第196話 三が日の来訪者
旅行から帰ってきた次の日は、まったりと過ごしていた。まだ三が日ということで、瀬那もバイトを休みにしている。おかげで、二人してのんびりだ。
とはいっても、旅行の後片付けとして、軽く掃除と洗濯は済ませた。そこまで時間のかかることではないし、特に掃除はしておかないといけない理由があったのだ。
そして、並んで座って正月特番を見ながら、一息ついている時だった――
ピンポーン♪
――チャイムが鳴った。
この家を訪ねてくる人間は少ない。さらにいえば、まだ三が日だ。
……そんな年始早々にやってくる連中となれば、見当はつく。
インターホンの画面を見ると、そこに映っていたのは……案の定、浩紀と愛莉だった。
こんなこと、前にもあったな……と思いつつ、応答ボタンを押す。
ポチッ。
「お前ら……来るの明日じゃなかったか?」
『しょうがないだろ! 暇だったんだから!』
『あと、課題が終わらない問題!』
「……まじかー」
呆れるしかないが、そのままにしておいても仕方ないので、部屋に上げることにした。
正月って思ったより暇なのはわかるから、気軽に遊びに来られる俺たちの家を選ぶのは理解できるのだが……。
玄関で俺と瀬那が並んで出迎えると、二人はいつもの笑みを浮かべて入ってきた。
……もう少し、申し訳なさそうにしてくれませんかね?
「そう睨むなって……ごめんってば」
「明日のつもりだったんだけどさ。瀬那、明日はバイトだって言うでしょ。せっかくなら二人から話を聞きたいからね!」
「後で和人たちも来るって言ってたぞ!」
「知ってる。少し前に和人から連絡があったからな!」
急に今日来ることにした二人は、まず和人とエレノアに連絡を取ったのだ。グループで確認すればいいのに、わざわざ個人宛てにな。
不審に思った和人が俺に連絡をくれたんだ。やっぱりあいつは気遣いができる。おかげで、慌てずに掃除を済ませる時間も取れたわけだ。
「あちゃー、バレてたかー」
浩紀はおでこに手を当てて天を仰いでいた。
リアクションが古いのは置いておくが、顔がニヤついているので、わかっていたのかもしれないな。
「あのなー、和人が普通だからな?」
「わかってるってー。オレたちの仲だろ?」
「はぁ……」
愛莉はすでに瀬那と何かを話していた……が、急にその周りを回り始めた。前後左右、三百六十度、瀬那の姿をまじまじと眺めている。
……何しているんだ?
俺は首を傾げながら、二人のやり取りを遠目に眺めることしかできなかった。
「何でしょうか……?」
瀬那も不思議に思ったようで、首を傾げていた。
ただ、愛莉は「いやいや、気にしないでー」と、何やらニヤニヤしている。
……なんだ?
とりあえず、いつも通りにリビングへ通した。瀬那がお茶を用意している間に、二人は珍しくさっさと課題を取り出した。
「……どうした? 正月に変なものを食べたのか?」
「朔! それは失礼! 私はともかく、浩紀はいつも変でしょ!」
「愛莉さん、それはひどいっす!」
「はぁ……」
大きめにため息をついて、浩紀たちの課題を確認してみる。
「……あれ? もうほとんど終わっているじゃねーか」
ざっと見たところ、出された課題の九割は終わっていた。
残っているのは比較的難しいところだけ。
「そりゃな、さすがにやってるって。……お前らと違って、暇だったし!」
「含みのある言い方だな」
散々メッセージで『スノボーいいなー』と送ってきたことを考えれば、言いたいことはわかる。今度行くなら声をかけてもいいかもしれないが、金は貯めとけと言っておかないといけないだろう。
「うちらじゃわからないところだけ残っちゃったんだよねー。仕方ないじゃん」
「そうそう、仕方ない!」
「はい、お茶です。……これぐらいなら、すぐに終わりそうですね」
「でしょ? 私たちも頑張ったんだよー。エレノアと和はもう終わってるって言うからさ。二人が来る前に終わらせようと思って、早めに来たんだよね」
人のことを考えているといえば、そうなるのか……なるのか? そもそも、俺たちのことを考えていたら、こうはならないのでは?
「……まあ、いいか。そういうことなら、さっさと取りかかるか」
「オッケー!」
思ったよりやる気があるみたいでよかった。
浩紀と愛莉が並び、テーブルを挟んで俺と瀬那が座る形になった。
……これなら一時間ぐらいだろう。
◇
あれから二人とも集中して勉強をしてくれたおかげで、一時間もかからず、まず浩紀の課題がすべて片付いた。
「ふぃー、疲れた……終わった……」
「無事に終わって何よりだな」
なんだかんだ基礎はできているからか、応用問題も少し説明を加えるぐらいで済んだ。
一方、愛莉の方は、まだ瀬那とノートを覗き込んでいる。
「うーん……こう?」
「それでも大丈夫ですけど……こっちの考え方の方が楽ですよ」
愛莉もほとんど終わっていて、残るは最後の一問だけのようだった。
こっちは、数学にもう少し慣れが必要って感じかな。
時計を見ると、もうすぐ十二時になるところだ。そろそろ昼飯を作り始めた方がよさそうだ。
「浩紀、お前らも昼飯食べるだろ?」
「食べるけど、今日は持ってきたから大丈夫。さすがに急に来て、作ってもらおうとまでは考えてないって」
「この際どっちでも構わないが……わかった」
和人とエレノアは、昼を食べてから来る予定らしい。
さて、何を作るかな。とりあえず、キッチンの横にかけてあるエプロンをつける。
「終わったー!」
「お疲れ様です」
「……ねぇねぇ、瀬那さー」
「はい、何でしょうか?」
視界の端で、愛莉に呼ばれた瀬那が顔を寄せるのが見えた。
とりあえず、俺は冷蔵庫を開けて食材を確認する。
さて、何を作ろうかと考えながら、冷蔵庫の取っ手に手をかける。
ガチャ。
冷や飯とネギと卵と――
「ふへぇ!? な、なんでわかるのですか!」
「ふっふふー。この愛莉ちゃんをなめてもらっては困りますなー」
「あわわわわ……」
瀬那の情けない声が聞こえてそちらを向くと、愛莉が勝ち誇った顔で瀬那を見ていた。当の瀬那は、両手で顔を覆っていた。
……なんだ?
愛莉のことだから、酷いことはしていないだろうけど……。
「どうした?」
「い、いえ! 朔也くんはお気になさらずに!」
「……え?」
瀬那が慌てていることだけはわかるが……なんだ?
愛莉はドヤ顔のまま俺を見て、口を開く。
「まあ、あれよ。あんたらもちゃんと進んでるってことよね!」
「……はぁ?」
言っている意味がわからないが、それを聞いた瀬那は、顔を覆う手の隙間から見える耳まで赤くしていた。つまり、瀬那にとって恥ずかしい話……か。
「……ああ、そういうことか。あんま瀬那をからかうなよ」
「えー! 朔は平気なの?」
「俺は別に。お前らに言われてもなんとも思わんよ」
「つまんなーい!」
つまらないと言われても、こっちが困る。
この手の話を振られるたびに照れていたら、こいつらの相手なんてしていられないだろうに。
「じゃあ、そういうことで。……瀬那、昼はチャーハンでいいか?」
「……あぁぁぁぁ」
「……まだ恥ずかしがってんのかよ。チャーハンでいいや」
冷や飯をレンジに入れて、食材を切り始める。
顔を赤くしたままテーブルに突っ伏す瀬那の姿に、愛莉がまた笑い声を上げていた。
結局、瀬那はチャーハンが出来上がるまで悶えていた。
浩紀は空気を読んで無に徹しています。




