第195話 最後の朝と、いつもの二人
とうとう、旅行最後の朝になった。
チェックアウトは十時。朝は少しゆっくりしていられる。
朝食を取った後に帰り支度をして、チェックアウト。昼ご飯を食べた後、行きと同じシャトルバスで飯山駅まで行く予定だ。昨日のうちに一通り見て回ったので、今日は観光をせず、ゆっくり過ごすことになった。
時間ギリギリまでスノボーをすることも考えたのだが、それだと慌ただしくなりそうなのと、高校生がさらに滑るのはつらいだろうという話になった。……主に、金銭的な意味で。
はっきり言ってしまえば、俺も瀬那も貯えは十分にある。もっと贅沢に日々を暮らすことだってできると思う。
だが、一般の高校生である俺たちが、普通の金銭感覚から逸脱しすぎると、後々困ることになるだろう。以前、そういう話になって、その辺りには気をつけることにした。
『朔也くんはもう少し、普通の高校生の金銭感覚を覚えてもいいかもしれませんね』
瀬那に言われるぐらいだからな。
今のうちにある程度考えておかないと、愛想を尽かされるかもしれない。
それもあって、生活費を除いた出費は、高校生がアルバイトで稼げるぐらいを目安にしている。……一応、多分、ギリギリその範囲に収まっていると思う。
今回の旅行からは、目を逸らしつつな。
むしろ、俺もバイトをしてみてもいいのかもしれない。実際に働いてみれば、金銭感覚も少しは身につくだろう。
……このピアスでも雇ってもらえればの話だが。
まあ、それは置いておいて、この宿で最後の朝食バイキングだ。
ラインナップはほとんど変わらないが、今朝はクロワッサンをメインに攻めようと思う。
目の前でオムレツを作ってくれるのが嬉しいし、その手際も参考になる。俺も家で、こんなふうに作れるようになるだろうか。トマトケチャップ以外にデミグラスソースもあったので、せっかくだからそちらをかけた。
あとはサラダとフルーツ、軽めに肉類を少し、そして味噌汁。和洋折衷だがむしろこれがいいのだ。
席に戻ると、瀬那はすでに料理を取ってきていた。
彼女が選んだのは、同じくオムレツに、ご飯、サラダ、味噌汁。そして、ドーナツ(ホイップ増し増し)と、チョコレートファウンテンでコーティングしたマシュマロだった。
「……ドーナツってあったのか?」
「キッズコーナーにありましたよ。……もしかして、取っちゃダメでした?」
「それは大丈夫だろ。ただ、見逃していたから気になっただけさ」
ドーナツは後で取りに行こうと、心の中で誓った。
クロワッサンをちぎると、薄い皮がぱらぱらと皿に落ちた。バターの香りにつられて一口かじり、やっぱりもう一つ取ってくればよかったと思う。
会場を見渡すと、色々な人がいた。家族連れや俺たちのようなカップルもいれば、同性同士のグループもいる。ああいうグループは、やっぱりスキーやスノボーをしに来ているのだろうか。向こうの老夫婦は、温泉が目当てかもしれない。
「周りを見て、どうしたのですか?」
「いや、大したことじゃないよ」
「……朔也くんって、周りを気にしている時がありますが、何か理由があるのですか?」
「うん? いや、特にないぞ。強いて言えば、人間観察ってところかな。なんとなく、その人が何を考えているのか気になるんだ」
人の気持ちはわからないから、ことあるごとに想像してしまう。正解かどうかはわからないけど、自分の中で納得できればいいと思っている。
「……実は、色々と見ているのかと」
色々……ああ、そういうことか。人が多いので濁して言ったのだろうが、違う。そもそも、あまり見ないで済むようにメガネをしているわけだしな。
「いや、そういうことじゃないよ。さっき言った人間観察のほかには、アクセサリー作りの参考にしたりとかかな」
「へえ、そういうところからも発想をもらうのですね」
「この辺りは、真壁さんたちの影響だな」
あの人たちは、普段から他人がつけているアクセサリーや、そのデザインに目が行くと言っていた。一種の職業病なのだろうけど、冴さんはともかく、真壁さんや城ケ崎さんが人をジロジロ見ていたら……通報案件だろうな。
特に城ケ崎さんは……スキンヘッドだし、ガタイもいいし……。
「ふっ……」
「……急に何を笑っているのですか?」
瀬那にジト目で見られてしまった。
傍からすれば、急に笑い出した変な奴にしか見えない。仕方ないな。
「いや、城ケ崎さんが……あのスキンヘッドのおっさんが……っ……道端で人をジロジロ見ているところを想像したら」
「……っ! ふふっ……もう、やめてください。想像してしまったじゃないですか」
二人して笑っているものだから、周りの人たちからちらちらと見られてしまった。気恥ずかしさを誤魔化すように、俺はクロワッサンを一口、大きく頬張った。
……人間観察をしていたはずが、いつの間にか観察される側になっていたようだ。
◇
朝食を終えて部屋に戻ると、正月番組を流しながら荷物を整理した。
昨夜のうちにある程度片付けていたので、そこまで慌てることもない。
ついでに、ベッドも軽く整えておく。
そういえば、この間 SNS でチェックアウト前にベッドを整えた方がいいのか、そのままにした方がいいのか、賛否が分かれていた気がする。
結論が出たような、出なかったような……まあ、いいか。
「ふぅ……。私は終わりましたが、朔也くんはどうですか?」
「ああ、ほぼ終わってる」
「ほぼ?」
俺の言い回しが気になったのか、瀬那が顔を上げた。
含みのある言い方になってしまったけど、大したことではない。
「浩紀たちへのお土産を選んで詰めるだけだ」
「……そういえば、まだでしたね」
「なんだかんだ、観光で満足していたからな。チェックアウトしたら探そうか」
思ったより早く片付いたので、少し早めにフロントへ向かった。
幸い混んではおらず、チェックアウトもスムーズに済んだ。
そのまま、ホテル内のお土産屋へ。
「結局のところ、無難にご当地のお菓子がいいと思うんだよな。貰っても食べやすいし、後に残らないだろ?」
「確かにそうかもしれませんね。……この辺りでしょうか」
瀬那が選んだのは、ジャガイモを使った棒状のスナック菓子の『野沢菜こんぶ味』だ。『信州土産』とも書いてあるので、ちょうどよさそうだ。……この味は食べたことがないが、このシリーズなら大きく外すこともないだろう。
「あとは、この辺りかな」
俺が手にしたのは、信州りんごを使ったクッキー。個包装になっているので配りやすい。
「いいですね。バイト先に置くのにもちょうどよさそうです」
明後日には浩紀たちが来るらしいし、その日まで日持ちする生菓子を買って、一緒に食べるのもいいかもしれない。
「私としては、これが欲しいのですよね」
「……手ぬぐいか。ハンカチ代わりに使うのか?」
「うーん、正直、使わないかもしれませんが、記念になると思って。温泉街に来たって感じがしませんか?」
「ああ、それはあるかもな」
瀬那はお菓子のほかに、自分用と愛莉、エレノアへのお土産として手ぬぐいを選んだ。
マスコットキャラクターが描かれていて、野沢菜をモチーフにしているらしい。……ピーマンにしか見えない。
「そういえば、観光している時も所々にいたな、このキャラクター」
「可愛いですよね。……朔也くんは、やっぱりそれを買うのですか?」
「もちろん」
あいつらも喜ぶはずだ……多分。
◇
お土産を選び終えたころには、昼食にちょうどいい時間になっていた。
最後の食事も土地の味を楽しもうと、郷土料理を出している店に入った。
笹ずしや山菜、キノコの料理をシェアしたのだが、思った以上に美味しくて、二人とも満足した。
特に山菜は普段あまり食べないので、その風味が新鮮に感じられた。
昼食を終えたのは、約一時間前のことだ。
その後、シャトルバスで飯山駅へ向かい、新幹線に乗り込んだ。
今、隣の席では、瀬那が俺に寄りかかって眠っている。窓の外を流れる白い雪景色が、少しずつ見慣れた街並みへと変わっていく。
窓の外へ視線を向けても、肩にかかる重みは変わらない。
旅行は終わるけど、帰った先でもこいつは隣にいる。そう思うと、名残惜しさも少し和らいだ。
「……やっぱり寝たか」
後で悔しがる姿が目に浮かぶな。
カシャ♪
とりあえず、写真は撮っておこう。
さて、学校が始まるまで、もう一週間もない。
そろそろ気持ちを切り替えないとな。




