお守りと、瀬那たちと同じ手ぬぐい。……瀬那が選んでくれたのだから、大丈夫だろう。
「……ピーマン?」
「野沢菜らしいぞ、そのキャラ」
「そうなの? よくわからないけど可愛いね。ありがとう!」
手ぬぐいを広げて眺めている詩織を横目に、残っていた食事を口に運ぶ。
その後も、会話は途切れることなく続いた。ただ、両親に返事をする詩織の笑顔は、手ぬぐいを広げていた時よりも、少しだけ固く見えた。
補足。
作者は三者面談のことは覚えているよ!




