第24話 彼女専用のインスピと俺専用の特別メニュー
朝イチで少し疲れたけど、俺たちは朝の準備を始める。今日は土曜日なので学校はないが、瀬那は昼前からバイトに行く予定だ。昨日話した通り、帰りは迎えに行く。「行きも送ろう」と提案したが、それは頑なに拒否をされた。
「明るいうちだし、私(瀬那)が何時に行くか相手はわからないはずなので、大丈夫だろう」と。昨日の今日なので、まだ近くにいる……のはさすがに考えすぎだろうが、「念には念を」だ。最寄りの駅までは送って行った。
送った後は特にやることはなく、迎えの時間までは久しぶりにアクセサリーを作ることにした。勉強はカフェで待っている時間にやれば良い。
瀬那を見て、何となく思いついたデザインがあった。せっかくなので形にできないか試すのもありだろう。イメージを落とし込むため、俺は作業机に向かった。
◇
夕飯の準備だけを済ませて、最寄り駅に向かう。電車に乗り、ルナポートがある駅に着いた。休日のためか、学校帰りに来るより人が多いように感じる。ルナポートへ向かう人波から外れ、俺は行きつけの『The Foundry Attic 』へ足を向けた。
二階の販売スペースに入り、奥へと向かう。カウンターにいたのは店長の真壁さんではなく、店員兼職人の城ヶ崎さんだ。筋肉質で色黒、映画に出てくる外国人の「ボブ」って感じ。スキンヘッドでグラサンという、見た目だけなら俺とは別ベクトルで関わりたくない姿だ。
中身は気さくで、すごく良い人なんだけどね。
「城ケ崎さん、お久しぶりです」
「おお! サク! 久しぶりだな! こないだ来たって店長から聞いてたけど、なんで下にこなかったんだよ、お前」
「はは……すみません」
この人、いい人なのだけど、話が脱線するから大変なんだよな。
テキトーに相槌を打ちつつ、今日訪ねた本題を切り出す。
カバンから、デザイン画を取り出した。デザイン力はまだまだなので見せるのは恥ずかしいが、このお店の人達には今更なので気にしない。
「こういうのを作ろうと思うのですが、できると思いますか?」
「できるぞ。ただ、単純な構造じゃないから難しいとは思うけどな。サクが作るなら、留める部分は市販のパーツを使った方がいいかもな」
「やっぱりそうですよね。ありがとうございます」
チェーンやピアスなどを留める箇所を自作することもできる。一度挑戦してみたことがあるが、費用対効果……というか、かける時間に比べて結果が微妙だった。特にカチッと留める箇所が、ちゃんと強度を保てているのか不安になる。
それを考えると、そこだけは市販品を使った方が良いという結論になるのがいつものパターンだ。
「これ、どう考えても女モノだよな……。もしかしてサク、女できたか?」
城ヶ崎さんは小指を立てて、にやにやしながら俺を見る。
その仕草、古くないですか……。
「そういうのじゃないですよ。ちょっと色々あって、インスピレーションが浮かんだというか……」
「いやいや、みなまで言うな。わかった、わかった。彼女に会えるのを楽しみにしておくからな」
「わかってねぇ……」
変な誤解が生まれたが、もういいや。この人たちが瀬那に会うこともないだろうし。
しばらくすると、お客さんが話しかけそうにしていたので、俺は城ヶ崎さんに断ってから一階の工房へと足を踏み入れた。
ここの工房も何度か来ているので、緊張はしない。
中に入ると、当初からお世話になっている守屋さんがいた。
The Foundry Attic の中では最年長の人で、職人気質の寡黙な人だ。
品物に対しては厳しい反面、手が空いている時にアドバイスを聞くと、丁寧に教えてくれる。ただ、作業中に変に話しかけると怒る。
真壁さんとは昔からの付き合いがあるらしく、この人の作品に惚れ込んだ真壁さんが「店舗管理は自分がするから、作品を作ることに専念してくれ」という条件で店に誘ったらしい。
入った時に目が合ったので「お久しぶりです」と軽く挨拶をしたところ、「ああ」と一言だけ言って、すぐに手元へ視線が戻った。作業中なのでこれ以上は話しかけないでおこう。
自分も作業しようと、共通で使用していい作業机に移動する。その時、奥から女性が出てきた。このお店で唯一の女性正社員である、鎧塚 冴さんだ。
業務委託の職人やアルバイトとしては女性も他にいるが、常駐の店員としてはこの人だけだ。苗字で呼ぶと「可愛ないもん、嫌やねん」と怒るので、下の名前で呼ぶことにしている。
「あれ、さくやん。久しぶりやん~」
「お久しぶりです、冴さん」
「今日はどないしたん?」
「あー……ちょっと近くで用事があるので、顔を出したんです。せっかくなので皆さんに挨拶しようかと」
この人にさっきのデザイン画を見せたら、面倒になるのは確実だ。
城ケ崎さん以上に、絶対に根掘り葉掘り聞いてくるのが予想できる。さらにデザインにもうるさいので、一時間は確実に拘束される。
「……」
「なんですか、そんな目で見て……」
何かを確認するような、疑惑を持ったような目で、俺の顔をじっと眺めている。
「なんか顔つき変わったんちゃう? もちろんええ意味でな。なんかあったん?」
「……いや、特にないですよ」
「その反応、絶対なんかあったやつやん!」
これ以上長居してデザインの話をされたら、面倒な事になりそうだな。
まだ時間はあるが、そろそろ退散するか……。
「本当に何もないですよ。強いて言えば、入学してから慌ただしかったのが、少し落ち着いてきたってだけっす」
「えー、それだけやと思わへんけどなぁ」
「何もないですって……それより真壁さんは?」
「店長? 今、出かけてはるよ~。あっ! せやせや。さくやんのアクセサリー、売れたって言うてたで! おめでとさん!」
「まじっすか! よかった……」
委託で置いてから大して経っていないのに、売れたのか。
それは……素直に嬉しいな。
その話をしていると、作業の手を止めた守屋さんが近づいてきた。
「お前にしては良くできていたよ。最初のころに比べて、ちゃんと『商品』になっていた。それと、お前の癖が出ていたから、個人製作としての良さもあった」
「!? ありがとうございます!」
「守屋はんが手放しで褒めるなんて、めずらしいなぁ」
「……ふん、『高校生にしては』ってことだ」
それだけ言って、守屋さんは席に戻って行った。
正直、あの人がまともに褒めるのは珍しい。丁寧に教えてくれる優しさはあるが、作品に関して褒められたことはほとんどない。
時間もちょうど良いので、そのあとは工房を出てルナポートへ向かった。
◇
ムーンバックスに着くと、まずは席を確保する。混んではいたが、ちょうど良く空いたのでそこに荷物を置く。今日は暑いのでフラッペから選択しよう。
たまたまだが、レジで注文を取ってくれたのは瀬那だった。俺と目が合うと少し驚いたものの、すぐに完璧な微笑みを浮かべて接客してくれる。
(この笑顔にやられる客は多そうだ)
それにしてもいつもとは違い、やっぱりエプロン姿の瀬那は新鮮だ。
伊達メガネと髪型のせいか、いつもの印象より幼くみえる。
「こちらのフラッペでしたら、エスプレッソショットとチョコチップの追加が大変おすすめです」
「え? は、はい、それじゃあそれを追加でお願いします」
「……せっかくでしたら、上に乗せるホイップクリームを多めにするのもいいですよ」
(せっかくってなんだ……?)
「……では、それでお願いします」
「さらに、フラッペ用のトッピングに新しく追加された、アイシングクッキーもいかがでしょうか? ウ……ウサギや、ネコの動物の形をしたものが、か、可愛らしくて、とてもお似合いだと思いますよ」
オプションを、息を吸うように次々とお勧めしてくる。
しかも、あなた、途中でプルプルと肩を震わせて笑いを堪えていませんか。
「……それはいらないかな」
「えぇ……残念です」
「残念です」って、何さ……店員として客にそのリアクションはどうなんだ。
しかも、本当に買ってもらえなかった子供みたいに、微妙に寂しそうな表情を作らなくても……。
「他にご注文はありますか? こちらのチャンククッキー、今まさにオーブンで焼き上がったばかりで、これを注文しない理由が見当たらないほど最高に美味しいですよ」
「えっと……じゃあ、それも追加で」
「あと、レジ横のこちらのスコーンも……」
「あ、もう大丈夫です。十分です」
「……(満面の笑みで、あざとく小首をかしげる)」
「……(もういいって、というジト目をする)」
「ふふっ。それでは、お会計いたしますね」
イートインを伝えると「それでは、後ほどお席にお持ちしますね」と言われた。そういえばこのカフェ、席まで運んでくれるサービスもあったな。
次からは絶対にモバイルオーダーにしよう……。別に押し売りに屈したわけではないぞ。
しばらくすると、注文した商品が運ばれてきた。持ってきたのは男性の店員で、なぜかまじまじと俺の顔を見てきた。普通に失礼じゃないか。……知り合いだったらごめん。
商品を受け取り、勉強を再開する。暗記関連の勉強なので、隙間時間にやるにはちょうどいい。
『すげーガラの悪い、ピアスじゃらじゃらの野郎がいるよ! マジビビったわ。でも読んでたの社会の教科書だったんだけど。……何アピールだあれ?』
(……絶対俺のことだろうな)
カウンターの奥から、先ほど商品を運んできた男性店員がヒソヒソと話している声が聞こえてきた。雑談はいいけど、店内の客に聞こえる大きさで話すのは接客業としてどうなんだ。
『……ピアスですか?』
『そうそう。南雲さん、さっきレジで対応していなかった? 結構長い時間絡まれてたみたいだけど』
『あぁ……はい』
『もしまた絡まれたりしたら、遠慮なく俺に言ってな。俺がガツンと話つけるから』
『え、えぇ……その時はお願いします』
店員さん、気のある女子に頼れる男アピールしているところ本当に申し訳ありませんが、その話している相手の店員の方が、さっき俺に激しく絡んできてましたよ。断る隙を与えない、見事な笑顔の押し売りでした。
『ほら、話していないで仕事して』
『すみません、店長』
店長に注意されたらしく、それ以降は雑談の話し声は聞こえてこなかった。
俺はトッピングマシマシにされた甘いフラッペを少しずつ飲みながら、勉強を続けるのだった。
◇◇◇◇◇
バイト終わりまで俺は席で勉強をしていた。途中から飽きて小説を読んでいたのは内緒だ。
瀬那からメッセージが来たので、席を立ちお店の外へ行く。
待ち合わせ場所は、従業員用の休憩室があるらしい、少し離れた裏手の通路。駅とは反対方面だが、気にしない。近くのベンチで座っていると、しばらくして着替えた瀬那が出てきた。
「お待たせしました、朔也くん」
「お疲れさま、瀬那」
二人並んで歩き出す。あえて店の前を通らないルートで駅方面へ向かった。
「聞きにくいことだけど……あいつは来たのか?」
「……いえ、来ていません。このままなら良いのですが」
「そうだな。しばらくは様子見で、帰りも俺が迎えに来るから大丈夫だ」
「ありがとうございます。朔也くんのおかげで安心できます」
来ていないのなら問題ない。俺が送迎していれば、ヤツも手が出せないはずだ。しばらくすれば、ヤツも諦めるだろう。
空気が暗くなっても仕方ないので、別の気になっていたことを訊いてみた。
「なあ、気になったんだけど、バイト先のマニュアルに、あそこまで執拗におすすめをすすめるルールでもあるのか?」
「ありますよ。ただ、あそこまでフルコンボでするのは、個人的な朔也くん専用の特別メニューですね」
「マジか……」
「マジです♪」
「……これからはモバイルオーダーにするわ」
「えぇ……。私の接客は嫌だ……と?」
上目遣いで、ひどく傷ついたような悲しそうな顔で俺を見上げてくる。からかっている演技なのはわかっているが……だから、美人のその顔は男子高校生の心臓に悪いっての……。
「……これからも、レジで注文を取ってください」
「はい、喜んで♪」
完全に手玉に取られている感じが悔しいが、ストーカーの件もあるし、瀬那がこんな風に笑っているなら良しとしよう。このまま、彼女がずっと笑顔でいられるように守らないとな。
――ちなみに今夜は、いつのまにか俺のベッドの隣に瀬那が潜り込んでいた。
一緒に寝るのは昨日だけではなかったのか。
この同居生活、俺の理性がいつまで持つか、本当に自信がないぞ……。




